琅琊榜

琅琊榜西遊記 7 (『琅琊榜』)

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病の芳しくない梅長蘇にひきかえ、宮廷ではすっかり爆発的人気の西遊記w

 「小殊、やはり今からでも代役を……」
 舞台衣装は身に着けたものの、いまだ長椅子から起き上がることも出来ない梅長蘇に、蒙摯がおろおろして言った。
 「……そうはいかぬ、誉王は稽古の時こそ大人しくしていたが、いざ本番では、なんとしても主役を食って目立とうとするはず……。台本から外れられては、生真面目な景琰では応じきれまい……」
 「わたしがおるではないか。誉王の好きにはさせん!」
 蒙摯は力強くそう言ったが、梅長蘇は力なく首を振るばかりだ。
 「蒙大哥……、あなたの浅知恵では無理だ……。藺晨には、はなから景琰を助ける気などないと来ている……。ならば、わたしがそばにいなくては……。なに、金角銀角のときとは違って、此度は三蔵の台詞も動きも少ないゆえ、どうにかなろう……」
 ようよう身を起こして、梅長蘇は長椅子から立ち上がろうとする。
 「しかし、その身体では―――、ああっ、小殊!」
 立ち上がりかけてへなへなと崩れ落ちそうになる梅長蘇の身体を、蒙摯は慌てて抱きとめた。梅長蘇は肩で息をしながら、震える両手で錫杖に掴まった。
 「……なに、こうして錫杖に縋ってただ立っているだけでも、誉王への牽制にはなろう……」
 微笑を湛えてゆらりと歩き出した梅長蘇の鬼気迫る姿に、蒙摯は手を添えるのも忘れて固まっていた。



   * * *



 「おお、相変わらず美しい三蔵じゃな」
 「御意」
 手を打って喜ぶ皇帝に、言侯がうなづいた。
 舞台上手より現れた三蔵主従に、喝采が起こる。
 「しかし、先月に比べて一回り痩せたような。のう、高湛」
 馬の背に跨った三蔵の姿に、皇帝が眉をひそめる。高湛も目をすがめた。
 「―――確かに、お顔も随分げっそりされたようでございますね」
 「もしや、あれも役作りなのではありますまいか」
と言侯が言う。
 「おお、なるほど! 見上げた役者魂よな」
 皇帝が感嘆の声を上げた。
 「しかし、今月はまた、えらくおなごの観客が多いようでございますね……」
 「まこと、そうじゃな……」
 悟空によって馬から助け下ろされた三蔵法師は、弟子らに支えられながら錫杖にすがるようにして立っている。
 書き割りの焔の山を見上げて悟空が言った。
 「この火焔山の暑さは、我らには耐えられても師父のお身体にはあまりにも酷だ。そうでなくとも、長旅のお疲れですっかり病み衰えておいでだと言うのに……」
 心痛の面持ちで悟空がそう言うのを聞いて、皇帝はうなづいた。
 「おお、やはり役作りであったようだな」
 「気高きお坊様の身で、この梁のためにあのようにご苦労を積まれて経典をとりに旅をなさるとは、なんともありがたいことで……」
 高湛がそう言って舞台の上の三蔵法師に手を合わせる。 
 客席のあちこちでも、あーみーとぅおふぉー、と拝む声が聞こえた。
 三蔵は歩くこともままならぬ重病と見えて、悟空が抱いて岩陰へと運び、座らせている。
 「靖王殿下が蘇先生を公主抱きなさったわ」
 「なんと麗しいこと……」
 客席からひそやかな声がさざ波のようにうねって、皇帝は眉をひそめた。
 「牛魔王の女房・鉄扇公主の持つ芭蕉扇とやらで扇げば、火焔山の火を消せると聞く。猿、貴様、行って分捕ってこい」
 悟浄が顎で悟空に指図している。
 「相変わらず無礼な物言いの河童めでございますなあ」
と観客の間から不満の声が上がったが、悟空は誠実な眼差しでうなづいた。
 「わかった。その間、師父を頼む」
 「……悟空。わたしのことは心配要らぬが、お前の身が案じられてならぬ」
そう言って悟空の首に回した三蔵の両腕の細さに、観客は胸を打たれた。
 「あのように痩せ細ってもなお、自分の身より弟子を案じるとは、三蔵法師のなんと慈悲深くておいでのことでしょう」
 恵妃が手巾を握りしめながら言った。その隣で静貴妃がそっと目頭を押さえる。
 「なんていたわしい、小殊―――」
 「あら、何かおっしゃいまして?」
 ほわんと恵妃が顧みた。
 「いいえ、なんでもございませんわ……」
 「それにしても、あの窶れて儚げなさまがたまりませんわねえ……」
 乙女のように頬を染めて、恵妃は舞台を見つめる。
 「……悟空よ、ひとりでは危ない。……わたしなら大丈夫ゆえ、悟浄や八戒、それに玉龍も連れておゆき……」
 悟空の胸にすがった三蔵が、肩で息をしながらそう言った。
 「何をおっしゃいます、師父。このように弱り切った師父をひとりおいていくなど、滅相もございません」
 「しかし、悟空……。おまえに万一のことがあれば、わたしは……」
 見つめ合う三蔵と悟空に横やりが入った。
 「いつまでも抱き合っておらずに、とっとと行かぬか、猿」
 三蔵の細い体が、悟浄によって悟空から引きはがされる。三蔵は名残惜し気に手を伸ばそうと身を乗り出したが、力が入らぬまま悟浄に抱き戻された。
 「まことに無粋な河童よな」
 唸った皇帝に、
 「あの者は悟空に妬いているのでしょう」
と皇后が言った。
 「んっ?」
 皇帝がきょとんとする。すると、傍らに侍った越貴妃までが言うのだ。
 「それに、よく御覧あそばされませ。あの河童とて、なかなかよい男ぶりかと」
 「貴妃よ、そなた、また……」
 「あら。無論、陛下の男ぶりのほうが数段勝っておいででございますわよ、ほほほ」
 舞台では、芭蕉団扇をとりにいった悟空が蜂に化けて鉄扇公主の飲む茶に忍び込むという場面である。
 「むっ、また蜂ではないか!」
 献王・景宣が真っ青になる。先月蜂に刺されたところがようやく腫れも引いたばかりなのだ。
 隣にいた謝玉がにやりと笑って、懐から目の細かい網を取り出した。
 「殿下。大事ございません。こんなこともあろうかと、今日は網を用意しております」
 「なんだ、これは」
 「まず笠をお被りになって、この網を、こう……」
 笠の上から網をかぶせてやる。献王は養蜂家のごときいでたちとなった。
 「うむ、これならば蜂に刺されることもないのう。さすがは謝玉。そなたは頭が切れる」
 「恐れ入ります」
 後ろの客席がざわめいた。
 「なんだ、あの笠は。舞台が見えぬぞ」
 「献王殿下め、ろくなことをなさらぬ」
 「此度の蜂はどう見ても作り物だというのに、何をなさっておいでなのか」
 非難ごうごうである。
 「お気になさいますな。殿下の貴きお身には、大事の上にも大事を取って当たり前のこと」
と謝玉が献王を慰めた。
 「それより御覧ください。ついに誉王殿下がおでましでございますぞ」
 「あやつめ! わたしを出し抜いて舞台に出るとは小癪な」
 舞台上の牛魔王をにらみつける献王であった。

 牛魔王の手下らとの闘いに際して、悟空が馬の玉龍の首を撫でた。  
 「玉龍。師父のお世話を頼むぞ」
 馬がひひひんと嘶きながら跳ねて大道具の茂みの中へ姿を消すと、代わりに飛流がぴょんととんぼを切って舞台へ飛び出してきた。
 「うん! お師匠さまのことは僕に任せて!」
 得意げに胸を叩く。
 「ほう、あの子はさっきの馬が化けた姿なのだな」
 菓子をつまみながら感心している夏春に、夏冬がふふんと笑った。
 「師兄、あの玉龍と言う童は、そもそも西海龍王の血をひく太子だとかで、後の世に天龍八部衆となることを約束された身なのだそうよ」
 「夏冬、そなた、どこからそのようなことを」
 「あら、ご存じない? 実は先般、琅琊閣からこのようなものが売り出されたのよ」
 夏冬は自慢げに懐から一冊の書物を取り出した。
 「なんと、『西遊記の全て』とな? 郡主はご存じで?」
 夏春が夏冬の向こうに座っている霓凰に尋ねた。
 「当たり前だわ。無論、わたしも持っています」
 「これを読めば、登場人物の背景や相関図など、全てがわかるのよ」
と夏冬。 
 「しかも演者の経歴や日常の様子まで詳しく記されているのですよ。今なら、主要な演者の姿絵が一枚ついています」
 後ろの席からそう声をかけてきたのは、豫津に招かれた宮羽である。
 「郡主はやはり三蔵さまの姿絵を?」
と夏冬に尋ねられて、霓凰は微笑んだ。
 「もちろんそうよ。軸装して、枕元に飾ってあるわ」
 「そうだと思ったわ。わたしは玉龍よ」
 夏冬がそう言うと、近くの席の女性たちも口々に「わたしは三蔵」「わたしは悟浄」などと言い出した。
 「わたしなど宗主と靖王殿下両方欲しかったものですから、二冊買ってしまいましたわ!」
 「実はわたくしも! 二枚並べて壁に貼っておりますの」
 「あら、わたくしも欲しいわ!」
 「わたくしも……」
 すると、宮羽がにっこり笑った。
 「わたくし、今日は江左盟の買い取った分から百部ばかり携えてまいりましたゆえ、ご希望の方にはあとでお分けいたしましょう」
 「おお、これは嬉しいこと」
 「越貴妃など、既に五百部ほどご注文くださいました。増刷が追いつかなくなる前に、皆さまどうぞお買い求めくださいませね」
 藺晨が琅琊閣の総力を挙げて発行した『西遊記の全て』はこうして都中に広まってゆこうとしているのであった。



   * * *


―――次回予告―――


 「藺晨、あれを……。冰続丹を頼む……」
 「蘇先生! そのような薬、飲んではならぬ! この先もずっと私と共に舞台を務めてくれずになんとする」
 「殿下、出番でございます。舞台へ」
 「蘇先生! 舞台で待っておるぞ!」

 牛魔王編もいよいよ佳境か!
 次回を待て!!

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