琅琊榜

琅琊榜西遊記 5 (『琅琊榜』)

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誉王殿下、いよいよ参戦!?

 「小殊―――!」
 太皇太后が危なっかしい足取りで駆け寄ってきた。
 慌ててその手をとろうとする梅長蘇のほうも疲労で足もとが覚束なく、両脇から黎綱と甄平に支えられる。
 「お婆様、ご覧になってくださったのですね」
 「小殊――、上手に出来たご褒美に、ほれ、菓子を進ぜよう」
 懐から菓子の紙包みを幾つも出しては、太皇太后は梅長蘇の胸元や袂へそれを押し込んでいく。
 「ありがとうございます、お婆様。―――しかし、あまり人前で小殊――小殊――とおっしゃられましては……」
 「おや、おかしなことを。小殊は小殊ではないの。わたしの小殊や……」
 背伸びして手を伸ばし、梅長蘇の頭を撫でようとする。梅長蘇も少し身をかがめて太皇太后のしたいようにさせた。
 そこへ誉王と景琰が連れだってやってくるのが見えて、霓凰が慌てて太皇太后の袖を引く。
 「お婆様、あちらへ参りましょう」
 「何を言うの、霓凰。わたしはまだ小殊と……。これ、引っ張るでない。小殊―――!」
 霓凰に引きずられていく曾祖母を見送ってから、梅長蘇はふたりの皇子に向き直った。
 誉王は景琰に恥をかかせるという当初の目論見は外れたものの、父皇から褒美を賜り、芝居も大いに愉しんで、満面の笑顔である。
 「蘇先生。いや、見事であったぞ」
 「過分のお言葉、いたみ入ります」
 頭を下げた拍子に少しよろめいた梅長蘇に、景琰が慌てて手を添えた。
 「景琰。父上母上が労ってくださるそうだ。蘇先生とともにご挨拶に伺え」
 「しかし、蘇先生は……」
 疲れ切った様子の梅長蘇を気遣って、景琰が断ろうとする。が。
 「参りましょう」
と、梅長蘇は誉王ににっこり笑って見せた。



 「いや、実に素晴らしい演し物であった。のう、高湛」
 「まことに」
 皇帝の賛辞に、高湛も微笑む。
 「恐れ多うございます」
と梅長蘇が畏まって一礼した。景琰は梅長蘇の体調を案じて、ひたすら傍らに寄り添っている。 
 父皇に同調して、さんざん誉めそやしたあと、誉王はさもたった今思いついたように、「おお、そうだ」と右の拳で左の掌を打った。  
 「父上がそれほどお気に召したなら、こう致しませんか。先ほどの芝居、今後は定例としては?」
 「定例とな?」
 皇帝が興味津々で首を伸ばした。
 「たとえば五のつく日毎に観客を募って上演するのです」
 誉王の提案に、景琰が思わず口を挟んだ。
 「とんでもない! 市の立つ日でもあるまいし、それでは蘇先生の身体がもちません!」
 梅長蘇が慌てて景琰の袖を引いて制したが、景琰は噛みつかんばかりの勢いである。
 やや興ざめした様子で、誉王が少し顔を背ける。
 「―――ならば月例と致そうではないか」
 「そうじゃそうじゃ。それならよかろう、なあ、景琰」
 父皇にまでそう言われ、景琰もしかたなく黙った。
 御前を下がって養居殿を出たところで、誉王が意味ありげな笑顔を向けてきた。
 「ところで景琰、次回は私と般弱にも是非役を与えてもらいたいものなのだが」
 えっ、と景琰は露骨にいやな顔をしたが、梅長蘇がそつなく愛想笑いを浮かべる。
 「誉王殿下のお手まで煩わせるには忍びませんが、折角のご厚情なれば、殿下の威風堂々たるお人柄に見合う役どころを、この蘇某めが知恵を絞ってご覧に入れましょう」
 梅長蘇の言葉に、誉王は目を細めてうなづく。そして、ふと思い出したように、
 「時に、そなたら。四哥の顔を見たか?」
と笑いを噛み殺しながら言った。
 「いえ?」
と怪訝な顔をする景琰に、誉王はぷっと笑った。
 「なんと、舞台で使われた蜂に刺されて、それはもう酷い顔であった。いや、愉快愉快」
 笑いながら去っていく誉王の後姿を見つつ、景琰と梅長蘇はため息混じりに苦笑した。



 「―――すまぬ。やはり断った方がよかっただろうか」
 甄平に抱えられるようにして馬車に乗り込んだ梅長蘇に、帳越しに景琰が気遣わしげな顔をした。  
 「……いいえ。折角、陛下との距離を縮めるよい機会なのですから……」
 「そなたにばかり苦労を掛けることになるが……」
 すまなそうにそう言ってから、景琰はため息をつく。
 「そのうえ、兄上まで芝居に出たいと仰せになるとは」
 「……少し思案してみましょう。それ相応の見せ場のある役でなければ、承知なさいますまいし」
 「うむ」
 その時、御者台の黎綱の隣に腰かけた飛流が、梅長蘇を振り返った。
 「蘇哥哥、出たい」
 「ん? 飛流も芝居に出てみたいのか?」
 梅長蘇が微笑み返すと、
 「毒蛇、やっつける!」
と飛流は拳を握って見せた。梅長蘇と景琰は顔を見合わせて笑う。
 「よしよし、飛流にも何か役を用意しよう」
 「うん!」
 満足してうなづいた飛流に微笑んでから、景琰は今一度梅長蘇を見つめた。
 「蘇先生。あまり根を詰めてはならぬぞ」
 そう釘を刺して別れたのであったが―――。
 



 「蘇先生! また徹夜をなされたのか!」
 翌日、密道から蘇宅を訪れた景琰は、梅長蘇を一目見て愕然とした。
 「―――ご心配には及びません。これぐらいで倒れはいたしませぬゆえ……」
 梅長蘇がにっこりと微笑んで、書き上げた台本を差し出す。
 「し、しかし蘇先生。一晩でそのように頬がげっそりと!」
 火鉢に寄りかかるようにして座した梅長蘇の貌は、一夜にして頬が削げ、目は落ちくぼみ、窶れ果てていた。
 「……なんのこれしき、……先程、晏太夫に鍼を打ってもらいましたので……」
 皆まで言い終えぬうちに激しく咳き込んだ梅長蘇に、景琰はすっかり狼狽えた。
 「蘇先生、しっかりされよ!」
 傍らに寄ってその背をさする。ぜいぜいと喘ぎながらも梅長蘇は景琰の腕に縋って壮絶な微笑を浮かべた。
 「だ……、大事ありません。さあ……、今から台本をもって、誉王殿下のところへ参りましょう……」
 よろよろと立ち上がろうとする梅長蘇を、景琰は慌てて止めた。
 「無茶を申すな、そんな身体で出かけられるものか。兄上のところへはわたしが一人で参るゆえ、先生はゆっくり休まれよ。その様子では稽古どころではあるまい」
 景琰は、そばでおろおろしていた黎綱と甄平を呼びつけた。
 「蘇先生を寝間へ」
 両脇から黎綱と甄平に抱えあげられながら、梅長蘇は既に朦朧としつつ景琰に詫びた。
 「……面目ございません……、くれぐれも、誉王殿下と悶着を起こされませんように……」
 「あい分かった!」
 梅長蘇から受け取った台本を握りしめ、後ろ髪を引かれる思いで景琰は蘇宅をあとにしたのであった。
 



   * * *




 「む? 牛魔王とな?」
 台本を受け取って目を通しながら、誉王がわずかに眉をひそめた。 
 「なんということでしょう、これは。誉王殿下に悪役を演じよと?」
 傍らから覗き込んでいた般弱が、少しばかり声を険しくした。
 「しかし、出番も多いし、そなたの役どころである鉄扇公主とは夫婦であるらしいぞ」
 誉王は笑みを含んだ目で、ちらりと般弱を見た。般弱も満更でもない様子で頬を緩めると、
 「王妃さまが悋気なさらねばよろしゅうございますが……」
と誉王に秋波を送る。
 「あれは身重ゆえ、気が立っておるからな。もっとも悪阻がひどいから、観劇はいたすまいが」
 「兄上、いかがでしょうか」
 景琰が焦れて尋ねる。
 「よかろう。この役、しかと引き受けた」
 満足げに誉王が答えた。
 「よかった。蘇先生も安心して養生できましょう」
 その言葉に誉王が眉をひそめる。
 「蘇先生はお具合が?」
 「少々無理を重ねさせてしまいましたゆえ、少しばかり体調を崩しているのです」
 景琰がそう言った途端。
 「それはいかんな!」
と誉王が腰を浮かせた。
 「なんなら、このわたしが三蔵を代わってもよいのだが?」
 「―――」
 景琰のみならず、般弱までもが腰を引き、そのまま凍り付いた。長い沈黙のあと、ようやく景琰が口をひらく。
 「―――イエ。……ユックリ休メバ大事ナイト、蘇先生ガ……」
 「―――なぜ棒読みなのだ、景琰」
 誉王が眉間に皺を刻む。
 「いっ、いえ。な、なんでもありません、兄上の三蔵がさぞやご立派であろうと……」
 「―――なぜ涙を流しながら言うのだ」
 「……兄上の三蔵を想像して、ありがたさに感動しているのです……」
 暫し間があく。
 「―――まあ、さもありなん」
 釈然とせぬ様子ながら、弟の言葉には満足したらしく、誉王はしぶしぶうなづいた。



 誉王府を出るなり、つき従っていた戦英が嗚咽を漏らした。
 「殿下っ。よくぞご辛抱なさいました」
 景琰もまた、天を仰ぐ。
 「蘇先生から、くれぐれも揉めてはならぬと念押しされたゆえ。―――しかし、あのような心にもない嘘をついて、あの世へ行った折りに泰山府君や閻羅王の顔をまともに見ることが出来ぬ」
 さめざめと泣く主の苦衷を思って、戦英もまた拳で涙を拭った。
 「そう思い詰められてはなりません。さあ、早く帰って、蘇先生に誉めていただきましょう」
 「うむ、そうしよう―――」
 ふたりは馬にまたがると悄然としたまま靖王府へと戻っていったのであった―――。





   * * *




―――次回予告―――



 「これ、河童よ」
 「誰が河童だ!」
 「―――蘇先生。この者は今、誰に向かって口をきいたのだ?」
 「……申し訳ございません、誉王殿下。手打ちにしていただいても結構です」

 
 誉王を交えての稽古が始まった!
 飛流も参戦、この語の展開やいかに!?
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~ Comment ~

ううっ、お腹が痛い…

遥華さま

もうもう、笑いすぎて、お腹が痛いです~!
3つとも面白すぎる~。
生真面目な靖王が悟空を演じてるのも、黎鋼と甄平がセリフ棒読みなのも、宗主が私情いれこみ過ぎの台本&演出なのも、全部ありそうで、大爆笑~~。
次回は、誉王殿下と般弱たんもご出演とのこと、楽しみにお待ちしておりまする<m(__)m>

弘文学院、ウォレスさんが友情出演してたのですね。
なんでここに、しかもニッキーの恋敵役(笑)
この作品、「ジャクギ」とか他のドラマの小ネタを、ちょいちょい突っ込んでくるので、パロディ多すぎて、おかしくてたまりません。
十弟もあのまんまだし。

最近、皆さんのおかげで、宗主が「かなり面倒くさいド変態」なのではないかと思い始めました(苦笑)。
実際に、はたで見てたとしたら、相当うっとうしい人ですよね(こと靖王に対しては特に)
この人、靖王に対してはドМで、藺晨に対してはドSなんですもの。
個人的には、藺晨にはSでいていただきたいのですが(笑)

明日も楽しみにお待ちしております~。

>>Rintzuさん

宗主は景琰にメロメロな自分に酔ってそうですよねw
病弱な宗主のささやかなシュミですから、そっとしておきましょうwww

弘文学院、四爺出ましたかwww
南の島へ旅立ちましたか?
CCに待ちぼうけ食わされても待ってる建华さんが可愛らしかったです。
十弟は後半どんどんいいヤツになっていきますよー。
恋の行方についてはOP.ED.で御覧の通りですwww

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