琅琊榜

琅琊榜西遊記 4 (『琅琊榜』)

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舞台も佳境。さてどうなりますやら……。

 「黎綱どの、蜂の入った瓢です。本物をこちらへ」
 大道具の影から、戦英が黎綱にすり替え用の紅葫蘆を手渡し、本物を受け取る。
 その本物の紅葫蘆の中では―――。
 「蘇先生!」
 あとから入った景琰が、梅長蘇に駆け寄った。
 「大事ないか」
 瓢の中で横座りに座った梅長蘇が、少し心もとなげにうなづいた。
 「瓢がひどく揺れますゆえ、少々酔ったようですが、大したことはありません」
 袖で口許を押さえて俯くさまが痛々しく、景琰は膝をつき、その背をさすってやる。
 「どうか、お捨て置きくださいませ。ここから出ればすぐにも治まりましょうゆえ」
 そう言って仄かに微笑う顔は、蒼白である。
 「じきに栓があくゆえ、今しばらくの辛抱だ」
 舞台裏で戦英が栓を開けて、まずは景琰が外に出る手はずなのだ。
 舞台上で瓢から飛び出した蜂は、悟空が変化して逃げ出したという体であるから、蜂が消えると同時に景琰が舞台へ飛びだし、金角銀角から紅葫蘆を奪うのである。それと懐の本物をすり替えて、本物の紅葫蘆から三蔵を救い出すという段取りだ。
 が、その栓がなかなか開かない。
 「おかしい。そろそろ開いてもよい頃合いだが」
 景琰は立ち上がって瓢の口のほうを仰ぎ、いぶかしむ。
 なあ、蘇先生、と相槌を求めたが返事がないのを不審に思って、景琰は視線を落とした。  
 「蘇先生、いかがされた?」
 「―――なんでもありません。……少しばかり、息が……」
 喉元を押さえてうなだれている梅長蘇のそばへ、景琰は今一度寄り添う。薄い背中が、苦し気に上下していた。
 「いかんな。……戦英のやつめ、何をしている」
  
 景琰が瓢の中で苛立っていた頃、戦英は舞台裏で悪戦苦闘していた。
 「くそっ! 黎綱どのめ、初舞台で緊張のあまり、力加減も尋常ではないと見える。くっ……、開かぬぞ」
 ようやくハリボテの山を片付けた戚猛も、慌てて傍へ駆け寄ってきた。
 「よし、俺が瓢を持つから、お前は栓を引け」
 「うむ、頼む」
 二人がかりで、顔を真っ赤にして引っ張りあい始めた―――。

 「蘇先生。しっかりせよ」
 景琰に抱き寄せられて、梅長蘇は喘ぎつつもどうにか微笑んだ。
 「―――殿下こそ、大丈夫ですか」
 蒼ざめた顔で主を気遣う謀士に、景琰は胸を打たれ、細い手を握りしめる。
 「わたしは武人であるぞ。これしき平気だ」
 梅長蘇がほっとしたような表情を浮かべて、弱々しく手を握り返した。
 「……よかった。わたしも殿下がこうしてそばにいてくだされば、少しも苦しくなどはございません」
 「蘇先生、そなたという男は」
 景琰は思わず梅長蘇の身体を抱きすくめた。
 「殿下……」
 景琰の腕に抱きしめられて、梅長蘇が恍惚とした時である。
 「あっ!」
と、景琰が叫んだ。
 頭上より一条の光がさしたのだ。
 天井にぽっかり開いた穴から、戦英の細い目が覗いた。
 「遅いぞ! 蘇先生を殺す気か」
 景琰が叫ぶと、戦英の眼が申し訳なさそうに一層細められた。
 「申し訳ございません。それより殿下、すぐ出番です。お出ましください」
 よし、と頷いて、景琰は腕に抱えた梅長蘇を見る。
 「さあ、先生も外へ」
 景琰の言葉に、梅長蘇は首を振った。
 「わたしはまだ、出るわけにはまいりません」
 「しかし」
 案じ顔の景琰に、梅長蘇は微笑んで見せた。
 「外の風が入ったゆえ、随分楽になりました。さあ、台本通りに。この舞台を成功させて、この梅長蘇を喜ばせてくださいませ」
 梅長蘇の覚悟のほどを見て取り、景琰は力強く頷いた。  
 「わかった。いましばらく堪えていてくれ」
 もう一度梅長蘇を強く抱きしめてから、景琰は穴へ向かって飛び出していった。


 「こっ、この忌々しい蜂め、退治てくれようぞ~!」
 金角銀角が右へ左へぎくしゃくと蜂を追って見せているところへ、声が響いた。
 「誰を退治るだと?」
 「ややっ、きっ、貴様、孫悟空!」
 金角が大袈裟に驚いて見せる。 
 「おっ、景琰が戻って来たぞ!」
と皇帝は大喜びである。
 再び、宴席は喝采の渦と化した。悟浄と八戒も、既に縄を解かれて自由になっている。
 「さっ、猿め、いつの間に!」
 慌てふためく銀角に一蹴り食らわせるや、悟空はその手から瓢を奪う。観客に背を向け、素早く本物の紅葫蘆とすりかえると、今一度身体の向きを変えて、その栓を抜いた。
 「師父! お出ましをッ!」
 次の瞬間、三蔵法師が瓢から吐き出された。
 「師父!」
 しっかりと三蔵を抱きとめた悟空が、そのまま軽々と師父の身体を抱き上げた。
 「この斉天大聖・孫悟空! しかと師父をお救い申し上げた!」
 客席に向かって朗々と言い放った景琰に、怒涛の如く歓声が上がる。
 「おおお! 三蔵法師が助け出されたぞ!」
 「さすがは殿下! さすがは孫悟空!」
 「いいぞ、悟空! よっ、大統領!」
 「これ、大統領はあちらで豚をやっておるではないか」
 なにはともあれ、観客の盛り上がること盛り上がること。
 「ええい、こっ、小癪な猿め。叩き殺してくれるわ!」
 襲い掛かってくる兄弟妖怪からひらりと身を躱し、悟空は沙悟浄を振り返った。
 「悟浄、師父を頼む」
 三蔵の身を悟浄に託す。
 「言われるまでもない」
 妖怪たちの中へ飛び込んでいった悟空には一瞥もくれず、悟浄は下手のほうへと三蔵を運ぶ。
 「世話の焼ける男だな、お前は。そら、護心丹でも飲んでおけ」
 観客から見えぬように、藺晨は梅長蘇に薬を飲ませた。
 「すまぬ、藺晨」
 「まあ、いい。―――では、そろそろわたしも見せ場を作るとしようか」
 そう言って立ち上がると、沙悟浄は猪八戒とともに妖怪たちの中へ駆け込んでいった。




   * * *




 「どうせならば今少し栓が固くてもよかったものを、気の利かぬことだ」
 舞台裏で梅長蘇がぶつぶつと文句を言った。折角、景琰とふたりきりになれたからには、少し息苦しいくらいは二の次であったのだが。
 「はあ。申し訳ありません」
 「大体、お前たちのあの演技は何だ。あれでは靖王府の者を使ったほうがましであったやもしれぬ」
 「はあ……」
 しゅんとした黎綱と甄平のそばから、藺晨が梅長蘇の腕を曳いて引き離す。
 「なんだ、藺晨」
 「長蘇。改めて尋ねるが……、瓢の中は密室だ。お前たち、何をしていた?」
 梅長蘇は眉をしかめて不貞腐れた。
 「あのような短い時間では、なにもできはせぬ」
 その答えに、藺晨が両眉を上げて呆れたような表情を作る。
 「長ければ何かしていたのか」
 「莫迦を言うな。長ければわたしが伸びている」
 「―――確かにそうだが、わざわざ三蔵まで紅葫蘆に吸い込まれることはなかったろうに、お前の脚本はどうも私情が交えられていておるようだな」
 言われて梅長蘇が流石に赤くなる。
 「……このほうが盛り上がると思っただけだ。皆、喜んでいたではないか」
 「―――わたしは大いに不愉快だ」

 藺晨の思いはともかく、芝居は大盛況のうちに幕を下ろし。三蔵・悟空主従の美しき師弟愛に、涙で袖を濡らさぬものとてなかったのである―――。




   * * *





―――次回予告―――



 「む? 牛魔王とな? 
 「なんということでしょう、これは。誉王殿下に悪役を演じよと?」
 「しかしそなたの役どころである鉄扇公主とは夫婦であるぞ」
 「王妃さまが悋気なさらねばよろしゅうございますが……」

 西遊記の舞台に、ついに誉王も参戦!?
 どうする、景琰!?

 次回も、お楽しみに。

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