古剣奇譚

盾 ( 『古剣奇譚』 #2 )

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2015.07.20の作品。
掌門×紫胤さまで、実験的に腐ってみたやつw
でも、紫胤さまって、誰とくっつけてみてもなんかしっくりいかない、
やはり犯しがたい崇高なお方w


 「また、掌門のところですか」
 背中にそう声をかけられて、紫胤は足を留めた。
 半ば睫毛を伏せたまま、視線を背後の気配に向ける。
 「まだ起きていたのか、陵越」
 紫胤は努めて平静を装ったが、陵越は既に心乱しているのが、顔を見ずともわかる。
 「じきに帰るゆえ、寝ていなさい。明日も修行がある」
 言い捨てて歩き出そうとすると、陵越が追いすがってきた。
 「師尊こそ、ずっとお寝みになっておられぬはず。今宵は臨天閣におとどまりください」
 前へ回りこんできた陵越に、真剣な表情でそう請われると、さすがの紫胤も苦笑を禁じ得ない。
 
 初めて屠蘇に封印を施してから六年め。
 三年に及ぶ閉関の行も、既に二度めを終えたところだ。
 ひと月の間に、執剣長老たる身には、なすべきことが山とある。
 日頃は紅玉に任せきりの剣閣も、この機会に入念に検めねばならぬ。
 他の長老たちとの交わりも欠かせぬし、陵越や屠蘇以外の弟子らの稽古も見てやらねばならぬ。
 そして何よりも、ふたりの直弟子たちと、少しでも多くの時間を作りたかった。

 三年ぶりに禅房から出た折り、ふたりの弟子の成長に、紫胤は目を瞠ったものである。
 ことに屠蘇は、三年前にはまだほんの少年であったものを。

 紫胤は三年前にそうしたように、思わず屠蘇の頭を撫でようと手を伸ばした。
 が。

 屠蘇はふい、と目をそらし、わずかに顔を背けたのだ。
 少年の日のあどけなさは影を顰め、屠蘇はほとんど感情を表に出さなくなっていた。

 屠蘇はほかの弟子らから、疎まれ、軽んじられているのだと、そのあと陵越から聞かされた。
 やがてはそんな憂き目に遭う日も来ようことは、紫胤には前からわかってはいたが。
 快活な笑顔を失った屠蘇を前にして、やはり胸が痛んだ。
 近くで見守っていると、やはりどうかした拍子に、幼い頃の表情が出る。はにかんだように笑みを浮かべたり、きょとんと不思議そうな顔をしたり、ほんの一瞬の、そうした表情が、紫胤には愛おしく、かけがえのないものに思える。なんとしても、守ってやらねばならぬ。

 それゆえに。

 「掌門には、今後のことをよく頼まねばならぬゆえ」

 自分はまた、じきに禅房にこもる身だ。
 屠蘇を守るには、紅玉と陵越だけでは荷がかちすぎる。

 陵越は何か言い募ろうと口を開きかけたが、唇を噛んで黙る。その顔をまともに見るのが憚られて、紫胤は伏し目がちに目をそらせた。

 「なるべく早く帰る。おまえは寝なさい」

 陵越の身体を躱して、紫胤はそのまま臨天閣をあとにした。








 寝台を軋ませて、紫胤は身を起こそうとした。
 身体の芯を痛みが貫いて、思わず動きが止まる。
 「なにをしている」
 大儀そうな掌門の声に、一瞬身がこわばる。
 「そろそろ戻らねば」
 常と変らぬ調子で言おうとしたが、声はかすれ、痛みに震えた。
 「莫迦なことを。起きられもすまいに」
 無造作な言葉とは裏肚に、掌門は優しい手つきで紫胤の身体を引き寄せた。
 「……戻る」
 掌門の手をほどき、ようよう半身を起こす。
 寝台から足を下ろそうと身体を捩じると、痛みに思わず声を漏らしそうになった。
 立ち上がるつもりが、そのまま寝台の脇に頽れた。
 「言わぬことではない。今日はとても足腰が言うことをきくまい」
 掌門が身を起こして、紫胤の身体を再び寝台へと扶け上げた。
 「今宵は少々無茶が過ぎたようだな。すまぬことをした」
 紫胤は、掌門の腕の中でうなだれる。

 陵越は、起きて待っているだろうか。
 もともと、敏い子である。
 そのうえ、もう大人だ。

 「紅玉を、呼ぶ」
 掌門に抱きすくめられたまま、紫胤は弱々しく言った。
 戻らねば、と思う。

 「なにを莫迦な。このありさまを紅玉に何と説明する」
 「かまわぬ。紅玉は他言いたさぬゆえ」
 掌門が低くうなった。
 「それほど、弟子が可愛いか」
 掌門の腕に力がこもる。
 紫胤が苦しさに喘ぐと、その口を掌門の唇がふさいだ。
 息が出来ず、朦朧とする。
 苦し紛れに掌門の腕に爪を立てていた手から、力が抜けていく。
 気が遠くなりかけた時、不意に掌門の腕がゆるみ、唇が自由になった。刹那、紫胤は激しく咳き込む。
 「すまぬ。……しっかりせよ」
 背をさすられて、ようやくまともに息ができるようになった。

 「なにゆえ、抗わぬ」
 紫胤は苦笑した。
 「わたしが本気で抗えば、この部屋などあっという間に壊れてしまおう。それこそ皆になんと説明するおつもりか」
 掌門は少し笑って、溜息をついた。
 「そうではあるまい。……やはり弟子の為であろう?」

紫胤は黙って目を伏せた。

 掌門の扶けは、なんとしても必要なのだ。

 「わたしがそばにおれぬ以上、貴方の力にすがるよりほかなきゆえ」
 「弟子がために、己が身をさしだすか」
 憐れむような掌門の眼差しが、心に痛い。
 「この身でよくば、いかようにも」

 「愚かな」と掌門は苦々しく言った。
 「……はい」
 愚かであるのはわかっている。
 しかし、己れにできることは何でもする、それだけだ。

 掌門の手が、紫胤の乱れた髪を優しげにかきあげる。
 「よかろう。紅玉をこれへ」
 掌門の唇が、紫胤の額に浅いくちづけを落とした。

 紫胤が暫し念じると、すぐさま紅玉の姿が現われた。
 紅玉はことのありさまを見てとるや、さすがに狼狽して目のやり場に困るふうであったが、紫胤が請うと、黙って湯あみを手伝い、手当をして衣を着せた。

 「行け。もうじき夜が明けよう」
 衣をかるく羽織っただけの掌門の声に、紫胤は浅く頭を垂れた。

 「また、今宵参る」

 掌門は笑ってうなづいた。








 紅玉の肩を借りて戻った紫胤を、陵越が出迎えた。
 紅玉が気を利かせ、あとを陵越に託して剣閣へと飛び去ると、ふたりの間に沈黙が下りる。
 歩みもままならぬ紫胤を、陵越は黙って支えた。
 その陵越の目から、一筋涙がこぼれる。
 「なぜ泣くのだ」
 陵越の涙を指先でぬぐってやりながら、紫胤は尋ねた。
 「口惜しいのです」
 なにが、とは聞かなかった。
 陵越のことだ。すべてを察している。察したうえで、己れの不甲斐なさを嘆くのだ。
 陵越の肩にやった手に、紫胤は少し力をこめた。
 そのまま陵越の身体を抱き寄せる。
 「泣かずともよい」
 既に己より少しばかり上背のある弟子の頭を、己が胸へと引き寄せる。すると陵越はこらえきれずに嗚咽を漏らした。
 「師尊の貴い御身を、いまだ守れもせぬのですか、わたしは」
 陵越は常に師を敬い、貴ぶ。その情熱たるや、ひととおりではない。紫胤も、それを知っている。
 「……貴くなどはない」
 紫胤は、陵越を宥めた。
 「この身は生まれながらの神仙にはあらざれば、長き研鑽を積んで剣仙となった。おまえたちも同じだ」
 陵越が顔を上げて、師の顔を見る。
 「そのおまえたちを見守るのが、先達たるわたしの役目なれば」

 たとえこの身を穢しても。

 弟子たちの先に立って露を払い、盾となって守ろう。

 「急がず励めばよい」

 この身が盾となれるうちは。


 紫胤は、涙にぬれた弟子の顔に、静かにくちづけた。

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