古剣奇譚

江都の柳 (『古剣奇譚』 #38 )

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2015.07.13 の作品。これもショート。
『しあわせ』が屠蘇ちゃんと晴雪で、
こっちが蘭生と襄鈴のお話です。


 柳ごしに、姉を乗せた馬車が遠ざかるのが見えた。
 琴川に帰る姉を遠くから見送り、蘭生はやりきれない気持ちになっている。
 どこをどう間違えてこんなことになってしまったのか。心が二つに千切れてしまいそうなほど、もどかしい。
 襄鈴がやけに優しいのは、それだけ自分が情けない顔をしているからだろうと、蘭生はますますつらくなる。

 知らず知らず、眉間に縦皺を寄せている自分に気づいた。
 そういえば、陵越は何かといえば難しい顔をして、こうして眉間に皺を寄せてはいなかったか。 
 (兄弟だってわかった途端に、似るものなのかな)
 そんなことを考えて笑おうとしたが、笑顔を作る前に莫迦莫迦しくなってため息をつく。
 (兄弟だって、認めてももらえないのに)
またしても惨めな気分が湧きあがってきて、蘭生は両手で顔を覆った。
 「ぼくの腕っぷしが弱いから? 法術が上手くならないから? 屠蘇みたいに強けりゃ、弟だって認めてもらえるのか?」
 ついつい、そんな子供じみた愚痴が出る。
 そんな蘭生の頭に、柔らかい手が置かれた。
 「ほんとにお莫迦さんね」
 「襄鈴……」
 顔をあげると、妙に大人びた優しい顔で、襄鈴が見つめていた。
 「気になる相手にほど素っ気なくしちゃうもんだって、蘭生、あなたが言ったんじゃない」
 「ぼくが?」
 ああ、と思い当たる。
 襄鈴が屠蘇に冷たくされて、落ち込んでいたときだ。
 どうして屠蘇に嫌われるのか、法術が下手くそだからか、すぐにお腹がすいてしまうせいか、と襄鈴は思い悩んでしょげ返っていた。
 そんな襄鈴を慰めたくて、自分は確かそんなことを言ったのだ。屠蘇が襄鈴に冷たくするのは、嫌っているからではなく、心配しているからなのだと。
 半分は口から出まかせだったが、あのとき襄鈴はそれですっかり元気づいた。
 「大師兄も、蘭生のことが心配でたまらないのに決まってるじゃない」
 襄鈴はきゅっと鼻の頭に皺を寄せて見せ、それからにこっと笑顔になる。
 「いいわ。紅葉湖の水で頭を冷やして、ようく考えて」

 襄鈴がいつの間にか大人になった気がして、まぶしく見える。
 あの時、子供のようにしょげていた襄鈴は、まだほんの子狐にすぎないように見えたのに。

 (なんだか随分永い時がたったみたいだ)

 屠蘇や晴雪、それに襄鈴と、初めて会ったのはついこの間のことなのに。

 出会った頃の自分たちは、なんて子供だったのだろう。
 屠蘇はまるで世間知らずの朴念仁だったし、自分にしても、父や姉の庇護のもとで温室育ちときていた。
 四人とも、一人で歩きだしたばかりの、雛鳥のようだったと、蘭生は思う。

 あれから幾らも経ってはいないのに。
 皆、気が遠くなるほどの、喜怒哀楽の波に翻弄されてきた。
 屠蘇も、晴雪も、そして自分も。

 何の悲しみも知らず、ただ満たされぬ思いの中でもどかしがって、知らない世界に飛び出してみたかっただけの自分。
 もう、戻れはしないのだ。
 蘭生は、そっとため息をついた。

 わかっている。
 兄の思いやりも、姉の気持ちも。

 本当はちゃんと、わかっているのだ。

 (でも、まだ駄目だよ)

選べるものではないし、選ばねばならぬものでもない。
 陵越も、如沁も、自分にとっては、切り捨てることのできぬ家族だ。

 それでも、今は。

 紅葉湖で、自分の気持ちと向き合ってみたいと思う。
 (少しくらい時がかかっても、待っていてくれるだろ、姉上)
幼い日の心持ちで、蘭生は瞼の裏の姉に向かってそう甘えた。

 きっと、戻るから。

 きっと、姉上を守るから。

 いまはこの、ひたすら陵越を慕わしく思う心に、きちんと折り合いをつけたかった。

 「行こうか、襄鈴」
 「……うん」

 江都の柳が、寂しげに揺れていた。
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