古剣奇譚

しあわせ (『古剣奇譚』 #38)

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2015.07.11の作品。
屠蘇と晴雪が可愛すぎて。


 「おや」と、たまたま立ち寄った茶房の姥が、破顔した。
 「仲直りをしたんだねえ」
 きょとんとした二人に、姥が茶を淹れてくれる。
 「この前ここを通ったときには、あんた達、喧嘩をしていたんだろう?」
 あ、と晴雪は小さく声を立て、気まずそうに俯いた。
 「ずいぶん離れて歩いていたけどね、すぐピンと来たのさ」
 得意げにそう言い、姥は晴雪に笑いかけた。
 「すっかり顔色もよくなったじゃないか。ずっと気になっていたんだよ」
 晴雪はちょっと赤くなって笑った。
 「ありがとう、おばあさん」
 「可愛い奥さんじゃないか、大事にしておやり」
 皺だらけの手で背中を叩かれ、屠蘇は茶を噴いた。
 「蘇蘇」
 慌てて晴雪が屠蘇の口元を手巾で拭いてやるのを、姥はにやにやして見ている。
 少々面喰って目を瞬かせながら、それでも屠蘇は生真面目な表情で姥を見上げた。
 「もちろんだ。一生、大事にしたいと思っている」
 そう言って、晴雪へ目を向けてくる。
 「蘇蘇……」
 晴雪は今度こそ真っ赤になった。
 「おやおや。こいつは御馳走様だね」
 茶目っ気たっぷりにそう言い置いて、姥は別の客のほうへと行ってしまった。
 「……蘇蘇?」
 はにかむ晴雪の、手巾を握ったままの手を、屠蘇は両手で包んだ。
 「恥ずかしいわ」
 引っ込めようとする手をしっかり握りしめ、屠蘇は真面目な顔のまま、晴雪の顔をまっすぐに見つめてくる。
 「俺はこの数日で色々なことを学んだ」
 屠蘇はちょっと言葉を切り、唇を噛んでから、更に晴雪の目を覗き込んだ。
 「これまで俺は、きみに支えてもらってばかりだった。まだまだつらい思いをさせるかもしれない。それでも……」
 「それでも?」
 ひとつひとつ言葉を選びながら、ゆっくりと丁寧に自分の想いを乗せて話しているのが、晴雪にはいやというほど伝わる。
 「それでも、そばにいてほしい。俺もきみを支えたい」
 「蘇蘇」
 晴雪の胸に甘酸っぱいものが広がる。
 「きみを傷つけることしか出来ないかもしれないが……、大切に思っている」
 晴雪が思わず顔をほころばせると、屠蘇は少し目を泳がせた。
 いま初めて我に返ったかのように、今度は屠蘇のほうが手を引っ込めようとする。それを逃さず、晴雪はその手を握り返した。
 「蘇蘇。ありがとう」
 心からの笑顔を向けると、屠蘇は少し面喰ったような表情をする。そして、ゆっくりとその口元にも微笑が浮かんだ。
 少年のような笑みに、晴雪も心が温かくなる。
 「蘇蘇の笑った顔が好き」
 卓越しに手を握りあったまま、晴雪は嬉しくてたまらず屠蘇の顔を見つめた。屠蘇はなんとなく、眼のやり場に困るふうだ。それでも晴雪に視線を戻した屠蘇は、少し前には考えられないほど、温かい笑顔になっていた。
 互いにはにかみながら微笑んで見詰め合うふたりに、すぐそばで咳ばらいが聞こえた。
 「まったく見ちゃいられないねえ」
 さっきの姥が、呆れ顔で立っている。
 「すっかりお茶が冷めちまうじゃないか」
 「あ。ごめんなさい」
 苦笑いする晴雪に、姥は肩をすくめて見せ、それから屠蘇に向き直る。
 「あんた、仏頂面しかできないのかと思ったら、そんな顔も出来るんだね」
 姥は満足そうにそう言うと、
 「しあわせにおなりよ」
と、ふたりの肩を叩いた。

 しあわせに。

 言葉に出して言われて、晴雪の胸に不意に込み上げてくるものがある。
 その目から、我知らずぽろりと涙がこぼれた。
 「晴雪」
 心配して、屠蘇が指先で涙を拭ってくれる。
 晴雪は笑って、涙を拭いた。
 「いやだ、こんなに嬉しいのに」
 自分の気持ちを持て余すかのように、泣き笑いの表情を見せながら、鼻を啜りあげた。
 「おばあさん。わたし、とっても幸せよ」
 姥を見上げて、晴雪は泣きながら笑った。
 「いまも。これからもずっと」
 幸せでたまらないはずなのに、あとからあとから涙があふれてくる。
 「そうかい。安心したよ」
 姥がなだめるように晴雪の肩を撫でた。
 晴雪は、小刻みに何度もうなづいた。

 そうだ。
 幸せでたまらない。

 屠蘇のそばにいられるだけで。

 屠蘇が自分を信じて、笑いかけてくれるだけで。

 こんなにも心が温かくなって、幸せがあふれ出るようだ。

 この幸せが、――――――――――ずっとずっと続けばよい。 
 ずっとずっと……。

 なぜか胸が、切なく震えた。

 何度も何度も小さくうなづきかえしながら、晴雪は涙を流し続けていた。
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