琅琊榜.風中の縁

砂の枷5 (『琅琊榜』『風中奇縁』)

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やっと一段落した!!!

 飛流の行方は杳として知れぬまま、朝を迎えた。
 莫循が昨夜から何十回目になるか知れぬ溜息をこぼしたとき、甄平が部屋に飛び込んできた。
 「矢文が!」
 握りしめていた紙切れを広げて、莫循に差し出す。
 「飛流を捕らえたから、返してほしくば梅長蘇に出せと・・・・・・」
 莫循が目を通すより早く、甄平がそう言葉を添えた。
 「何を馬鹿な」
と藺晨は吐き捨てるように言う。出せと言われて、そう簡単に出せるものではない。第一、梅長蘇はすでに亡いのだ。
 黎綱が苦々しげに息を吐く。
 「宗主は義を貴び、礼を重んじられました。それを乱す者をことのほか嫌われて―――。容赦のないところがおありだった。・・・・・・それゆえ、宗主を恨む人間は、江湖には少なくないのです」
 さもありなん、と藺晨は思う。邪なる者というのは、得てして逆恨みをするものだ。
 黎綱の言葉を甄平が引き継ぐ。
 「江左盟に表立って逆らう愚も侵せず、かといって宗主ひとりをつけ狙うにしても飛流が常にそばに控えていて、返り討ちに会うのが関の山。それがこのところ江左盟の勢いが衰え、息を吹き返す者たちもいるとか」
 黎綱もが続けた。
 「江湖には、いまだ宗主の亡くなったことは公に伝わってはおらぬはず。無論、重い病の床にあるのではないか、既に亡くなったのでは、という憶測は飛び交ってはおりましたが」
 たまたま一人でいた飛流の闇討ちに成功した者たちが、今度は飛流を餌に梅長蘇を誘き出そうというのだ。
 「飛流がそう易々と捕らえられるはずもありません。おそらく無傷ではないと」
 黎綱の言葉に、皆押し黙る。
 飛流は獣に近い。手傷を負わされたなら、それこそ猛り狂って抗ったであろう。それでも手取りにされたとすれば、飛流の負った傷のほどが気にかかる。
 一刻も早く助け出さねばならぬ。
 矢文には、落ち合う場所が記されている。ここからはほど近い山の中腹、切り通しを抜けたところだ。こちらからそこへ辿り着くまでは、道幅も狭い。大挙して押し寄せることは不可能だ。まことに梅長蘇が現れるかどうか、向こうは高みから充分に確かめたうえで出てくるつもりなのだろう。藺晨が梅長蘇になりすまそうとしても、切り通しに辿り着く前に見破られるに違いなかった。
 「―――わたしが行こう。梅長蘇として」
 凛とした声が、響いた。
 「し、しかし」
 異論を唱えようとした黎綱を、莫循は手で制した。
 「飛流を見殺しにしたのでは、いつか彼岸へ渡ったときに長蘇どのに合わせる顔がない」
 軽く微笑んだ莫循に、藺晨も口元を緩めた。
 「おい。誰かこいつに剣を。あまり重くないものがよいな」
 藺晨が言うと、黎綱と甄平が眉をひそめて顔を見合わせた。
 ふん、と藺晨は笑って莫循を見下ろす。
 「使えるだろう?」 
 「―――些かは」
 莫循は苦笑した。
 「ただし、もう随分鍛錬しておらぬゆえ、心もとないが」
 「なに、自信を持て。わたしが太鼓判を押すのだ、心配は要らん」
 甄平が差し出した剣を、藺晨は受け取って莫循の手に握らせる。
 「よくわかったな。わたしが剣を使えるなどと」 
 そう言った莫循に藺晨は笑い、その耳元へささやく。
 「当たり前だ。―――お前の手も、身体も、もう知り尽くした」
 莫循の目が見開かれ、その顔に朱が射すのを、眩しい思いで藺晨は見た。
 「―――これ以上、風邪がこじれたときは、頼む」
 「任せておけ」




   * * *




 「ひとりで来るよう指示したはずだが?」
 男のひとりが言った。
 「残念ながら、この通り脚を悪くしていてね。車椅子を押してくれる者がなければ、そなたたちに会いにも来れぬ有様ゆえ、ご容赦願いたい」
 荒くれ男たちに囲まれて、すこしも怖じずに莫循がそう言うのを、車椅子を押してきた藺晨は、笠の内で苦笑しながら見ていた。
 あれだけ悶々としていたくせに、いざとなると肝が据わっている。面白い男だと思う。
 男たちが顔を寄せ合って何ごとか囁き交わす。梅長蘇の足が悪いなどとは聞いていないが、という声が漏れ聞こえた。が、直接長蘇を見知った者らがいたらしい。間違いなく梅長蘇だという結論に落ち着いたようだ。
 「わたしに何を求める気か知らぬが、まずは飛流の無事な姿を見せてもらいたい」
 有無を言わせぬ声音で、莫循が言った。
 真ん中にいた男が、後ろの者へ顎をしゃくって見せた。
 まもなく、山陰から飛流が連れてこられる。
 「飛流!」
 莫循が声を上げた。
 飛流の有様は、ひどいものだった。
 恐らくは、初めに弓矢か暗器で不意打ちをかけられたのだろう。いかに心が萎れていても、飛流ほどの手練れならば矢の三本や四本、雑作もなく叩き落としたはずである。よほど多勢に無勢であったか、あるいは毒を使われたのか。
 捕らえられたところを散々に痛めつけられたと見えて、ぐったりとした飛流は両脇から抱えられ、引きずられてきた。 
 結わえていた髪はほどけ、身に着けているものは襤褸と化して血で汚れていた。
 車椅子から身を乗り出しかけた莫循の肩を、藺晨はそっと押しとどめる。
 「―――落ち着け。飛流を信じろ」
 小声でそう諭す。莫循は黙って一呼吸し、気持ちを落ち着けたようだった。
 「―――飛流」
 莫循がもう一度、飛流に呼びかけた。
 ぴく、と飛流の頭が動いた。
 「飛流。もう大丈夫だから。―――戻っておいで」
 飛流が、顔を上げた。乱れた髪の間から、切なげな眼がこちらを見る。
 「―――蘇哥哥・・・・・・?」
 「おいで。自分で、戻ってこられるだろう?」
 こくりと飛流がうなづいた。
 その手が、両脇の男たちを左右へ押しやろうとする。男たちは、ぎょっとしたように飛流を見ていた。飛流がまだ動けることが、信じられぬといった表情だ。
 男たちは、指示を仰ぐように頭立った者へ顔を向けた。
 「放してやれ」
と答えが返る。
 「どうせもう役には立たん。せめて主従の再会を喜び合わせてやるがいいさ。それからじっくり、三人まとめて嬲り殺すだけだ」
 



   * * * 




 男たちの手を離れると、飛流はそのまま力なくその場に崩れ落ちた。
 「飛流! 立って、蘇哥哥のところへ来るのだ」
 飛流は朦朧としながら、それでも懐かしい蘇哥哥の声に顔を上げる。
 「・・・・・・蘇哥哥・・・・・・」
 梅長蘇の仄白い姿が、そこにあった。
 あそこまで行けば、蘇哥哥に抱きしめてもらえる。よく辛抱したと、頭を撫でてくれるに違いない。そう思って身体を起こそうとした飛流の頭に、あの声が蘇る。
 『蘇哥哥などと呼ぶな! 向こうへ行け!』
 飛流は身を震わせた。弱々しくかぶりを振る。
 「駄目だよ・・・・・・。そばに来ちゃ駄目だって・・・・・・。蘇哥哥、そう言ったから・・・・・・」
 梅長蘇の眼が見開かれるのを、飛流は霞む目で見ていた。
 「飛流。蘇哥哥が悪かった。もうよいのだ。おいで、飛流」
 梅長蘇の両手が、大きく広げられる。
 「・・・・・・蘇哥哥・・・・・・蘇哥哥・・・・・・」
 飛流はしゃくりあげていた。
 梅長蘇の姿に導かれるように、ゆらりと起き上がる。
 「そうだ、飛流。そのままこっちへ来るのだ」
 よかった・・・・・・と思う。蘇哥哥は怒っていない。優しい声で、飛流と呼んでくれる。
 蘇哥哥が来いというのなら、何を措いても行かねばならぬ。
 いつも、いつも、蘇哥哥は一番近くに自分を置いてくれた。
 あのほっそりした手で髪を撫でられるのが、好きでたまらなかった。
 あの白い指先が菓子をつまんで自分の口に入れてくれるのが、嬉しくて嬉しくてしかたがなかった。
 飛流、と呼ぶ声。
 抱きしめてくれる細い腕。
 なにもかも。
 なにもかも、大好きだった。
 「―――蘇哥哥」
 涙で、姿が見えない。
 それでも、声のするほうへ、飛流は進んだ。何度もつまづき、膝をついては起き上がった。ただ、蘇哥哥のもとへ帰りたい、その一心で。
 最後の一丈は、這って進んだ。
 そして。
 蘇哥哥の足に、飛流はしがみついた。
 「飛流!」
 優しい手が、飛流の髪を撫でてくれる。
 傍らにいた男が、力強い腕で抱え起こしてくれた。
 「飛流。もう大丈夫だ」
 「―――藺晨哥哥?」
 梅長蘇の膝に寄りかかって、飛流は男の顔を見上げた。
 藺晨哥哥と蘇哥哥がいれば、もう何も心配することはないのだと、飛流はようやく安心した。
 「飛流・・・・・・。よく頑張った。偉かったな」
 懐かしい腕に、抱きしめられた。
 やっと。
 やっと、戻れた。蘇哥哥のもとへ。
 もう、懼れるものは何もなかった。 




   * * *




 「飛流。いい加減に降りてこい」
 黎綱が、屋根の上を見上げて言った。
 「宗主が―――、莫宗主が、どれほど心配しておいでだったと思う」
 返事は、ない。
 「どうした?」
 藺晨は回廊から声をかける。黎綱が見ている先を、藺晨も懐手のまま身体を捻って見上げる。
 「ほう。大したものだな。あれほどの傷を負いながら、もう屋根に上がれるのか」
 思わず笑った藺晨を、黎綱が軽く睨んでくる。
 回廊を、車椅子がやってきた。  
 「ずっとあの調子なのだそうだ」
と、そばへ来た莫循が苦笑いした。黎綱が、ふたりに困惑げな顔を向ける。
 「莫宗主があれほど詫びられたというのに、いつまでもつむじを曲げて、困ったものです」
 莫循は微笑んだ。
 「しかたがない。先に突き放したのはわたしのほうなのだから」
 「飛流は頑固だからな」
 藺晨ものんびりと言った。
 藺晨にとって、こんなことは別段どうでもよかった。
 飛流は既に、莫循を受け入れているのだと、藺晨はそう信じている。恐らくは、藺晨よりもずっと早く。初めて会ったその日から。
 ただ、あまりにも蘇哥哥に似た莫循に、どう接してよいのかわからぬのだろう。

 飛流はあの時、莫循の膝に顔を埋めて泣いた。
 朦朧としていた飛流には、ほんとうに莫循が梅長蘇に見えていたのかもしれない。
 『さて、そろそろ積年の恨みを晴らさせてもらうとしようか』
と、三人を囲んだ荒くれ者どもがその輪を縮めてくるに及んで、藺晨は傘を脱ぎ捨てた。愛剣を構えるや、男たちは一瞬怯んだが、飛流は手負いで身動きならぬし、梅長蘇が武功を持たぬことはもとより江湖に知れ渡っている。藺晨ひとりが剣を抜いたとて、何ほどのことがあろうかと高を括ったのだろう。
 初めの一人が挑みかかってくるのを剣で払って、藺晨は飛流の身体を切り通しの穿たれた岩蔭へ押しやった。
 それを見届けた莫循が、剣を抜き放つ。男たちの間に、ざわめきが走った。「梅長蘇は武芸が出来ぬのではなかったのか」と。
 「ええい。惑わされるな。剣一本持ったとて、見ろ、やつは足さえ立たぬ身だぞ」
 その声に、男たちが奮い立った。
 藺晨は己の腕を自負している。気がかりといえば、莫循がどれほど動けるのか、であったが。
 (なんだ。大したものではないか)
 思わず舌を巻く。この切り通しへ至るまで、道が悪く車椅子での移動は難渋したが、この場所は開けて、平らかだ。莫循の車椅子は滑るように右へ左へと動いた。その剣の腕もまた、冴えわたっている。
 (鍛錬を怠っているなどと言っていたが)
 いちいち謙遜が過ぎる、と莫循の剣さばきを視界の端に捉えながら思った。
 と、不意に莫循の車椅子が傾く。車輪が、小さな石に乗り上げたらしい。
 藺晨がはっとして体の向きを変えるより早く、莫循を庇いに入った者がある。
 「飛流!」
 藺晨と莫循は同時に叫んでいた。
 もはや身体を起こすことも出来ぬと思われた飛流が、莫循へ剣を振りかざそうとした男へ、両の拳を突き出していた。
 「飛流っ」
 体勢を立て直した莫循が、もう一度呼ぶ。
 飛流はその一撃に力を使い果たし、そのまま莫循の膝へと仰向けに倒れ込んだのだった。
 

 梅長蘇と飛流の絆を知る藺晨にとって、莫循と飛流を見ていると何やら不思議な気持ちにさせられる。
 (少々妬けるが・・・・・・)
と藺晨は苦笑いした。 
 



   * * *




 「飛流、大変だ。宗主が! 莫宗主がひどい怪我を!」
 甄平の声に、飛流はがばっと跳ね起きた。
 急に動くと、まだ体のあちこちが痛んだが、そんなことに構ってはいられない。
 飛流は屋根の上から身軽く回廊へと飛び降りた。そのまま、莫循の臥室へと踊り込む。
 「循哥哥!怪我!」
 莫循は、車椅子に座したまま、驚いたようにこちらを見ていた。
 車椅子の前に身を投げ出した飛流は、莫循の全身を隈無く確かめる。
 「どうしたのだ、飛流。わたしは怪我など・・・・・・」
 不思議そうにそう言う莫循の前に、飛流はぺたんと座り込んだ。
 ―――担がれた、と気づいて、飛流は眉を寄せた。
 が。
 「それより飛流。さっき、わたしを何と呼んだ?」
 そう問われて、飛流は真っ赤になった。
 「―――知らない。呼んでない」
 ぷいと横を向く。
 ふわり、と髪を撫でられ、飛流は頭を振った。
 莫循が小さく笑う声がした。
 「・・・・・・いいから、呼んでくれ」
 優しい、温かい声音だった。
 飛流はうつむいたまま、ぽつりと呼んだ。
 「―――循哥哥」
 言って飛流は、莫循の薄い膝に額を押し付けた。屋根の上で、何度も声に出してみたのだ。それでも、面と向って呼ぶのは、ひどく照れ臭かった。
 「良い子だな、飛流。もう一度呼んではくれぬか」
 莫循の手に、もう一度頭を撫でられる。
 飛流は顔を上げて、莫循を見た。

 あの切り通しで、迎えに来てくれたこの人の姿を、自分は生涯忘れまいと思う。
 襤褸襤褸だった自分を抱きしめてくれた。かつて、蘇哥哥がそうであったように。

 守って行きたい―――。

 飛流は莫循に笑いかけた。




   * * *




 ―――飛流が、嬉しそうな顔で笑う。
 かつて、自分にそっくりであったその人も、この無垢な笑顔を愛し、こうして撫でてやったのだろう。
 「循哥哥」
 両手を莫循の膝にちょこんと揃えて見上げる飛流の顔に、ふと昔が蘇る。こうして従順な獣のように、自分の優しさを待っていた人。
 (わたしが引っ込み思案なばかりに、遠ざけ、傷つけ、永遠に失った)
 もう二度と、過ちを犯したくはなかった。
 「莫循」
 藺晨がそばへ来て、車椅子の上へ小腰を屈める。
 「飛流は賢い子だろう?」
 「―――そうだな」
 莫循はうなづいた。
 「ちゃんと、お前に向き合える」
 「・・・・・・ああ」
 ならば、自分が向き合わないでなんとしよう。
 「長蘇には長蘇の、お前にはお前のよさがある。ほかの誰にもなれはせん」
 藺晨の言葉が、身に染みた。
 「なあ、飛流。循哥哥が好きか?」
 「うん」
 飛流が素直にそう答えた。
 「蘇哥哥とどっちが好きだ?」
 そんな意地の悪い問いを・・・・・・と、莫循は眉をひそめたが。
 首を傾げて少し思い悩んでいた飛流が、やがて破顔した。
 「―――どっちも!」
 ぽん、と藺晨が扇子を掌に叩きつけた。
 「見ろ。飛流はお前よりよほど賢い」
 莫循は困って笑う。
 「こんな情けない男のままでよいと?」
 「自分を卑下するな。だが、そんなところも含めてお前だというなら、そばでいちいち尻を叩いてやる者が必要だな」
 頬に軽く口づけられて、莫循は思わず目を逸らせた。そして。
 「―――どうした?」
 ふと、物思いに浸り込みそうになったところへ莫循の声がかかる。
 「いや、貴方は随分色々なものをくれたと思って」
 「わたしが?」
 わずかに首を傾けて笑った藺晨に、ひとつひとつ、挙げてゆく。  
 「松葉杖、車椅子、信鴿、そして江左盟・・・・・・」
 信鴿は、まだ届いていないが、と莫循は笑った。
 そして。 
 「なによりも、わたしの居るべき場所を」
 「それだけではないぞ? 金も、情報も、望むだけ与えてやれる」
 そう言った藺晨を、莫循は微笑して見返す。
 「それは心配に及ばぬ。自分でなんとかする。―――そのための江左盟だ」
 藺晨が眉を上げ、少し鼻白んだような表情になる。
 「ならば、これでどうだ?」
 目の前にしゃがんだ藺晨から、深い接吻を与えられた。
 ゆっくりと離れた藺晨の顔が、にやりと不敵に笑う。
 「こればかりは、自分ひとりではどうにもなるまい?」
 「貴方という人は」
 呆れて、莫循は顔を背けた。笑いがこみ上げてきて、どうしようもなかった。
 
 飛流はいつの間にか、猫の小月とじゃれあっている。そのさまを見ながら、莫循は言った。 
 「―――生まれながらに、足枷をはめられていると思っていた」
 不自由な足が、猶更そう思わせたのかもしれぬ、と思う。
 「だが、その足枷は、己の心ひとつで容易く外せるものであったのだと、今になって思い知るとはな」
 藺晨が小さく鼻を鳴らす、
 「その枷は、どうなった? まだお前を縛っているか?」
 いや・・・・・・、と莫循はゆるく首を振った。
 枷は既に、その形を失いつつある。
 砂の如くに崩れ落ち、やがては跡形もなく消え去るだろう。

 「わたしが二度と枷に囚われぬよう、―――力を貸してくれるか?」
 そう言うと。
 ぷっ、と藺晨が笑った。
 「なっ・・・・・・なにが可笑しい?」
 恥ずかしくなって、莫循は目を逸らせる。すると、藺晨の指に、顎を捕らえられた。
 「ようやく、甘えてくれたと思ってな」
 「・・・・・・っ」
 顔が、熱くなった。
 「互いに、今一度生き直すのだ。でなければ、去って行った者たちも嘆く」

 藺晨は梅長蘇を、自分は莘月を、この手から喪った。だが、いつまでもそれを惜しみ、嘆いてなんとしよう。
 嘆くために出遭ったのではない。
 渠らとの出逢いは、この胸に大切なものを遺していった。
 それはきっと、今一度、生き直すための力となる。

 砂漠に描かれる風紋は、今日もまた形を変える。
 日々、新たな時を刻んで、生きていこうと思う。

 再び重ねられた藺晨の唇を、莫循もまた、甘く啄んでいた。 


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~ Comment ~

お見舞い申し上げます。

遥華さま

帯状疱疹とのこと、痛みでお悩みのことと思います。
とにかく、お薬飲んで、休養に努めて下さいませ。
寝なくちゃダメですよ~。

続編は、体調が良くなってから!
今は、お休み下さいまし。

人間て、つよい生き物ですよね。
傷ついても、失っても、生きてさえいれば、新しい出会いや道が見えてくることがある。
遥華さんの作品は、いつも希望を与えてくれて、本当にすごいです、大好きです。

とにかく、今夜はお大事に。

>>Rintzuさん

ありがとうございます!!!
でも、お薬が合ったみたいで、昨夜は痛みがマシで、よく眠れました。
今からまだもう一寝入りですw

妄想は・・・・吐き出さないとストレスで余計に体調崩しそうなので、
まあ、ぼちぼちとwwww

いつも読んでいただいてありがとうござまいすです(^^)

だーかーらー!

遥華さん、お願いですから。
休んで~~!
眠って~~!
西の方向いて、三叩頭しますから~~!

帯状疱疹には、休養が一番。
私の母も、疲労がたまるとできて、毎回寝込んでいたので。
くれぐれもお大事に。

>>Rintzuさん

寝てますよー、ちゃんと(^^;
仕事も趣味も家事も通常運転なんですが・・・・。
まあ、藺循が一段落したんで、とりあえず執筆活動だけ休んでおります。
脳内は盛んに活動してますがwww
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