古剣奇譚

誓い (『古剣奇譚』 #6 )

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旧アカより『古剣奇譚』ネタ、引っ越し中w

2015年7月8日の作品。
『紅玉つれづれ 1』に続いての、中国ドラマ二次小説2作目です。

屠蘇ちゃんが三年禁足されるときの大師兄目線のお話です。


 「大師兄」
 後ろから呼び止められ、陵越は軽く眉をひそめて溜息をついた。
 声の主はわかっている。芙蕖だ。
 「大師兄。まだ休んでいなければ駄目よ」
 追い付いてきた芙蕖が腕にしがみつくのを、陵越は黙ってさせておく。自分を慕い、案じてくれる芙蕖は、大切な妹のような存在だ。
 陵越は眉を開き、表情を和らげた。
 「大丈夫だ。大したことはない」
 微笑んで見せたが、芙蕖の顔は晴れない。
 あれだけの深手を負ったのだから、それも無理からぬことだが、実際、今はほとんど苦痛は去っている。
 (それだけ、師尊が霊力をお使いになったということだ)
 内傷の著しかった自分に、師である紫胤真人が自らの気を注ぎ込んでくれたのである。
 師の清廉な気が身内に流れ込んでくるときの、あのなんともいえぬ心地よさが思い出され、陵越は目を細めた。
 師に対してすまぬという思いとは裏肚に、甘美なひとときに陶酔していた己れを、陵越は深く恥じている。
 いっそ時が止まればよいとさえ、あのとき自分は思ったのだ。
 「師尊はどうしておられる」
 尋ねると、芙蕖は更に顔を曇らせた。
 「屠蘇を禁足地へお連れになったわ」
 「……そうか」
 屠蘇を守ってやることも、出来なかった。屠蘇は自分を大蛇から救いだしてくれたというのに、自分は何もしてやれず、師の手を煩わせたに過ぎない。
 なんと不甲斐ないことだろう、と陵越は歯噛みする思いでいるのだ。
 まだほんの小さな子供だった屠蘇を師によって引き合わされてから八年、本当の弟のように愛おしんできたものを。
 たったひとり、禁足地に封じ込められる屠蘇の思いはいかばかりか。獣にも妖魔にもあらぬ身で。
 さらに、あれほど大切に育ててきた弟子を、罰せねばならぬ師の苦しみをも想う。
 師は、三年に一度、屠蘇の身内に宿る邪気の封印を強めてきた。
 しかし、屠蘇の体内に封じ込められた剣霊の力はあまりにすさまじく、執剣長老たる師の力をもってしても、それは決して容易いことではない。封印を行う度に、師は霊力を激しく消耗し、それゆえ三年は禅房にこもって、霊力を練り直す必要があるのだ。
 そして、前の封印から、今度はまだ三年たってはいない。
 充分に回復せぬままに、紫胤は陵越と屠蘇を救い、傷を負った陵越を霊力で癒し、そしてまた焚寂剣の邪気をも封じ込めた。
 さしもの紫胤真人とて、霊力を使い果たしているに違いないのだ。
 その上に、自らの手で愛弟子を禁足地に封印せねばならぬとあっては、師はさぞ身も心も憔悴していることだろう。
 「また禅房に籠られる前に、師尊と二人で少し話がしたい」
 芙蕖は察して、少しさびしげに長いまつ毛を伏せた。
 「はい。-―――無理はしないでね」
 からませていた腕を名残惜しげにほどいて、芙蕖はゆっくりと身体を離し、今一度気遣わしげに陵越の顔を見つめてから、踵を返して駆け出して行った。
 



 戻ってきた師は、いつも通りの涼やかな佇まいを崩してはいない。何事もなかったかのようだ。
 陵越は円卓の前に座った師に茶を淹れ、勧める。
 「ありがとう」
 香りを楽しんでから、紫胤は一口、茶を啜り、弟子へとその涼しげな眼差しを向けてきた。
 「おまえはもう、部屋に戻って休んでいなさい。まだ無理はせぬほうがよい」
 常に微かに笑みを湛えているかのような唇が、優しい言葉を紡ぐのを、陵越は忸怩たる思いで眺める。
 「私なら、もう平気です。師尊こそお疲れなのでは」
 紫胤がふっと笑う。
 陵越の問いには答えず、紫胤は優雅な仕種で立ち上がった。
 「再び修行に入る。あとのことは紅玉に託してある。お前にも苦労をかけるが」
 歩みだそうとする師の腕をつかんで引き止めようと、陵越は思わず手を差し出す。が、その手は師に届く前に宙を握り、固い拳となった。自ら師の貴き身体に触れる勇気が、陵越にはない。
 拳が、震えた。
 眉根をきつく寄せ、唇を噛んで、陵越は師の前へ回り込んで膝まづく。
 「師尊も、どうかしばらくはお身体をお休めください。この八年というもの、あまりにご無理を重ねておいでではありませんか」
 言わずもがなの言葉を、口にせずにはおれなかった。
 「どうか……、この陵越や屠蘇のためにも、御身をお労りくださいますよう……」
 深々と頭を垂れて、請う。
 沈黙が、おりる。
 顔を伏せたまま、陵越は師の言葉を待った。
 愚かな弟子と、呆れられたやもしれぬ。
 己が身などよりずっと重きものが、人の世にはあるではないかと、沈黙にそう諌められているかのように、陵越は愈々深く慚じ入った。
 が、伏せた顔の前に、ふっと白く輝くものが揺れて、陵越ははっとする。
 師の、白銀の髪が一房、はらりと目の前に垂れていた。
 思わず顔を上げると、目の前に屈みこんだ紫胤真人の仄白い顔がそこにある。
 「陵越」
 師の美しい手が、幼な子にするように、陵越の髪に触れた。頭を撫でられ、目頭が熱くなる。
 「案ぜずともよい。この紫胤と、おまえと、屠蘇とは、これまでもこのようにして生きてきたではないか」
 優しい声音に、再び陵越は拳をきつく握った。 
 この人は。
 己れが師を思うより猶深い慈愛を以て、師は二人の弟子を包んでくれているのだ。
 そして、その弟子らもまた、大いなる慈悲と義勇と共に生きられるように、全霊をかけて育み導いてくれる。
 「師尊」
 声が上ずった。
 涙で師の姿がぼやけて見える。
 陵越は震える拳をゆるゆると開き、その手を初めて、師の背中へと回した。
 「師尊……、師尊……」
 長い間こらえてきたものが、堰を切ったように溢れ出す。
 師の肩に頭を預けて、陵越は嗚咽した。 

 師は黙して何も答えない。ただ、その手が、あやすようにゆるやかに背中をさすってくれる。

 この人を守りたい。
 この人と、屠蘇と、それにつながる全ての人々を、守りたい。

 たとえこの身が砕けようと。

 陵越の胸を、熱い誓いが埋め尽くしていた。
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