古剣奇譚

紅玉つれづれ (『古剣奇譚』 #2 )

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2015年7月6日、別アカにてアップしたお話です。
アカを二つ管理できないので、徐々にこちらにお引越しさせますw

これは自分が生まれて初めて中国ドラマを見てからたったの一カ月めに
紫胤さまへの愛深きゆえに書いてしまったものですw
自分の書いたものを人さまの目にさらすのは十数年ぶりのことだったので
スゴくドキドキしたのでした・・・・


 いくつかの布袋を担いで臨天閣へやってきた紅玉に、二人の少年が駆け寄ってきた。
 「紅玉さん、それは何ですか」
 幼い方の少年は、興味津々だ。
 紅玉は苦笑した。
 「米の粉に小麦の粉、砂糖、それに卵もあるわ」
 それを聞いて、年かさの少年が胡乱げに眉を潜める。
 「修行の妨げになりはしませんか」
 尋ねつつも、紅玉を気遣って荷を半分引き受ける。いつもながら、よく気の利く子だと紅玉は感心した。
 「紫胤さまの思し召しだから、私にはなんとも」
 肩をすくめて、紅玉は厨の裏で荷を降ろす。
 「ご主人様、お申し付けの品をこれに」
 出迎えた主の足元へ、紅玉は膝まづいた。
 「ご苦労だった」
 深く、優しい声音が耳をくすぐる。主の声を聞くたび、我を忘れ、夢見心地になってしまいそうな己れに、紅玉は抗わねばならない。
 「師尊」
 幼い弟子の声に、紅玉ははっと我に返る。待ちきれぬ様子で師を見上げている弟子のさまは、激しく尾を振りながら美味そうな餌を待つ子犬のようだ。
 「なんだ、屠蘇」
 厳格で高潔な主が、目を細めて弟子を見下ろす。その穏やかな顔がいつにも増して美しく、紅玉はまた見蕩れた。
 「これを一体どうなさるのですか」
 わくわくした様子で問う百里屠蘇の横で、兄弟子の陵越もまた、師の答えを待っている。こちらは少しばかり不安げな面持ちだ。
 紫胤真人は弟子たちに柔らかく微笑んで、小腰をかがめると、布袋の紐を解いて中の米粉を手に取った。
 細かい粉が、長く美しい指の間をこぼれていくさまにさえ、紅玉は目を奪われる。
 「よい粉だ」
 満足げにひとりごちて、紫胤は弟子たちを手招いた。
 「今日はこれで菓子をつくろう」
 ええっ、と二人の弟子は目を丸くして驚いた。
 一人はあり得ないといった戸惑いの面持ちで、いまひとりは期待に顔を輝かせて。


   *


 主の手際の良さに、紅玉は舌を巻いていた。
 その昔、安陸村の虞家出会うまえの主を、紅玉は知らない。いかなる生い立ちであったか、何をなりわいとしていたか、どのような喜怒哀楽を経てきたのか。
 そんな主の意外な一面を、垣間見た思いだ。
 紫胤は自らやって見せたあと、弟子たちが粉をこね、生地を伸ばすさまを、優しく見守っている。
 陵越は生真面目に、教わった通りの作業を黙ってこなしていく。渠にとって、これは修行以外の何物でもない。
 その隣で、やはり黙々と生地と格闘している屠蘇は、真剣だがどこか不器用な手つきだ。
 そんなふたりを見比べて、紅玉もまた頬を緩ませた。
 やがて師の真似をして、二人は出来上がった生地を切ったり転がしたりねじったり、と熱心に手を動かす。几帳面に進める陵越も、だんだん楽しくなってきたらしく、いつもは鹿爪らしいその顔に年相応のあどけなさが浮かんだ。屠蘇に至っては、小さな手で不器用に菓子の形を作り上げていくさまなど、まるで泥遊びを楽しむ市井の子供と変わりがない。本来ならば、まだまだ親の元で無邪気に過ごしてよい年頃なのだ。
 そんな二人をゆったりと見下ろしている主へ、紅玉は目をやった。
 主もまた、この子らを不憫と思うのであろう。
 日頃は厳しく法術を学ばせ、子供らしい楽しみも与えず、肚いっぱいに食べることさえ許さぬ禁欲的な暮らしを、冷淡とすら思える態度で強いていながら、それでも主は、この子らを慈しんでいるのだ。
 「これは何という菓子ですか」
 陵越が紫胤に尋ねる。
 「それは索餅というものだ」
 紫胤は指で宙に文字を示して見せた。
 「索餅……」
 弟子たちも真似をして宙に文字を書く。
 それを見て、紫胤は温かい笑みを浮かべた。
 「その昔、古えの五帝の一人である嚳が、子を亡くした。死んで霊鬼神となり果て、疫病を撒き散らした我が子の魂を鎮めるために、その子が生前好んだ菓子を供えたのがこれだ。子供の死んだ日が、七月七日であったという」
 「あ……」
 弟子たちが小さく声を上げた。今日がその、七月七日である。
 そして、この日この菓子を食べるのは、邪気を封じ、病を避ける意味を持つ。
 紅玉は、胸の内が温かくなるのを感じた。
 主がこの子らを慈しむ心の、なんと深いことだろう。



 油で揚げ焼きされた索餅が、香ばしいよい香りを漂わせ始めた。
 「ご主人様。私はそろそろ剣閣へ戻ります」
 紅玉は恭しくこうべを垂れた。
 「紅玉さん、もうすぐ出来上がりますから、一緒に食べていかれたらいかがですか」
 慌てて陵越が引き止めるのへ、紅玉は微笑ってかぶりを振った。
 「あまり長く剣閣を留守にするわけにはいかないから」
 主は特に引き止めはしなかったが、己れに向けられた眼差しの優しさだけで、紅玉には充分である。
 見上げれば、空は蒼く澄み渡っている。
 今宵は剣閣からも、美しい星々を見ることができるだろう。
 たっぷりと甘い砂糖をかけた索餅を頬張る少年らの顔を思い描きつつ、紅玉は明るい気持ちで臨天閣を後にした
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