琅琊榜.風中の縁

砂の枷1 (『琅琊榜』『風中奇縁』)

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あああ、またしても掟破りの作品またがりです。そしてまたしても九爺w
先にアップした『百花魁』と同じく、時空を超えて琅琊榜の世界にやってきましたよ!?
時をかける九爺!?
そしてまた、続いてしまう(T▽T)


 三人で、旅をするはずだった。
 なのに、蘇哥哥はもういない。
 蘇哥哥はお星さまになったんだよと、誰かがそう教えてくれた。
 そんなことがあるだろうか。人が星になるなんて。
 第一、夜の空は寒そうで。
 寒がりだった蘇哥哥が可哀想だ。
 そう思うと、また涙が出て、飛流は膝を抱えて泣いた。

 会いたい。
 蘇哥哥に会いたい。
 あの白い手で。
 頭を撫でられたい。

 会いたいよ。
 蘇哥哥。

 ぼくはまた、少し背が伸びた。
 それなのに。
 ぼくの背が伸びるのをあんなに喜んだ蘇哥哥は。
 もう、いないんだ。




   * * *




 飛流一人を連れて、あちこち旅をした。

 中原を出て、蒙古や西域までもさすらった。
 どこまで行っても、悲しみから逃れることはできず、藺晨はしばしば飛流を抱き締めた。飛流は嫌がらず、黙って腕の中で泣いた。
 飛流も忘れられぬのだ。
 同じ思いを抱いている。そう思うだけで、心はひどく慰められた。

 そうして寄り添いながらさすらうその果てに、ふたりは見つけたのだ。

 もうひとりの、梅長蘇を。




   * * *




 砂漠で拾ったその男は、なかなか目覚めなかった。
 飛流は片時も、そばを離れようとしない。今度こそ失うまいと、その手を握って離さない。
 「飛流。この男は蘇哥哥ではない」
 男が目覚めたときの飛流の失望を思うと、やるせなかった。
 「蘇哥哥だよ」
 飛流が言う。
 無理もない。藺晨でさえ、こうして間近ですら見分けがたいほど、その男は梅長蘇と瓜二つだった。
 ほんとうに、長蘇なのではないか、そんな疑念すらよぎる。
 長蘇の最期をみとったのは自分だというのに。

 去ろうとしたら、袖の端を掴まれた。
 「行ったら駄目だよ。蘇哥哥が寂しい」
 「飛流。蘇哥哥ではないと言っているだろう」
 「蘇哥哥だよ。三人一緒でなきゃ、蘇哥哥が寂しい」
 しかたなく傍らに座ると、男の手を目の前へ差し出された。藺晨はため息をついてその手を握る。
 飛流は満足げな様子で自分は反対側へ回って、男のもう一方の手を握った。
 「飛流。助からんかもしれんぞ」
 藺晨は、釘をさした。
 再び長蘇を失えば、飛流の心はなおさら傷つく。
 それに―――、と藺晨は思った。
 この男は、死にたがっているのではないか、と。
 
 男の脚は、完全に萎えていた。
 身体を支えることなど、もう永遠にあるまい。
 そんな脚で。
 あの砂漠の真ん中で、恐らくは自ら駱駝を降りた。
 それが何を意味するのか。
 
 「このまま目覚めなければ、助からん」
 「いやだ」
 即座に飛流がそう言った。
 「蘇哥哥がいないのは、もういやだ」
 眉を寄せ、利かん気な表情でそう言い切る飛流が哀れだった。藺晨とて、そう言って駄々をこねられるものならそうしたかった。
 「蘇哥哥」
 飛流が男に呼び掛ける。
 「蘇哥哥。―――蘇哥哥。飛流だよ。―――起きて。藺晨哥哥もいる」
 男は、目覚めない。 
 「呼んで」
 睨みつけるような眼差しでそう言われて、藺晨は眉根を上げた。
 「は?」
 「蘇哥哥を呼んで」
 男に呼びかけろというのだ。
 「―――だから、何度言ったらわかるんだ。この男は長蘇では‥‥‥」
 「呼んで!」
 藺晨に有無を言わせず、飛流は強い口調でそう言った。
 大きなため息をひとつついて、藺晨は観念した。
 しぶしぶ、男の顔へ目をやる。あまり直視したくはなかったが。
 ああ、ご丁寧に黒子の位置まで同じだ、と妙なことに感心しながら、藺晨は握った手に少し力を込めた。

 「―――長蘇」

 ひとたび―――。
 その名を口にした途端。
 蓋をしてきた想いがどっと胸の内に溢れかえった。

 「長蘇」

 ―――目を覚ましてくれ、長蘇。

 長蘇ではないと知りながら、それでも藺晨はそう念じずにはいられなかった。




   * * *




 目を覚ますと、どこかあどけなさの残る若者が、じっと顔を覗き込んでいた。
 その澄んだ目に忽ち涙が盛り上がって、ぽろぽろと零れるのを、莫循は怪訝な思いで眺めた。
 「蘇哥哥」
 と、その若者が呼ぶ。
 自分のことを言っているのだと、二、三度瞬きしたあとでそう気づいた。
 ぽろぽろと涙を落とす若者は、まるで子供のように見えた。手が届くものなら、頭を撫でてやりたいと、莫循は思う。
 今一度瞬きして、莫循は若者の後ろに立っている男にようやく気づいた。
 腕組みをしたまま、明後日の方を向いている。

 次第に、頭の中の霧が晴れてくる。

 ―――そうだ。
 見渡す限り、砂、砂、砂。

 持っていた全てのものと別れを告げて、自分は砂の上に黙然と座していた。
 過去も未来もあきらめて。
 萎えた脚で、二度と立ち上がることはかなわぬと知りながら、砂漠のただ中で駱駝を下りた。
 もう、自力で駱駝の背に這い上がることもできぬ。
 風が巻きあげる砂に、やがて自分は埋もれてしまうだろう。

 ゆるやかに。
 ただ、ゆるやかに、死が訪れるのを、ひとり座して待っていた。

 そのはずであったのだ。

 (―――死ぬことさえも、かなわなかったのか)
 情けなさに、涙も出ない。

 あの砂の海で、眠りにつきたかったものを。
 
 目の前の、二人を見上げた。
 「貴方がたが、わたしを助けてくださったのか」
 救い上げられてしまった。
 あの甘美な死の世界から。
 
 (まだ、生きねばならぬのか)

 全てを失いながら。
 それでもなお。

 ―――天は、生きよと?
    
 「‥‥‥どれ。脈を診よう」
 若者の後ろに立っていたいた男が、面倒くさそうに牀台へ近づいてくる。
 (医者―――?)
 その時初めて、ずっと若者が自分の手を握っていたことに気づく。その手が、男の手へと渡された。
 男は椅子を寄せて座し、少し眉を寄せたまましばらく脈をとっていたが、小さなため息をついて莫循の手を衾の中へ戻した。
 「まだ弱いが、だいぶ落ち着いたようだ―――飛流」
 飛流、と呼ばれた若者が、傍らの卓から椀をもってきた。
 「飛流。お前の粘り勝ちだな。助かるぞ、この男」
 苦笑交じりに男はそう言い、飛流から椀を受け取る。飛流は嬉しそうに大きくうなづいた。
 「薬だ。飲んでおけ」 
 男の手が、首を少し起こしてくれる。不機嫌な物言いとは裏腹に、男の手つきはひどく優しい。
 椀を口元にあてがわれた。
 生きたいとはさらさら思わなかったが。渠らの心遣いには応えねばならぬ気がした。
 一口、薬を飲む。
 「―――茯苓に‥‥‥、玉竹か」
 そう呟くと。
 「ほう? 一口で言い当てるとはな」
 渋面のままだった男が、わずかに頬を緩ませた。
 「さしあたり、この程度のものしか手に入らなかった。気休めにしかなるまいが飲んでおけ」
 男の和らいだ口調に、莫循はうなづいて残りを飲み干す。少し咽たのを、男の手が背をさすってくれた。
 


   *



 不本意ではあったが。
 人間の身体とは、そうたやすく死ねるものでもないらしい。
 数日もたつと、莫循はどうにか自分で半身を起こせるまでに回復した。
 飛流は、片時もそばを離れたがらない。
 うとうとして眼を開ければ、必ずそこに飛流の顔があった。
 何を話すわけでもない。莫循が黙っていれば、飛流は牀台の脇で黙って大人しく人形遊びなどしている。十八か、十九、一人前の若者に見えたが、その表情はひどく幼く、言葉もまた拙かった。
 「‥‥‥飛流。わたしといても退屈だろう? 外で遊んでおいで」
 幼な子に言うように、莫循はそう言葉をかけた。
 飛流は慌てて首を振る。どこか必死な表情で、そばを離れまいとする。
 莫循は苦笑した。
 ―――と。
 「なんだ、飛流。まだここにへばりついているのか」
 男が、部屋に入ってきた。男は、藺晨、というのだそうだ。
 「行水でもしてこい」
 「いやだ」
 飛流が頬を膨らませる。
 「何日風呂に入っていない? 臭うぞ」
 藺晨が飛流の髪を一束手に取り、匂いを嗅ぐ仕種をして、顔をしかめる。
 「蘇哥哥にいつも言われていたろう? 清潔にしていろと」
 飛流ははっとしたように莫循を振り返った。どこか不安そうな顔になる。
 「―――臭い?」
 問われて莫循は微笑んだ。
 「‥‥‥臭くはないが、行って綺麗にしておいで」
 飛流はすこし考えるそぶりをしたが、しかたなさそうに部屋を出て行った。
 「全く、いくつになっても聞き分けのないやつだ」
 ため息をついて、藺晨は牀台の傍の椅子に腰かける。当たり前のように差し出された手に、莫循は自分の手を置いた。
 藺晨は脈をとり、ふんと息を吐く。
 「だいぶいいようだ」
 藺晨は、ついと顔を背けた。この男が、まともに自分の顔を見ないことに、莫循は気づいている。その訳も、なんとなく察しがついていた。
 卓に移って薬草を潰し始めた藺晨に、莫循は声をかけた。  
 「飛流どのは‥‥‥、随分幼くておいでだな」
 藺晨は顔を上げ、しかし目は半ば伏せたままで少し微笑った。
 「―――物心つくやつかずの頃から、惨い目にあってな。‥‥‥心が、壊れてしまった。今はああして笑いもすれば泣きもするが、初めて会った頃はひどいものだった」
 はた目にはいつも喧嘩ばかりして見えるが、藺晨が飛流を慈しんでいるのは莫循にもよくわかった。
 「『蘇哥哥』がそれを?」
 尋ねると、藺晨は乳棒を置いて卓に片肘をついた。
 「治療したのはわたしだというのに、飛流は長蘇に手なづけられてしまった。随分な話だろう?」
 頬杖をついて莫循を振り返る。初めて、目と目があった。思わず、莫循の方が目をそらせる。
 「長蘇どのと、おっしゃるのか。わたしに似ておいでだったのか?」
 莫循がそう問うと。
 藺晨は苦し気に眉を曇らせ、それでも微笑んで、今一度牀台のそばの椅子へ掛け直した。
 「梅長蘇―――。まさしく、その顔、その声だった」 
 「そんなに‥‥‥?」
 藺晨の目が、改めて自分をまっすぐに見る。微笑んではいるが、切ない表情だった。
 「瓜二つだな。これも‥‥‥」
 左の頬骨の脇に、藺晨は触れてきた。
 「‥‥‥?」
 「自分で気づいていないのか? そこに小さな黒子がある」
 ああ、そういえば、と莫循は思う。そうしげしげと鏡を見ることもなかったが、そんなものがあったような。
 「長蘇どのにも?」
 「寸分たがわぬ位置に、鎮座していたな」
 泣き笑いのような、顔だった。

 この男は―――。
 梅長蘇を、ひどく大切に想っていたのに違いない。

 藺晨からも、飛流からも、死んだのちまでこれほど想われる男―――。
 梅長蘇とは、一体どんな男であったのか。

 そんなことを思った次の瞬間である。

 「お前―――、梅長蘇にならないか」

 大して面白くもなさげに、藺晨が鼻を鳴らして笑った。
 笑って言ったからには。それは冗談であったのかもしれぬが。

 ―――別の男として生きる。
 一瞬、莫循は虚を衝かれたのだ。
 そして。

 それもいいではないかと思った。
 生まれに縛られ、思うさま生きられなかった。
 祖父母から引き継いだしがらみと脆弱な身体を引けめに感じるあまり、心から愛した相手すらこの腕に抱きとめることができなかった。
 そんな生き方と決別して、別の生を生きられるなら?
 それはむしろ、ありがたいことではあるまいか
 
 「―――そうしても、かまわない」
 莫循は、目を伏せたまま、そう答えた。

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~ Comment ~

NoTitle

遥華様

鷲摑みにされました。

「風中奇縁」はまだ見ていませんが、早速探してみます。
続きが楽しみで、また頑張ろうと思わされます。

本当にありがとうございます。

>>ymkさま

わあ、ネタバレしてたらごめんなさいです!
いつも読んでいただいてありがとうございます。
藺蘇も続く予定(笑)

まさかの!?

遥華さま

PCの前で踊り狂っても良いですか~?(狂喜乱舞)

九爺にも藺晨にも、そして飛龍にも、救いと希望を有難うございます~!
藺晨は琅琊閣もあるから、喪失の痛みに耐えるかもしれないけれど、飛龍は、蘇兄さんがいなくなったら、また壊れてしまうんじゃないかと、心配になってました。
九爺には、イライラさせられましたけど(笑)
だって、超ハイスペックイケメン男子なのに、しょーもないことをグダグダと…女にとっては、子供産むだけが幸せではないのに。
私も、今のダンナとは子供いないので、特にそう感じるのかもしれませんが。

琅琊榜ロスに効くとウワサの「弘文学院」、観はじめました。
初回、独特のノリに目が点になりましたけど(笑)、楽しく観られそうです。
しかし、ニッキー、本当にCCのこと大好きなんですね。

藺蘇もお待ちしております。
みさきんぐさんの「監禁ネタ」、四肢の自由を奪うツボは、ワタクシがいただいておりまする(笑)

明日も楽しみにしています!

>>Rintzuさん

わたしも子供いないので、子供つくれない=不幸みたいに思われちゃうと
ちょっと違うでしょ!!!って思っちゃうんです。
もちろん、九爺とシン月ちゃんの子供なら見たい気はするけど、
いなくたって幸せの形はあるでしょうに。
でもシン月ちゃんは動物的だから、子供を産みたい本能は強いのかも?

わたしも琅琊榜ロスは弘文学院で埋めましたよーw
このドラマのCCちゃん、元気で可愛くて。
ウーさんも、わたしのタイプではないけど素敵です。
でも、わたしのご贔屓は、聂先生と、金仁彬ですw


古剣奇譚から弘文学院へ

遥華さま

深夜にしかお返事できなくてすみません。
介護のため、自由時間がこの時間帯しかなくて…。

「弘文学院」、最初ビックリしましたが、ノリが良いので楽しんでいます。
「琅琊榜」に引きずり込んだダンナは、「あれに比べて、画面が原色過ぎて気持ち悪い」と、同伴してくれませんが(苦笑)
CCが若くて元気で可愛いです!
ニッキーが鼻をこする度に、なぜか笑っちゃいます。

「古剣奇譚」、懐かしい…。
放送から、すごーく時間が経ったような気がします。
私は、小恭→大師兄→千兄(結局ワイルド系へ)でした。
イケオジが出てこなかったもので。

で、「武則天」やら間に挟みつつ、最後は「琅琊榜」に戻る(笑)

私は「弘文学院」で、誰にハマるのでしょうか?

>>Rintzuさん

そうですねー、やはりチープ感はぬぐえませんが、これはコメディだから♡
月下の恋歌あたりでのあの色合いはちょっと・・・って感じでしたが。

ウーさんのあのクセ。
実はわたしも同じクセがあるということに、弘文学院見てから気づきましたw
オバサンのくせにみっともないんで、なるべく我慢するようにしてますw

わたしは少恭→師尊。
もう、以来ずっと師尊一筋ですw
あとは、実はキツネちゃんのパパも好きだったりw


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