琅琊榜

爹 (『琅琊榜』#42補完) 

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飛流を書いてみたかっただけですw


 「まるで親子みたいに仲がいいよね、蒙大統領と飛流哥哥は」
 庭生にそう言われて、菓子を頬張っていた飛流は眼を丸くした。
 「おやこ!?」
 春猟に来て、飛流と庭生は大抵の時間を共に過ごしている。度々、蒙摯が飛流をからかいにくるのを、庭生は面白そうに見ていたのだ。
 「うん。父上みたいだなって、思ったことない?」
 「ちちう……、『爹』?」
 飛流に父母の概念は薄い。
 気がついたら藺晨に拾われていて、それ以前の記憶は曖昧だ。木の股から生まれたわけでもあるまいから、父や母はいたはずだが、思い出せるのは琅琊閣と廊州の家ばかりである。
 「そうそう、『爹』」
 庭生がにこにこして、自分も菓子をひとつ頬張った。
 そういえば、庭生の両親はどうだったろう、と飛流は考える。梅長蘇や蒙摯が話しているのをそばで耳にしたことはあるが、べづたん関心はなかった。
 梅長蘇が家で話すことは、他言してはならぬ場合が多い。重要か重要でないか、秘すべきことかそうでないか、判断するのが苦手な飛流は、はじめから聞き流すくせがついている。
 「……庭生の、『爹』は?」
 尋ねてみると、庭生も小首を傾げた。
 「うーん。わたしも父上の顔は知らないけど……。いまは、靖王殿下が父上みたいによくして下さるから」
 「ああ。水牛……」
 ふうん、と飛流は庭生のにこっと笑った顔を見つめる。
 靖王と庭生の日頃のやりとりを思い浮かべてみる。ああいうのが「おやこ」というのだろうか? どうもぴんと来ない。
 そうだ。靖王が『爹』だというなら。
 「『娘』は?」
 「『娘』?」
 庭生はちょっと驚いたような顔をした。
 「うん。庭生の『娘』は?」
 重ねて尋ねると、庭生は困ったように首をひねった。
 「母上か……。うーん……」
 しばらく考え込んで、ふと思いついたように、
 「蘇先生みたいなかたが母上だといいなあ」
と庭生が言った。
 「ええっ!?」
 口いっぱいの菓子が四方へ飛び散るほど、飛流は仰天した。
 「ああっ、飛流哥哥。いっぱいこぼしたよ」
 慌てて庭生が菓子の残骸を拾い集める。
 「蘇哥哥が……『娘』?」
 世にも驚くべき庭生の答えに、飛流は渠にしては珍しく、心底吃驚していた。
 それなのに、庭生はどこかうっとりした表情で言うのだ。
 「うん。優しくて、賢くて、上品で、綺麗だもの」
 ごくん、と口に残っていたものを飲み込んで、飛流はぶんぶんとかぶりを振った。
 優しいのも、賢いのも、綺麗なのも、本当のことだけれど。
 「でも、こわい!」
 庭生は知らないのだ、と飛流は思う。蘇哥哥が本気で怒ったときのことを。
 ところが。
 きょとんとして庭生が言う。
 「蘇先生は厳しいところもあるけれど……。母上って、時にはこわいものらしいよ。蘇先生といつも一緒にいられる飛流哥哥がうらやましいな」
 「!?」
 飛流は混乱していた。
 蘇哥哥のことは大好きである。たぶん、天下一好きだ。
 そう、なんでも知っているし、子守唄だって歌ってくれる。
 今はすぐ疲れてしまうから無理だけれども、本当は武芸の腕前もすごかったらしい。
 時々ものすごく怖いが、いい子にしてさえいればとても優しい。
 いつも蘇哥哥のそばにいたい。
 でも。
 (『娘』……?)
 飛流は困惑しきっていた。




 「どうした、飛流? さっきから何を見ている?」
 飛流は慌てて首を横に振る。
 蘇哥哥が『娘』かどうか観察していたとは、とても言えない。
 「おかしな子だ」
 梅長蘇は笑って、「来」と手招きした。
 そばへ行くと、菓子鉢から摘み出した菓子を口に入れてくれた。
 その手つきが、飛流の知るほかの人々とは違う。
 長くて美しい指が、流れるような所作で動くさまは、武骨一辺倒の飛流の目から見ても美しい。
 (でも)
 庭生が言うほと、梅長蘇がいつも上品なわけではないことも飛流はよく知っている。
 無造作で、大雑把で、存外、粗野なところもあるのだ。
 病弱でさえなければ、とことん飛流の遊びにつきあってくれそうな、まるで腕白な子供のようなところが、飛流は好きだ。
 「美味いか?」
 うなづくと、頭を撫でられた。
 嬉しくて、飛流は目を細めた。





 「『娘』?『爹』?」
 唐突な質問に、豫津は一瞬ぽかんとした。が、すぐに我に返ったらしい。
 「そうだなあ。わたしも母上のことはあまりよくわからないが」
と前置きしたうえで、賢しら顔で答え始める。
 「莅陽長公主を見ていてよく思ったよ。母は強しって」
 「つよい? 『娘』はつよい?」
 「そうそう。普段はしとやかでおっとりしておいでなのに、景睿や謝弼のことになると凛とした厳しさがあって。でも、息子たちの遊び相手をしておられる時の長公主は、子供みたいに楽しそうな顔をなさっておいでだったな」
 少しうらやましそうに、豫津は笑った。
 しとやかでおっとりしていて、厳しくて、子供みたい?
 ならば、自分にとって、やはり梅長蘇が『娘』なのだろうか?
 では、『爹』は?
 「『爹』は……。そうだな。壁、みたいなものかな」
 「かべ?」
 うん、と豫津は肩をすくめた。
 「なかなか越えられない壁。容赦なくそそり立っていて、どこから登っていいかもわからないけれど、いざというときは守ってくれて、つらい時には寄りかからせてくれる存在、かな?」
 飛流が首をひねっていると、豫津が笑った。
 「強すぎて腹が立つ相手だけど、ここぞという時には一番頼りになる人ってこと」
 「……」
 強すぎて、腹が立つ相手。頼りになる人。
 確かに、蒙大統領は腹が立つほど強い。いざという時は、頼りになるかもしれないが。
 でも……と飛流は思った。
 安心して、『娘』を任せられる、誰よりも頼れる存在。
 ―――いた。
 もっと身近に。
 (藺晨哥哥)
 そう思い当って、飛流は眉間に皺を寄せた。
 「不会吧!!」
 不意に大きな声を出した飛流に、豫津がびっくりして後ずさりする。
 「飛流?」
 「違う!!ぜったい違う!!」
 飛流が腹を立てて軍幕から飛び出したあとに、呆然と豫津だけが取り残されていた。




 灯の下で本を読んでいた梅長蘇が、ふと顔をこちらに向けた。
 「先に休んでいいぞ。沢山遊んで草臥れただろう? 庭生も写本をしながら舟を漕いでいた」
 笑ってそう言った梅長蘇に、飛流は浅くうなづいて、けれどもその場から動けずにいた。
 梅長蘇の身を守ることなら、自分にもできる。
 けれど。
 梅長蘇が疲れたときに、ゆったりと支えてやれる存在は。
 靖王でも、蒙摯でもない。
 むしろ梅長蘇自身が、渠らを守りたがっていることを、飛流は本能で知っていた。
 やはり、ひとりしかいないのだ。
 梅長蘇が最後に頼れる相手、飛流が梅長蘇を託せる相手は、琅琊閣閣主・藺晨その人をおいてほかない。
 くやしいけれど。
 腹が立つけれど。

 「飛流?」
 あれこれ考えるうちに、瞼が重くなっていた。
 「しかたのない子だ。わたしでは寝床へ運んでやれないぞ?」
 ふわり、と柔らかな外套が身体に掛けられ、優しく頭を撫でられた。
 ああ、これが『娘』の手なのか、と半ば眠りに落ちながら、そんなことを思う。
 遠くない未来に、『爹』の手が必要になることを、飛流は薄々感じている。
 いちばん嫌いで、けれども、一番信じている相手。

 「藺晨哥哥……」

 唇から零れた言葉に、梅長蘇が少し驚いて、それから穏やかに微笑したのを、飛流は知らない。

 飛流の健やかな心は、既に夢さえ届かない深い夜の底にあった。

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