一枝梅.風中の縁

百花魁1(『怪侠一枝梅&風中の縁』)

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2016.03.05に書いたものですが、こっちにあげときます。
禁断の作品越え『一枝梅』と『風中の縁』合体バージョンです。
が、しかし、現在、『琅琊榜』『風中の縁』合体バージョンに心奪われているバカはワタシです。


砂嵐がようやく去って、四人は砂を被った斗篷(マント)の下から頭をもたげた。
 「ひでェ目に遭ったな、口の中がジャリジャリだ」
 柴胡がペッペッと砂を吐き出す。
 「だいじょうぶか」
 离歌笑が三娘を助け起こした。
 小梅も情けない声を上げながら、身体の砂を払う。
 四人はとある母娘を西域まで送り届けた帰り道、砂嵐に巻き込まれた。
 低くなって嵐を凌いでいた駱駝たちも、ぶるっと首を振って立ち上がる。
 「さあ、長居は無用だ、とっととウチへ帰ろうぜ」
 柴胡がそそくさと自分の駱駝の傍へ寄りかけて、ふと足を止めた。
 「どうかした?」
 小梅が眉をひそめて、その広い背中に声をかける。
 「いや、ありゃァ…、ヒトかな」
 「え?」
 柴胡の指さす方へ小梅は目をすがめ、それからすぐにはっとしたように振り返った。
 「ゴー兄さん! 人が倒れてる!」
 歌笑と三娘は顔を見合わせ、先に走り出した柴胡のあとを追う。

 砂の中に、その人は半ば埋もれるようにして倒れていた。
 白い、少し古風な装束のその男を、歌笑が抱き起す。
 「おい! 起きろ!」
 男の青白い頬を、柴胡が乱暴に二つ三つ張る。
 「駄目だってば、助かるものも助からないじゃないか」
 慌てたように小梅が柴胡を止め、男の脈をとった。
 「どうなの」
 三娘の問いに、小梅は小さくため息をつく。
 「脈は弱いけど、大丈夫、命に別状はないと思う」
 「なら、やっぱり俺が叩き起こして…」
 「いいかげんにしろ、チャイフー」
 歌笑にたしなめられて、柴胡もしぶしぶ黙る。
 「しっかりしろ」
 歌笑は男の背に片膝を宛がうと、両肩をつかんで思い切り胸を開かせるように活を入れた。
 男がゴフッと咳き込んで息を吹き返し、やがて眼を開ける。
 「気が付いたか」
 歌笑が腰に下げていた水筒から男に水を飲ませた。
 男は二口三口飲むと、まだ朦朧とした様子で視線を彷徨わせ、三娘の姿に眼を留める。そのまま男の目はじっと三娘から離れない。
 「?」
 歌笑、柴胡、小梅の三人が、一斉に三娘を振り返る。
 「えっ、な、なに?」
 「…おまえの知り合いか?」
 「まさか!」
 慌ててかぶりを振り、三娘が男に顔を近づけた。
 「しっかりしなさい! いくら私が美人だからって、初対面の女性を不躾に見るもんじゃないでしょう! あなた、どこの人? 名前は?」
 男の鼻先に指をつきつけて、矢継ぎ早に問う。
 歌笑が苦笑いするのをよそに、男はようやく我に返ったように三娘から視線を外した。
 「…すまない。初めて会った気がしなかたものだから…」
 弱々しい声が絞り出された。
 「なんだ、そりゃ。口説き文句にしちゃ、ちょいと陳腐すぎねえか?」
 柴胡が耳打ちしてきたので、小梅が視線でたしなめる。
 「それで? 名前は? なんなら家まで送っていくが」
 歌笑の落ち着いた声音に、男は気を取り直して初めて声の主を振り返った。
 「助けていただいて礼を言う。わたしは莫循という者だ。住まいは…」
 そう言いかけて、莫循と名乗った男は言葉を切った。
 その顔に、戸惑いが浮かぶ。
 「どうした? 住まいは?」
 「住まいは…」
 莫循は長い指でこめかみのあたりを押さえた。
 「…なぜだ。思い出せない」
 混乱したように軽く頭を振る。崩れた髷が揺れた。
 「ずっと気を失っていて、まだ頭がはっきりしていいないだけかも。とにかくここへ放っていくわけにもいかないんだし」
 小梅がその場を取り繕うように、ことさら明るい声で言う。
 そうだな、と歌笑もうなづき、莫循に肩を貸して起こそうとした。
 「立てるか」
 「ああ…」
 莫循はそう言って立ち上がろうとしたものの、砂に足をとられたかのように、歌笑の肩から崩れ落ちる。
 「おい」
 砂の上に四つ這いになった莫循を、いまいちど歌笑の腕が支えた。
 「足をどうした?」
 小梅、と歌笑が振り返る。すぐに小梅が莫循の足を確かめた。
 「ゴー兄さん、これは…」
 小梅が眉を寄せて歌笑の顔を見、小さく首を振る。
 「この足じゃとても立ち上がれっこない。今日や昨日のことじゃないはずだよ」
 莫循の膝から下はひどく痩せ細って、紫色に変色していた。
 自身も少し驚いたように自分の足を眺めている。
 「立てない…のか、わたしは?」
 虚ろな目で、莫循はそうつぶやいた。





 砂漠を抜けて町へ入ると、柴胡が調達してきた馬車で、とある町はずれの新たな隠れ家へと道を急いだ。
 「まだ気分がよくないか」
 身体の弱っているらしい莫循を馬車の揺れから守るように腕を回したまま、歌笑は低く問いかける。
 莫循はゆるくかぶりを振って、少し背筋を伸ばした。
 そうすると存外大柄な男だと、歌笑は改めて気づく。上品な顔立ちとほっそりした手足から、なんとなく華奢な男なのかと錯覚していたが、立ち上がることが出来れば自分より上背があるかもしれない。
 「まだ何も思い出せない?」
 歌笑の前に腰かけた三娘が尋ねた。その性急さに、隣に座った小梅が少し眉をひそめる。
 「サンニャン、こういうことに焦りは禁物だよ」
 「だって…」
 三娘は歌笑の顔をちらりと見た。素性の知れぬ男と知り合いではないかと疑われたことが、まだ少し引っかかっているようだ。
 「サンニャン、もっとよく顔を見せてやったらどうだ。おまえに似た美女を知っているらしいから、顔を見ていれば何か思い出すかもしれん」
 歌笑が眉を上げ、いくぶんからかうように三娘に言う。
 「你っ…」
 三娘は口をとがらせ、ぷいと横を向いて黙った。
 莫循は静かに目を伏せたままだ。
 なんとなく気まずい沈黙の中を、馬車は夜露を蹴散らしながら走りつづけた。

 明け方近くになってようやく帰り着くと、歌笑は莫循を抱き上げて馬車を降りた。
 「雑作をかけて申し訳ない」
 「いや…」
 そう答えたものの、歌笑は少し苦笑いする。
 「痩せているからもっと軽いかと初めは思っていたが…、そうでもなかったな」
 ふん、と軽く鼻を鳴らして笑うと、歌笑は先に降りた三娘たちに続いて、庭を抜けて戸口へ向かった。 
 莫循がふと何かに気をとられている様子に気づいて、歌笑は足を留める。
 「どうした?」
 「…梅の香りがするようだが」 
 ああ、と庭の隅を顎で示す。
 梅の古木にちらほらと咲いた花が、夜目にも白い。
 莫循が目を細めるのへ、歌笑はわずかに微笑んだ。
 「出かけていて最初の蕾がひらくのを見損ねてしまったな」
 ため息交じりにつぶやいて、歌笑は梅の木へと歩み寄る。 
 「これが気に入って、この家を買ったんだ。家はあばら家だが」
 歌笑が笑うと、莫循も微かに口許を綻ばせた。
 「年古りた木のようだが、こうしてちゃんと初々しい花を咲かせるのだな」
 白い花びらへ莫循がそっと指をかざす。
 「手折るのはたやすいが、こうして月明かりの下で愛でるほうが心癒される」
 莫循の言葉に歌笑も小さく微笑んで、それから軽く咳払いをした。
 「そろそろ中へ入って構わないか? ……重いんだが」
 莫循が軽く目を見開き、それから少しうろたえたように視線を泳がせる。
 「すまない。つい……」
 「冗談だ。奥の部屋から見える。いったん寝んで、昼間にでもゆっくり見ればいい」
 笑って歌笑は腕にもてあます長身を揺すりあげ、家へと踵を返した。
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