琅琊榜

情人 (『琅琊榜』 #47)

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珍しく18禁で‥‥‥。いや、ソフトで清らかだとは思うのですけど。

 間もなく、東宮へと移る。
 靖王府は私邸としてこのまま残るが、密道は閉じるのだと梅長蘇が言った。
 梅長蘇が自分の謀士であったことは、永遠に闇に葬るのだと。
 言いたいことはわかる。梅長蘇はこの自分に、一点の曇りもなき皇帝となってほしいのだ。表も裏もない、清廉潔白な主君として、この国に君臨してほしいと願っている。穢れた部分は全て自分が背負って消える。梅長蘇はそうと心に決めているのだ。
 景琰は溜息をこぼして立ち上がると、書棚を滑らせて密室へと足を踏み入れる。密道への扉を開き、そしてまた景琰は溜息をついた。
 鈴が、下がっている。
 いまだに、苦いものがこみあげる。
 この鈴を、自分は一度断ち切った。誤解によって梅長蘇を詰り、ひどいしうちをした。
 (わたしの愚かさの証だ)
 その証も、じきに壁の中に塗りこめられてしまう。
 ゆっくりと階段を下りて、景琰は置き座敷に腰を掛けた。
 やはり、手燭くらい持って来ればよかったと思う。薄暗い中、自然と気持ちが沈んだ。
 ここで幾度、梅長蘇を待ったことだろう。
 長く待たねばならなかった時は、必ず梅長蘇は少し息を切らせて足早にやってきた。少し足を速めるだけでも、体の弱い謀士にはひどく堪えると見えた。少し急いだからといって大差なかろうにと思うのに、そう言っても梅長蘇は申し訳ながって必ず急いて来るのだ。
 もっと。
 誠意を汲んでやればよかった。
 もっと早く、心から信じてやればよかったと思う。
 頑なだった自分。
 失った友を想うあまりに、何も信じられなかった。
 何度目かの溜息をついた時、蘇宅側の扉を開く音がして景琰は顔を上げた。
 柔らかな手燭の丸い光が、ゆっくりと近づいてきた。少し手前で、それが止まる。
 「殿下?」
 心持ち驚いたような声。
 景琰は苦笑した。
 「蘇先生も名残を惜しみに?」
 「ああ、いえ‥‥‥」
 少し顔を伏せて近寄ってくると、梅長蘇は手燭を置き、景琰からちょっと離れて腰かけた。
 髪を下ろし、寝衣の上に外套ひとつ纏った姿である。もうすっかり寝支度を終えてから、ふと思い立ってやってきたという風情だった。
 「このような恰好で、申し訳ありません。まさか殿下がおいでとは思わず‥‥‥」
 きまり悪げに、梅長蘇は外套を胸元でかきあわせた。その指が、細い。
 景琰も武人にしては指が細いと笑われるが、節が高く、やはり梅長蘇のそれとは違う。
 なんとなく梅長蘇から目を逸らせて、景琰はぽつりと言った。
 「随分、世話になった」
 密道を見渡す。
 「この密道にも、蘇先生にも」
 そう言うと、梅長蘇は微かな笑い声を立てた。
 「わたしなど、ほんの微力のお支えしかできませんものを。されど‥‥‥」
 梅長蘇は立ち上がり、壁にそっと手を当てた。
 「楽しゅうございました。この密道を、殿下と互いに行き来するのは、何やら幼な子の遊びのようで」
 その言葉に、景琰も思わず笑う。
 「実は、わたしもだ」
 この密道を行き来するたびに、思ったものだ。林殊が考えそうな遊びだと。
 林殊の悪戯っ子めいた顔を思い出して頬を緩ませていると、不意に梅長蘇が膝をついた。
 「‥‥‥わたしの力が及ばず、殿下には随分、無用の疑念をお与えして、お詫びの言葉もありません」
 「蘇先生」
 一瞬、それは皮肉か何かだろうかと疑った。が。
 「―――よくぞ今まで、辛抱してくださいました」
 あまりに、真摯な声であった。
 「先生」
 景琰は梅長蘇の手を取り、立たせると、自分のすぐ隣に座らせた。
 梅長蘇は、少しばかり身を縮めているように見えた。
 「先生、わたしは以前に言ったことがある。先生がわたしを皇帝の座に据えたとて、わたしは先生に何の栄華も約束しはせぬと」
 「‥‥‥はい。それで、結構です」
 梅長蘇は神妙にうなづいた。
 「だが、今は、そなたに報いたいと思う」
 びく、と梅長蘇が顔を上げた。その眼が、まっすぐに景琰を見る。
 「そなたの労に、報いたい」
 景琰がそう言うと、梅長蘇は眉を曇らせた。そして、ゆるゆると首を振る。
 「いいえ。‥‥‥そのようなことを、軽々しく仰ってはなりません」
 毅然とした、声だった。
 「既に、過分に報いて頂いています。これ以上は‥‥‥」
 「すでに報いた? わたしが?」
 怪訝に思って景琰が尋ねると、梅長蘇は軟らかく微笑んだ。
 そして、ついと立ち上がる。
 「冷えてまいりました。殿下もお戻りを。手燭をお持ちください」
 そう言って踵を返そうとする梅長蘇の手を、景琰は思わず強く引いた。
 「待て」
 力があまって、梅長蘇の細い躰はたやすく景琰の膝の上へ倒れ込んできた。
 「とんだ粗相を」
 慌てて立ち上がろうとする梅長蘇の腕を、景琰は離さなかった。
 「もう少し。もう少し、名残を惜しみたい」
 「殿下‥‥‥」
 困ったように、梅長蘇が俯いた。
 「されど‥‥‥」
 「されど、なんだ?」
 梅長蘇は少し目を逸らせた。
 「―――ここは、寒うございますから」
 小さな声でそう言われて、景琰は目を瞠り、それから居心地悪げに視線をさまよわせた。
 「すまぬ。気が利かなかった」
 「いえ‥‥‥」
 それでも、腕を離せなかった。
 むしろ、膝の上の軽い身体を、更に強く抱き寄せてしまう。
 外套でしっかりくるんでやり、抱きしめた。
 「これでも、寒いか?」
 「‥‥‥少しだけ」
 申し訳なさそうな声に苦笑して、景琰は梅長蘇の俯いた顔を覗き込む。
 そこには、常の冷厳な謀士の顔はなかった。
 髪を下ろしているせいで、普段よりいくぶん若く見える。蒼白く痩せた顔に心もとなげな表情を浮かべたさまは、ひどく痛々しい。
 初めて会った頃より、随分寠れたようだと切なくなる。無理をさせ、身も心も苛んだのは、ほかならぬ自分だろう。
 「―――申し訳なかった」
 そう言うと、景琰が自分を抱きしめたことを詫びたと思ったらしい梅長蘇は、ほっと安堵の表情を浮かべて身体を離そうとする。
 「だめだ」
 しかし、景琰は腕を緩めなかった。
 「殿下?」
 「これまでの全てを、詫びたい。どうすれば、赦される? 先生は位も栄華も欲しがらぬ。ならば、わたしのこの気持ちは?」
 詫びる気持ちを受け取ってもらえぬほど辛いことはないではないか、と思う。
 詫びて、楽になりたいのだ。
 それは、自分勝手な言いぐさも知れないが。
 詫びたからとて、たとえ赦すと言われたからとて、それで己の罪が消えるわけではないというのに。それでも、詫びたかったのだ。
 「殿下」
と梅長蘇は言った。
 「殿下がわたしの全てをお知りになったなら、詫びるべきはわたしのほうであると、合点していただけるはず」
 悲哀に満ちた、声であった。
 景琰は謀士の顔を見つめた。
 「確かに、わたしはそなたのことをあまりにも知らぬ。それならば、教えてくれ。何もかも聞いて、そなたとわたしと、どちらが罪深いか、わたしが自分で判断する」
 黙って聞いていた梅長蘇の目尻から、一筋涙が零れた。
 言いたくとも言えぬのだと、その悲しい眼が物語っていた。
 哀れで、痛ましくて、それ以上は何も言えなくなった。
 言葉のかわりに。
 思わず。
 ―――口づけていた。
 はっとして、慌てて顔を離す。
 梅長蘇は吃驚したように目を瞠っていたが、景琰自身も自分に驚いていた。
 狼狽えて顔をそむけたが、その分、腕に力がこもった。梅長蘇の頭を、自分の胸に押し付ける。これで互いの顔を見ずにすむ。
 抱きしめた謀士の髪に、顔を埋めた。香油の、強すぎぬゆかしい香りが好ましかった。
 「―――ここは、寒い。わたしの書房へ行こう」
 景琰は梅長蘇を立たせ、自分も立ち上がった。外套の上からしっかりと身体を抱き寄せてやりながら、靖王府側の扉へ誘う。
 梅長蘇は、放心したように、黙って言いなりになっていた。
 


   * * *



 戦英に火鉢を用意させ、部屋を暖めた。
 戦英は寝衣姿の梅長蘇に少し驚いた顔をしたが、余計なことは言わずに下がった。
 梅長蘇は、ぼんやりと自分の薄い膝に目を落としていた。
 さっき抱きしめたときに少し乱れた髪が、痩せた頬に影をつくっているのも痛ましい。
 火鉢を近くへ寄せてやると、梅長蘇はまた申し訳なさそうな顔をした。
 詫びるべきは自分だと、梅長蘇は言っていた。それが何なのかは知らぬが、それでは自分もこの男も、互いに相手への後ろめたさに苛まれてきたということになる。
 自分でさえも、つらい。病を抱えた梅長蘇は、更につらかろう。
 何を詫びたいのかと、問い詰めるのは酷に思われた。
 寒そうに肩を縮めて、梅長蘇は細い手を火鉢にかざしている。
 たまらなかった。
 今頃になって、気づく。この病んだ謀士に背負わせてきた、過酷なまでの重荷に。
 景琰は膝を浮かせた。
 膝立ちになって、火鉢越しに梅長蘇の細い顔を両手で包む。
 梅長蘇は、逃げなかった。
 逃げはしなかったが、少し震えた。寒さのせいばかりではあるまい。
 さっきの口づけは、己でもわけのわからない、衝動的なものだったが。
 今度は。
 驚かさないように、そっと唇を触れ合わせる。
 いかに病弱でも、梅長蘇とて三十路の男であれば、口づけも知らぬなどとは思わない。それでも、男の自分にこうして唇を奪われたのでは、困惑して当然だろう。
 一度唇を離す。誰よりも賢い麒麟の才子が、途方に暮れた顔をしていた。
 今一度、今度は小さく音を立てて、梅長蘇の唇を吸った。んっ、と梅長蘇の喉から甘やかな呻きが漏れ、その声に景琰は血が上るのを感じた。
 思わず火鉢を押しのけて膝を進めると、さらに深く、唇を合わせた。行儀よく閉じた梅長蘇の歯列を、舌先で強引にこじ開ける。
 梅長蘇の顔を包んだ手にも力が入った。のしかかるようにして、景琰は梅長蘇の唇を貪った。舌を深く割り入れて、口腔内をまさぐる。口の中さえ、ひんやりしていた。
 幾度も角度を変えながら、深く深く口づける。かたくなっていた梅長蘇の身体がぐったりする。怯えて縮こまっていた梅長蘇の舌も、ようやく力を抜き、ためらいがちに景琰の舌を迎える。舌と舌とを絡め合いながら、景琰もまた恍惚としていた。
 
 完全に押し倒した形で、景琰は梅長蘇の上に馬乗りになっていた。絡めた舌を離し、そのまま梅長蘇の額や頬に接吻の雨を降らせる。
 顔が火照る。景琰は夢中になっていた。細い首筋を丹念に吸い上げる。白い肌に、幾つもの小さな赤い花が咲いた。
 我慢が、できなかった。
 側室たちを抱いたことがないわけではなかったが、こんなふうに胸が熱くなることなどなかった。だが、今は。
 梅長蘇の寝衣の胸元を広げ、そこへ顔を埋めた。鎖骨を舌でなぞり、薄い胸に舌先をあてがって吸い上げる。そこにも赤い花が現れた。
 胸の突起に、舌の先をわずかに当てると、梅長蘇は声を漏らしてびくんと腰を浮かせた。その声が、景琰の熱を呷る。突起を口に含んで、舌先で転がすと、梅長蘇はいやいやをするように首を振った。舌で弄び、絡めとるようにして吸い上げる。
 「でん、か‥‥‥」
 哀願するような声音が、なおさら景琰を刺激する。
 痩せてくっきりと浮いた肋の一本一本に、舌を這わせた。
 片手で、梅長蘇の下腹をまさぐる。ひんやりした梅長蘇の身体の、そこだけが少しばかり熱を持っているのがいじらしい。景琰自身のそれも、既に熱を持って怒張していた。



   * * *
 


 ぐったりとした梅長蘇の身体を自分の牀に横たえてやり、景琰自身もその傍らに滑り込んだ。
 「すまなかった‥‥‥」
 そう詫びて、梅長蘇の乱れた髪を指で梳いてやる。
 目を閉じたまま、それでも梅長蘇は弱々しくかぶりを振った。
 白い指が、景琰の胸元に遠慮がちに添えられる。すがるようなその仕種が、愛おしかった。
 これが、あんなにも嫌った冷酷な謀士だろうか。
 いや―――、冷酷だなどと思っていたのは自分の勝手な憶測だ。
 「蘇宅に、戻れそうにないな」
 この細い体を、欲情に任せて幾度も穿ったのだ。朝になっても一人では立ち上がることさえ叶うまい。
 梅長蘇はようやく瞼を持ち上げて、景琰の顔を見た。
 「―――戻ります」
 「無理だ」
 「ですが‥‥‥」
 困ったように、睫毛を伏せる。
 抱いて行ってやる、と言えば、すむ話だった。このまま抱いて運んで、そっと梅長蘇の寝床に戻してやりさえすればよい。たとえ朝起き出せずとも、病がちの主が臥せっていることなど、誰も怪しみもすまい。
 梅長蘇は、そうしてほしいはずだ。だが、おのが主である景琰に、抱いて行ってくれとは言い出せぬのだろう。ただただ、困っているふうだった。
 「戦英将軍にお願いして、飛流を、呼んでいただけませんか」
 飛流ならば、少年ながら力がある。梅長蘇を運ぶくらいはたやすかろう。だが。
 「そんなに早く帰りたいか」
 つい、そんなことを言ってしまった。梅長蘇は少し目を瞠り、それから可哀想なほど困り切った表情になる。
 「朝までこうしていては、ほかならぬ殿下がお困りに‥‥‥」
 「構わぬ。寝所までは誰も来ぬ」
 されど、と言い募ろうとする唇を、景琰は自分の唇でふさいだ。梅長蘇が景琰の胸に弱々しく爪を立てる。
 「朝になって、蘇宅の者が気づいて迎えに来るまで、共寝がしたい」
 「殿下‥‥‥」
 悄然とした梅長蘇に、景琰とて心痛まぬわけではなかった。病をおして、常に毅然とした謀士であり続けたこの男にとって、斯様な仕儀になったことはさぞかし不本意に違いない。病んだりとはいえ、麒麟の才子と呼ばれた男を、情で搦めとってこの腕の中に籠めようというのは、いかにもひどい仕打ちに思えた。
 詫びるつもりであったものを、これでは更に苦しめるばかりだ。
 頭でそうは思っても、心が追いつかなかった。つきあげてくる愛しさを、どうすることもできぬのだ。こうしている間にも、景琰の下腹は再び熱を帯びている。もっとも、さすがにこれ以上情を交わしては、梅長蘇の躰がもつはずもなかったが。
 「―――殿下の思し召すままに」
 か細い声がそう言ったので、景琰は少しばかり驚いた。
 「よいのか?」
 顔を覗き込もうとしたが、梅長蘇はその顔を景琰の胸にゆるく伏せている。
 無理強いしてしまったろうか。主命ゆえ逆らうもならず、膝を屈したのか。
 望んでいた答えが得られたというのに、景琰は却って狼狽えた。すぐにも帰してやるべきかと。
 しかし。
 「―――殿下の胸は、温こうございますから」
 かそけき声音に、心臓が跳ねた。
 なんといじらしく、愛しいことか。
 「そうか。温かいか」
 細い体を抱きしめる。
 「‥‥‥今夜はよく寝めそうです」
 「うん‥‥‥」
 いつぞや言っていた。眠りが浅いのだと。こう身体が冷たくては無理もないと思った。
 「ゆっくり寝め」
 「―――はい」

 ずっと。
 このままずっと、温めていてやりたい。

 だが。
 それがならぬことくらい、景琰とて重々承知していた。
 次の皇帝となるべく皇太子の位にのぼり、赤焔事案を覆す。これは景琰にとって果たすべき課題である。そのために、梅長蘇は身を粉にして働いてくれる。しかし。
 それはまた、梅長蘇自身の宿願ではなかったろうか。梅長蘇ははじめから、祁王や赤焔軍の雪辱を悲願としていたのではないのか。近頃、そんな気がしてならない。梅長蘇が自分の為に働いたのではなく、梅長蘇によって自分が動かされたのではないかと。
 不思議に、腹は立たなかった。悶々と己の内に封じ込めていた思いに、火をつけてくれた梅長蘇には感謝すらしている。梅長蘇が手を曳いてくれずば、自分はただ兄と友の無念を思い、世を憂い、己さえ疎み、鬱々と日々を送っていたことだろう。
 梅長蘇にとってもそれが宿願であるというならば、自分とこの男との思いははじめからひとつであったのだ。
 それゆえ。
 梅長蘇はまだ歩みを止めはすまい。
 大人しくこの腕に抱かれ、守られてなどいるはずもない。 
 だからこそ、と思う。
 せめて今夜は、抱きしめて温めていてやりたい。
 梅長蘇もまた、今夜だけは、と割り切ったのか、穏やかな表情で目を閉じている。
 その髪に口づけを落としながら、景琰もまた目を閉じた。

 朝が、来なければいい―――。
 そう願いながら、眠りに落ちた。



   * * *


 夜が明けて、密室の呼び鈴に起こされた。
 「殿下‥‥‥」
 半身を起こして、梅長蘇がすこし切なげな顔をする。
 「迎えが来たな」
 牀台を下りて、景琰は軽く寝衣を纏うと、その上から袍を羽織って書棚の隠し扉を開けた。その奥の、密道への扉を開けてやると、黎綱が少し狼狽えた様子で立っている。その後ろで飛流が所在なげにしていた。
 「あの、宗主がお邪魔してはおられますまいか」
 黎綱が言った。
 「今朝、お起こしに参りましたら、お姿が見えず、部屋からお出ましになった様子もありませんのでこちらではと‥‥‥」
 ああ、と景琰は頷いた。
 「蘇先生ならば、昨夜からこちらにおいでだとも。少々お具合が悪くなられたゆえ、そのままこちらで休んでいただいた。知らせるのが遅くなってすまぬ」
 しゃあしゃあと、そんな言葉が口をついた。請、と寝所のほうを示すと、黎綱はあたふたと主の元へ駆け寄った。
 「宗主」
 梅長蘇もすでに寝衣の前を整え、牀の上に端座していた。昨夜のことを思うと、ああして座しているだけでもつらかろうにと胸が痛む。
 梅長蘇がそうして何気ないふうを装っては見せても、さすがに黎綱は一目で事の次第を察したようだった。幾分恨みがましげな眼で景琰を振り返る。
 「甄平を迎えに寄越さず正解でした」
 黎綱の言葉に、なにやら悪戯を咎められた子供のような気分になって、景琰は少しだけ肩をすくめた。黎綱の後ろで梅長蘇が小さく笑うのが聞こえた。
 「宗主、お立ちになれますか」
 「肩を借りれば、どうにかな」
 梅長蘇が牀台を下りるのに、黎綱が手を貸し、飛流を呼ぶ。立ち上がるときに、梅長蘇が痛みに顔をしかめたのが可哀想で、景琰はちょっと目を逸らせた。
 黎綱が梅長蘇に外套を着せ掛けるのが、目の端に見えた。
 黎綱と飛流に両側から支えられながら、梅長蘇はゆっくりと隠し扉へ向かう。
 「蘇先生」
 思わず、声をかけていた。
 振り返った梅長蘇の顔は、昨夜の情事の名残を含んで、甘く切なかった。
 それでも微かにほほ笑んでから、梅長蘇は扉の向こうへ去って行った。

 もう二度と。
 この扉が開かれることはない。
 そして、ただ一夜限りの情人は、この次にはまた、冷厳な麒麟の才子の顔をして景琰の前に現れるのだ。共に、宿願を果たすために。
 
 いつか。
 全てが終わったならば。
 この腕に戻ってくるだろうか、と景琰は牀台に腰をかけてぼんやり思った。

 褥には、景琰自身の温みがまだ残っていた。梅長蘇の横たわっていた辺りに手をやる。既に冷たい。いや、もともと梅長蘇の躰が冷たいのだから無理はなかったが。
 
 ずっと。
 あのままずっと、温めていてやりたかった。


 本当に守ってやりたいと思ったのは、この生涯で、二人目であった。
  
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~ Comment ~

Re: タイトルなし

わあ、失礼しました。
直しました! ありがとうございます(汗)

有難うございます

ああ、これで読めます。
最初の話が分からなかったので、やっとつながりました~。

自分が腐女子だったこと、ウン十年ぶりに思い出しました(笑)
今なら、また書けるかなあ。
そしたら、嫉妬して拗ねる靖王とか、嫉妬に狂って力技の藺晨とか…いや、遥華さんかどなたか、書いて下さいませんか(笑)
私が書くと、ひどく宗主を泣かせる話になりそうなので。

ピクシブに登録すれば、他の方々の二次創作も読めるみたいですが…。
うう、カイシカさんのとか、葛さんのとか、いろいろ読んでみたいです。

>>Rintzuさん

ごめんなさい、最初、うまくコピペが出来てなかったみたいですね(>_<)
申し訳なかったです。

わたしも一昨年、古剣奇譚に出会うまでは、十数年間一切二次創作に手を出していませんでした。
中華ドラマとの出会いはそれだけわたしには大きかったwww
そして、極めつけの琅琊榜です。
初めは書くのがとてもこわかったんです。
何しろ、おととしまで中国のちゅの字もわからない生活だったので。
中国語全くわからない、中国史は大のニガテ、好きなのは日本の餃子くらいなもので。
中華ドラマファンのかたは、皆さん、中国語や中国史、中国文化に造詣の深いかたばかりで
うっかりしたことを書けば、必ず「そこは違う」「ここ、おかしい」って
突っ込まれまくるのは自分でよくよくわかっていたので・・・・。
でも、吐き出したい欲望に負けてしまいましたwwww
もういいです。人サマからバカにされようが、あきれられようが(笑))))。
吐き出し続けますよ!!

pixiv、機会があれば覗いてみてくださいね。
カイシカさんや葛さんのは、勢いだけのわたしのと違って
「ちゃんと」基礎がありますから(笑)。
愉しめると思いますよ!!!

お返事有難うございます!!

うわあ、まさか遥華さんからお返事いただけるなんて、とっても感激です!!
ほぼ毎晩PCの前で、介護ストレスと琅琊榜ロスを癒やすために、皆さんのツイや作品を眺めております。
読みながら、吹き出したりニヤニヤしたり、悶えたり涙ぐんだり、忙しいですが(笑)

私は元々「歴女」でして、時代ものなら、中国でも韓国でも欧米でもさまざま観るのですが、「ジャクギ」の次に観た「後宮の諍い女」にハマり、何回もリピートした挙句、とどめに去年の「琅琊榜」でした。
あまりの素晴らしさに狂喜乱舞して、放送2巡目はBS・銀河ともに録画して保存、ダンナにも布教してしまいました。
今では、ダンナも「琅琊榜と日本のドラマでは、使う国家予算が違うんだから」と言いつつ、「琅琊榜」を高く評価してくれています。

琅琊榜ツアーも行きたかったです(介護上、完全に無理なのですが)。
遥華さんや皆さんがブログなどで色々あげて下さって、エアー参加できました。
20年前に北京しか行ったことがなくて、それでも紫禁城と万里の長城の広さに驚嘆して、乾燥した空気で目をやられ、コンタクトが辛かったのを覚えています。

遥華さんの作品は、ドラマを忠実に基礎になさっている気がしますし、私には全く違和感なく読めます。
すごい才能だと思います。
その昔、晴海やらサンシャインやら幕張やらに年に数回通っていた身としては、「遥華さんの本」が売られていたら、即買いします!

中国語が第二外国語だったのですが、「喋れるようにもっと勉強しておけば良かった~」と、去年から後悔しきりです。
私は、どうも中国人に見えるらしく、時々話しかけられるのです。
「おねえさんは、中国の北の方の顔ですよ」と、中国人の知り合いに言われたこともあります。
ちなみに、私の名前は「玲瓏玉」から取られています。
親からは「玉でつくられた楽器が奏でる音」と教えられましたが、カイシカさんによると、私も「梅」なんですね(笑)

私も江左盟(萌?)日本支部に入りたいです!
入盟(?)許可をお願いいたします!!

遥華さん、今後も「琅琊榜愛」をいっぱい吐き出して下さいね。
毎晩、元・腐女子が首を長くしてお待ちしております。

>>Rintzuさん

琅琊榜ファンの方々は、本当に歴史や語学に堪能なかたが多いですね。
わたしはもともと日本の時代劇は沢山見ましたが、
中国にも韓国にも一切興味が持てなかったので、
完全にゼロからの状態でいきなり古剣奇譚の二次創作をしました。
知識ゼロ、創作ブランク十数年、そこからのスタートで
まだ古剣のときは「ファンタジーだし」と比較的軽い気持ちでしたが
琅琊榜は「架空」「ファンタジー」とはいえ、わたしには敷居が高かったです。
知らないことだらけ・・・というより、自分が何を知らないのかすら知らない。
原作もよくは知りませんので、書いてから設定の矛盾に困ったり。
まあ、わたしは純粋に『ドラマ琅琊榜』が好きなのでいいんですけれど、
読んでくださるかたがそうとは限らないので・・・・。
いつもヒヤヒヤしながら、でも開き直って書いていますww

江左萌、きっとどなたでも入れます!!
江湖の気安さで、雑食性の江左萌w
わたしも靖王、誉王、そのほかの方々にもフラフラする雑食ですが、
結局は藺蘇がメインの江左萌の女なのですw
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