琅琊榜

邂逅 (『琅琊榜』 #1以前)

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宗主と藺晨の出会いはどうだったのかとか、宗主はいつから梅長蘇を名乗っているのかとか、
Twitterでちょっと話題になったことを、自分なりのイメージで書いてみたくなりました。
藺晨との出会いについては色々なパターンが考えられそうですが、
とりあえず子供時代に出会ったとしたら・・・の設定で書いてみました♡


 久しぶりに石楠が来る。

 そう言って、朝から父はそわそわしている。
 酌み交わす酒を見繕ったり、語り合うべき書を選んだりと、立ったり座ったり落ち着きのないことこの上もない。日頃の泰然自若とした父を知るものが見たら、さぞかし驚くことだろう。
 どうせすぐ喧嘩を始めるくせに、と藺晨は父を眺めて思った。内功の深い二人の喧嘩といったら、琅琊山を揺るがすかと思うほどで、藺晨たちの起居している屋敷はもとより、前回などは琅琊閣の巨大な書架が倒れ、信鴿が一斉に逃げたほどだ。
 いい大人が、と幼な心に思った。たかが『友』なぞの為に、喜んだり怒ったりと、莫迦らしいことこの上もない。
 真っ白な信鴿たちが、空を埋め尽くすさまは、壮観ではあったが。


 父の友が訪ねてきたところで、自分にはまるで関わりのないことと、藺晨は屋敷を出て、険しい石段を駆け下りた。
 石段と言っても山の岩肌を穿っただけの拵えで、人一人が通るのがやっと、片側は目も眩む断崖だ。それでも藺晨は慣れたもので、臆することもなく飛ぶように駆けた。
 大岩の裂け目をくぐって、ぴょんと飛び出した途端、どすんと何かにぶつかった。
 「うわっ!」
 ぶつかった相手が人間だと気づいた刹那、藺晨は慌てて手を差し出していた。
 弾き飛ばされた相手は、すでに断崖から身体を宙に浮かせている。藺晨に手をつかまれなければ、間違いなく谷底へ叩きつけられていただろう。
 腕一本で命を繋いで崖からぶらさがっているのは、まだ子供であった。
 「莫迦! どこに目をつけて歩いてるんだ!」
 手を離されれば忽ち落ちようというその状況で、相手はそう吠えたてた。
 そっちこそ莫迦じゃないのか、と思う。いま自分を怒らせればどういうことになるか、頭が回らぬのかと。
 しげしげと、藺晨はその者を見た。自分と同じくらいの年格好である。いや、自分よりはいくらか幼く、身体も華奢だ。十になるやならずといったところか。それなればこそ、助けられた。
 子供は、顔を真っ赤にして藺晨を睨みあげている。

 不意に。
 「これはこれは。小閣主どのではないか」
 快活な、大人の声がした。
 「あ」と顔を上げて、藺晨は相手を見た。
 梅石楠、である。
 「ほう、また一段と大きくなられた」
 ぱかっと破顔した顔は、いかにも武人らしく日に焼けて逞しい。
 この切迫した状況が目に入らぬのだろうかと、藺晨はあきれる。ちら、と子供のほうを見下ろすと、石楠も初めてそちらへ目をやった。
 「ああ、そこにぶらさがっているのはわが倅でな。到着早々造作をおかけしたと見える」
 悠長に笑って、石楠は息子を見下ろした。
 「これ、藺晨どのに挨拶はしたのか」
 これにはさすがに、藺晨も眉を寄せた。
 「その‥‥‥、小父上。挨拶より先に、これを引き上げてはもらえませんか。わたしはそろそろ、手が痺れてきました」
 藺晨がそう言うと、石楠はちょっと目を瞠った。
 「おお、これはしたり。気の利かぬことであった」
 石楠は膝をついて手を伸ばすと、息子の腕をつかんだ。ぐい、と勢いよく手を曳くと、その力を借りて少年は身軽にひょいと飛び上がり、藺晨のすぐそばへ降り立った。
 (すこしは軽功が使えるのか‥‥‥)
 藺晨がそんなことを思って眺めていると、子供はちらっと藺晨を一瞥して、ふんと鼻息をついた。
 (なんだ、この偉そうな態度は)
 むっとして、藺晨も睨み返す。
 (なんだってこんな餓鬼を連れてきたのだ) 
 自分もまだ餓鬼ながら、藺晨はそう思って不愉快になる。父が『友』なんぞと語らうさまを見るだけでも不快だというのに、今回はこんなおまれまでついているとは。
 石楠は、上機嫌で先に立って歩き出している。息子も、膨れ面であとについていく。
 こうなっては自分も大人しくついて戻るしかあるまい。そう思って、藺晨もまた、しぶしぶ今来た道を戻る羽目になった。




 父親たちが酒を酌み交わす間、藺晨は石楠の息子と共に放っておかれた。
 子供は子供どうし、などといかにも体裁のよいことを言っていたが、要するに自分たちが勝手に飲んで騒ぎたいだけのことである。
 石楠は息子を、『梅長蘇』と紹介した。
 (なにが梅長蘇だ)
 藺晨は、知っている。梅石楠とはまことの名ではない。江湖に遊ぶときにそう名乗っているだけで、渠のほんとうの名は林燮である。大梁の、常勝将軍だ。
 梅石楠が偽名であるからには、その子が梅長蘇だというのも、無論偽りである。林燮には林殊という一人息子がいることを、藺晨は既に聞き知っていた。琅琊閣の跡継ぎたるもの、江湖のことはもちろん、朝廷に連なる人々についても事情通であらねばならぬのだ。
 が、父が林燮を梅石楠と呼ぶ上は、自分もこの生意気な子供を梅長蘇とよぶほかあるまい。

 
 梅長蘇は岩の上にちょこんと腰かけて、蒼天を見上げていた。
 遥か高みを、大鷲が舞っている。所在なさげに、それを目で追っているのだ。
 「そんなところで、何をぼーっとしているんだ」
 藺晨が声をかけると、梅長蘇は鷲から視線を外したものの、問いには答えず、むすっとして顔を背けた。
 (なんだ、こいつは)
 向かっ腹が立つ。
 「‥‥‥来るんじゃなかった」
 梅長蘇が不機嫌な顔のまま、ぼそりとつぶやいた。
 「は?」
 何を勝手なことを、と藺晨は苛立つ。誰が来てくれと頼んだのだ。
 だが、梅長蘇は眉根をきつく寄せて、さらにつぶやくのだ。
 「―――都にいて、景琰と遊んでいればよかった」
 「景琰? 誰だ、それは」
 誰だと問いながら、藺晨は頭の中で都の人々の名を思い浮かべた。『景』がつくならば皇子の一人である。景琰は―――、第七皇子が確かそんな名であったと思い当る。
 「景琰と、凧でも揚げているほうが、ずっと楽しかった」
 不貞腐れて、そんなことを言う。
 藺晨は心底呆れた。
 なぜ自分が、初対面の相手から、こんな愚痴を聞かされねばならぬのか。
 こんなに横柄で可愛げのない、無愛想な子供を、自分はいまだかつて見たことがない。
 「なら、とっとと帰ればいい」
 思わず、口をついて出た。
 「そんなに嫌なら、ひとりで都だろうがどこだろうが帰って、景琰とやらと仲良く凧でも天燈でも上げてくるがいいだろう。愚痴愚痴と女々しいと言ったらない」
 ぽんぽんと、辛辣な言葉が飛び出した。
 梅長蘇は顔を赤くして、岩の上に立ち上がった。
 「できるものなら、とっくにそうしている」
 「ふうん、お父上が怖いのか。勝手なことをしたら、尻でもぶたれるのか」
 「你ッ‥‥‥」
 握り締めた梅長蘇の拳を、ふと藺晨は見とがめた。丁度、目の高さにあったのだ。
 「あ‥‥‥」
 「な、なんだよ」
 藺晨の視線に気づいて、梅長蘇がたじろいだ。
 「手を、ひらいてみろ」
 「え?」
 怪訝な顔をした梅長蘇に、もう一度言う。
 「いいから、手を見せろ」
 「なっ‥‥‥」
 後ずさろうとして、梅長蘇は岩から足を滑らせた。
 「わっ‥‥‥」
 どすん、と尻もちをついた梅長蘇のそばへ屈み込むと、藺晨はその手をとって開かせた。掌が、赤く染まっている。さっき、握った拳の指の間から、少し血がにじんでいるのが見えたのだった。
 「岩で切ったのか」
 「えッ‥‥‥」
 崖から落ちかけたとき、藺晨に掴まれたのと逆の手で、おそらく岩肌につかまろうとしたのだろう。自分より少し小さな掌からは、まだじくじくと血が滲みだしていた。
 「来い」
 藺晨は梅長蘇を引きずり起こすと、更にその手を曳いた。
 「来いって、どこへ‥‥‥」
 抗おうとするのを力づくで自室まで曳いていった。

 
 「これでいい」
 包帯を巻き終えると、梅長蘇はすっかり大人しくなって自分の手を眺めていた。
 「‥‥‥器用だな、おまえ」
 年下からおまえ呼ばわりされたことには腹が立つが、誉められたには違いない。藺晨はふふんと笑った。
 「わたしの父は、医者でもある。当然わたしも医術の心得があるから、これくらいは朝飯前だ」
 「‥‥‥そうなのか‥‥‥」
 それから小さく、「謝謝」と聞こえた。その声が、妙に可愛らしくて、藺晨はどきりとする。
 「‥‥‥き、聞こえなかった」
 照れ隠しにそう言うと、梅長蘇が赤くなる。
 「なッ、なにも言ってない」
 その返事に、藺晨は慌てた。
 もう一度、聞きたかっただけなのだ。もう一度「謝謝」と言ってくれたなら、「不客気」と答えてやるつもりだった。 それなのに。
 「うそをつけ、言ったじゃないか。よく聞こえなかったからもう一度言えと言っているんだ」
 「言ってないったら言ってない」
 ふたりが声を荒げて言いあったその時。
 「おお、すっかり打ち解けたらしいな」
 梅石楠の明るい声がした。
 藺晨は驚いてそちらを見る。
 梅石楠と父が、揃って部屋に入ってきた。
 「これは面白いな」
と、微笑したのは父である。
 「倅は、親のわたしが言うのも何だが、横柄で可愛げのない、無愛想な子供でね」
 さっき自分が梅長蘇に対して思ったのと、そっくり同じことを父から言われた。
 くすっ、と梅長蘇が笑う。
 今度は藺晨が赤くなった。
 「なかなか同じ年頃の友達が出来ずに案じていたが、珍しいこともあるものだ」
 父がそう言うと、
 「そのへんの小童と睦むには、小閣主どのは賢すぎるのだ」
と石楠が笑った。
 「小閣主どのほど聡明で武芸の才もあるお子は、そうおるまいからな」
 「そう言うてくれるな。つけあがる」
 父が首を振って見せる。
 「いやいや、こやつにも常に言ってきかせておるのさ。おまえではまだまだ小閣主どのに及ばぬと」
 石楠が、我が子の頭をぽんと叩いた。
 「それで、こやつが小閣主どのに会いたがってな。どうしても連れて行けとせがむゆえ、此度はこうして伴ったというわけだ」
 笑う石楠の横で、梅長蘇は恥ずかしそうに俯いていた。
 「どれ、機嫌は治ったか?」
と石楠が息子に尋ねる。
 「おや、長蘇どのはご機嫌を損ねておいでだったか?」
 父が問い返すと、石楠がげらげら笑った。
 「せっかく会えた小閣主どのに、初対面からみっともない姿をさらして、恥ずかしさのあまり、すっかりへそを曲げておったのさ。なあ、そうであろう?」
 石楠の言葉に、梅長蘇は今度こそ耳まで真っ赤になった。
 (なんだ‥‥‥)
と藺晨は拍子抜けした。
 ならば、自分と同じではないか、と。
 藺晨も、思っていたのだ。都で名高い怪童・林殊とは、一体どんな子供であろうかと。
 「いったんへそを曲げると、なかなか難しい子だが、さすがは小閣主どのだ。よくぞ手なづけてくれた。小閣主どのの機嫌を損じて、今頃は琅琊閣から追い出された頃かと思うておったわ」 
 石楠がそう言って笑うと、父がにやりと笑みを浮かべた。 
 「この子倅が、そんな勝手なことをしたら、尻をぶつだけではすまさぬよ」
 父の言葉に、梅長蘇がぷっと吹き出す。
 「ッ‥‥‥、爹‥‥‥」
 なんと無神経な父親たちであろうかと、藺晨はうんざりして俯いた。
 自分も梅長蘇も、それぞれの父のおかげで面子が丸つぶれである。いかに子供とて、見栄というものがあるのだ。 

 ちら、と梅長蘇を見る。
 さっきまでの不機嫌さは鳴りを潜めて、梅長蘇もまた、すこし照れくさそうにこちらを見た。
 また、どきりとする。
 琅琊閣にも、麓の村にも、同じ年頃の子供はいくらもいるが。
 (梅長蘇‥‥‥か)
 武人の子らしい逞しさと、都の水で育った洒脱さは、これまで藺晨が出会ったどの子供らとも違っていた。
 初めて。
 この父の子でよかったと思った。
 父の子であったゆえ、梅長蘇と出会えた。

 何を話そうかと思う。
 今宵は泊まってゆくはずだ。
 語らう時間は充分にある。
 厨に言って、なにか美味い菓子でも見繕わせねばならぬ。
 梅長蘇はどんな書画を好むのか―――。
 それが今朝、梅石楠を待っていたわが父と同じ心持ちだとは、すこしも気づかぬ藺晨である。
 『友』と愉し気に語らう父を、莫迦莫迦しいと思っていたのだ、ついさっきまで。

 (―――『友』というのも、存外悪くはないものかも)

 浮き立つ気分で、藺晨は父らが席を立ってくれるのを待っていた。



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~ Comment ~

可愛い、可愛い〜♡
子供時代に出会ってたら設定の、小長蘇と小閣主との出会い、いいですね〜♪♪
2人の様子が目に浮かぶよう♡

大人になるとどうしても色々あるけど(笑)、子供の頃の話って、未来があって明るくて、久しぶりにほっこりする話でした♡

小長蘇と小閣主、もっと見たい〜♪
続きあったら読みたいです♪

>>わた雪さま

よかったー、大丈夫でしたかww
書いてて、これはどうなんだろうと心配でした(笑)。
いや、もちろんワタシは愉しいのですけど、
世間様に受け入れられるのかどうかと。
はた目を気にする小心者ですwww

画力があれば、こういうのは漫画にしちゃうほうが
すんなりいくんですけどねえ・・・・・。
しかたがないので小説にしちゃってるわけです(笑)。
続き、書いてもいいんですかーーーwww
そのうち、書くかもしれませんw

新作読ませて頂きました~。
小閣主、若干、頭でっかちなところが可愛いです💓
小長蘇もある意味、素直ですよね。
ふたりとも一目でお互いを認め合ったのか?
それどこれから大事件があるのか?
ぜひ、続きをお願いします❤

>>mayaさま


こんにちは!!
コメントありがとうございます!!
なんかねえ、ちび宗主は藺晨といても景琰のことばっか喋りそうなのが
藺晨、不憫でたまりませぬよーwww
えー、続きって、なにがあるんだろう・・・・www
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