東離劍遊紀

紫煙の残り香 (『東離劍遊紀』#5 補完)

 ←希望 (『琅琊榜』 #54 補完) →珊瑚の子守唄 (『東離劍遊紀』)
スミマセン、初めてのサンファンです…。勉強不足ですが、とりあえず勢いだけで書いてます。全13話、二日間で見終えましたよー。面白かった。そして、予想通り、凛雪鴉に落ちたw

 「あァ‥‥‥、鬼鳥」
 宿へ戻ろうとする鬼鳥を、殤不患はつい呼び止めた。
 白銀の髪をさらりと夜風に靡かせて、鬼鳥が優雅に振り返る。
 「なんだ、まだ何か用かな?」
 つれない返答とは裏腹に、ほんのりと紅く形のよい唇が嫣然と微笑んだ。
 「ああ―――、いや、その」
 不患が口ごもると、鬼鳥は柳眉をほんの少し上げて、手にした煙管を弄ぶ。
 「今後の算段もついたことだし、今夜はもう寝みたいところなのだがねェ」
 そう言いながら、やはり面白そうに不患の顔を眺めている。
 殺無生が七罪塔への一行に加わることになって、ひとまずほっとしたのがつい今しがたのことであった。
 殺無生と一触即発のぎりぎりのところへ、災いの大元である鬼鳥が割って入って止めたのだ。そうして、鬼鳥は己の命を質に、殺無生の協力を取り付けたのである。

 今すぐにも鬼鳥を殺したがっていた殺無生から、暫しの猶予を得られたのは何よりと言えなくもないが、無事に天刑劍を守った暁には、鬼鳥が殺無生から逃げおおせるのは難しかろう。
 そうでなくとも‥‥‥、と考えてから、不患は思い直した。深入りするのは、やはり気が進まない。
 「いや‥‥‥、なんでもない」
 不患は慌てて顔の前で手を振って見せたが、鬼鳥は「ほう?」と笑みを浮かべた。
 「随分歯切れの悪い物言いをすると思ったら、殤どの、もしや‥‥‥」
煙管をひょいと突き付けられて、不患はなんとなく落ち着かない気分になる。
 紅玉のごとき双眸が、愉しげに覗きこんでくる。
 「わたしを慰めてくれようとでも?」
 ―――見事に、言い当てられた。

 「あッ、いや。そんな差し出がましい真似をする気は毛頭ないが、ちょいと気になっちまってな。その‥‥‥」
 不患がしどもどしながらそう言うと、ふい、と鬼鳥は睫毛を伏せた。
 「‥‥‥恩師を失って、わたしが気落ちしていると?」
 目を伏せ唇から笑みを消した鬼鳥からは、まるで表情が読み取れない。色白の端正な顔であるだけに、そうして心持ちうなだれたさまは、どことなく哀れを催した。
 「何せわたしの不始末で死なせたのだ。慙愧に堪えぬのも道理‥‥‥」
 沈んだ声音でそう言いさした鬼鳥に、さてどう言葉をかけたものかと不患が思いあぐねたときである。
 ふわり、と鬼鳥の唇に笑みが戻った。
 「‥‥‥とまァ、こう考えておくれなのだろうねェ」
 くすっ、と小さな笑い声が、綺麗な唇から洩れる。
 「ち、違うのか?」
 少々鼻白んで、不患は間の抜けた声でそう問うた。
 「さて、どうであろう」
 肩をすくめ、鬼鳥は暢気そうに煙管の吸い口を軽く吸う。
 「どうだろうってお前‥‥‥」
 不患は眉を寄せた。どうやら心配した己が莫迦だったらしいと、ここに至ってようやく気づく。
 鬼鳥は小首をかしげて微笑んだ。艶めかしい眼差しが、まっすぐ不患に当てられる。 
 「廉耆先生の武芸が殺無生に及ばなかった―――、ただそれだけのことと、わたしは思っているのだが?」
 無邪気なほどににっこりとそう言われ、不患はさすがに色を成す。
 「師匠に弟子の尻ぬぐいをさせておいて、その言いぐさは無かろうぜ。おまえみてェな弟子を持たなけりゃァ、今頃その廉耆先生とやらも、まだピンピンしておいでだったろうによ」
 怒りもあらわに不患は鬼鳥を詰ったが、当の鬼鳥はといえばどこ吹く風で、ゆったりと煙草の煙をくゆらせながら嘯く。
 「ふふふ。わたしとて廉耆先生に師事したばかりの時分には、もそっと可愛げのある弟子であったさ。先生も可愛い弟子の為に命を落としたならば本望であろう。惜しむらくは‥‥‥」
 そこまで言って、鬼鳥は小さくため息をついた。
 「惜しむらくは、弟子の尻を拭い損ねたばかりか、むしろ厄介なことに、その可愛い弟子を窮地に追い込んでくださったことだがね。‥‥‥先生には、少々失望させられたよ」
 「てめェ‥‥‥!」
 我慢がならずに、不患は唸った。
 くくく、と可笑しそうに鬼鳥が笑う。
 「突っかかってくるつもりなら、明日にしてはもらえまいか。今夜はもう休みたいと、言わなかったかな?」

 「こいつ‥‥‥」
 一発殴ってやろうかと、不患は拳を握りしめたが。
 鬼鳥は素知らぬ顔で、明後日の方を向いている。
 「過ぎたことをあれこれ思い煩うのは性に合わぬのでね」
 ふァ‥‥‥と鬼鳥は小さな欠伸を噛み殺した。
 「さて、本当にわたしは休ませてもらうとしよう。では」
 なんという奴だ、と思う。仮にも自分の師匠であった人を亡くし、ほんとうに胸が痛まぬというのか。
 不患には鬼鳥の真意がまるでわからない。
 だが‥‥‥。 

 「おい、待て」
 我ながらお目出度いと思いながら、不患はもう一度呼び止めずにいられなかった。
 「おやおや、しつこい御仁だねェ」
 悠然と振り返った鬼鳥の腕を、不患はぐいと掴んで引き寄せた。
 その白い貌を、間近に見る。
 
 「無理、―――してねェだろうな」
 「え‥‥‥」

 ほんの一瞬、鬼鳥が虚を衝かれたような顔をしたように、見えた。紅い眸がわずかに見開かれる。
 その顔がやけに幼く、よるべない子供のように見えて、不患は胸を鷲掴みにされた。
 (なんだ? まさか、図星‥‥‥だったのか?)
 が、そう思ったのも束の間のことである。次の瞬間、鬼鳥はなんとも婀娜な色香を含んだ物憂い眼差しを、不患に投げてよこしたのだ。
 「さほどに心配してくれるのならば、こちらも態度を改めようではないか。さよう、まことのことを申せば、少々参っているのだよ」
 しおらし気に長い睫毛を伏せた鬼鳥には、先刻の幼な児のごとき心もとない風情は既に無かったが、代わりに悩まし気な艶が添えられている。
 「廉耆先生のことは、どう言い訳したとて、わたしのせいには違いあるまい。しかも、その先生を手にかけた殺無生と、この先、旅路を共にせねばならぬとあっては、いかなわたしとて気が滅入るというもの」
 鬼鳥は煙管の吸い口をほんの少し啄むと、ふわりと紫煙を吐き出した。煙を追う眼差しはいかにも切なげで、かける言葉を探しあぐねて不患はつい目を背ける。

 面白半分に生きているようなこの男でも、やはり人の子には違いないのだ、と哀れに思いかけた途端。
 ぷっ、と鬼鳥が笑った。
 「お、おい、なにが可笑しいんだ?」
 「このわたしを本気で心配してくれるとは、殤どのもまた酔狂な」
 面白くてたまらぬといったように、袖で口元を覆って笑う。
 「てめえってやつはどこまで‥‥‥」
 どこまで人を虚仮にしやがる、と言いかけて、不患は結局口をつぐんだ。
 笑う鬼鳥の白い貌に、やはりどこか蒼く儚いかぎろいが射して見えたせいである。

 ちっ、と舌打ちして、不患は短い息を荒々しく吐いた。
 「もういい。とっとと寝ちまいやがれ」
 ぷいと背中を向ける。
 鬼鳥の笑い声が、止んだ。

 一瞬の静寂が、不患の胸をざわつかせる。
 鬼鳥はいま、どんな顔をしているのか。振り返って見てみたい衝動に駆られる。
 まさか、涙を流すような玉でもあるまいが。

 「‥‥‥ほんとうに」
 涼しい声がした。
 「おまえは面白い男よな」
 笑みを含んだその声に、どこか疲れたような響きを感じて、不患の胸が痛む。
 「この先の道中も、大いにわたしを楽しませてほしいものだね」

 低い笑い声を残し、鬼鳥の足音がゆっくりと遠ざかっていく。

 煙草の煙だけがゆらゆらと、不患の顔の前へ漂ってきた―――。

スポンサーサイト

もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 琅琊榜
もくじ  3kaku_s_L.png 東離劍遊紀
もくじ  3kaku_s_L.png 古剣奇譚
もくじ  3kaku_s_L.png 花千骨
もくじ  3kaku_s_L.png 偽装者
【希望 (『琅琊榜』 #54 補完)】へ  【珊瑚の子守唄 (『東離劍遊紀』)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【希望 (『琅琊榜』 #54 補完)】へ
  • 【珊瑚の子守唄 (『東離劍遊紀』)】へ