琅琊榜

小殊 (『琅琊榜』 #46 補完)

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靖王が宗主と静ママに、梅長蘇の父親の名前を尋ねたあとのフォローですw

 日が傾く頃になって、ようやく靖王は重い腰を上げた。
 どうにか気持ちが落ち着くと、やはり詫びねばという気になったのだ。

 だが、梅長蘇の部屋の前で、それでも逡巡せずにいられない。どう言い訳しようかと。
 扉の手前を幾度も行ったり来たりしていると、不意に笑いを含んだ涼やかな声がその背にかけられた。
 「先ほどから何をなさっておいでなのです、殿下」
 慌てて振り返ると、寝間着の上に衣を羽織った梅長蘇が、微笑みながら戸口に立っていた。
 「蘇先生。休んでいなくてよいのか」
 狼狽える靖王に、梅長蘇は笑いかけた。
 「わたしのように病弱な者は、気配に聡いのですよ。どなたかが行ったり来たりなさっておいでなのが気になって、横になってもおれません」
 「す、すまぬ」
 靖王は赤くなって俯いた。
 梅長蘇は笑っている。
 「せっかくおいでになったのですから、どうぞ中へ」
 そう誘われて、靖王はしおしおと梅長蘇について入った。
 飛流はさっき庭生と遊んでいたから、まだ戻らぬのだろう。甄平は何か急ぎのようでも指示されたのかもしれない。珍しく、ふたりとも姿がなかった。

 椅子を牀台のほうへ寄せようとする梅長蘇を、靖王はとどめて自分でそれを動かした。
 「お手を煩わせ、恐れ入ります」
 請、とその椅子を勧められ、靖王は腰を下ろした。
 「先生はわたしに構わず横になっていてくれてよい」
 「大事ありません。娘娘のおかげですっかり楽になりましたゆえ」
 そう言って、梅長蘇自身は牀台の端に腰かける。

 「昨夜はまことにご面倒をおかけいたしました」
 少し照れくさそうに、梅長蘇は目を伏せてそう言った。
 「今朝ほどは眼覚めたばかりでぼんやりしておりましたもので、充分にお礼も申し上げられずに、面目ございません」
 「あ、いや」
 詫びるつもりが先に詫びられて、靖王は少々困惑した。
 「わたしこそ、今朝はその‥‥‥、申し訳なかった」
 「殿下?」
 いぶかしそうに、梅長蘇が軽く目を瞠った。
 「その目覚めたばかりの先生を、詰問するような口調になってしまった」
 靖王は困ったように俯きながら、ようやくそう口にした。
 梅長蘇は一瞬黙り、それから穏やかな口調で返す。
 「とんでもありません。わたしのほうこそ‥‥‥、昨夜は夢うつつで、何かお気に障ることを口走ったのではないかと、―――今日は一日そればかりを気に病んでおりました」
 そう言われて、靖王ははっと目を上げた。
 「すまぬ。病人に余計な気を遣わせた」
 思わず立ち上がると、靖王は狼狽えて己の足元へ視線を彷徨わせた。梅長蘇が責めているのではないとわかってはいるが、どうにもいたたまれぬ心地になったのだ。

 「先生のせいではない。このところ、わたしの心が定まらず、勝手にさまざま考えすぎただけだ」
 頭が混乱しすぎて、ふとよぎった疑いを、ともかく一刻も早く確かめたいばかりに、一夜まんじりともせずに梅長蘇の目覚めを待っていたのだ。病人を案じて、というよりも、むしろ自分が知りたいと思う欲求のために、ずっと梅長蘇に貼りついていたとは、今考えれば己が情けないが。
 ようやく目を覚ました梅長蘇に、いきなり問い詰めたのだ。その父の名を。梅長蘇がまだ幾分朦朧としているうちにと。

 靖王は大きく息をついた。
 そうだ、全ては自分の心の定まらぬせいだ。
 母に言われた。衛崢が帰ってきたことで、昔のことを思いすぎるのだと。
 そうかもしれぬ。近頃、片時も林殊の影が頭を去らない。

 それゆえ、似ても似つかぬ梅長蘇までが、林殊ではないかと疑いたくなるのだ。
 そのうち自分の影法師さえ、林殊だと信じ込んでしまうのではないかとすら思える。

 「お掛けください、殿下」
 いつも涼やかに、時に冷厳でさえある梅長蘇の声音が、いまは温かく靖王の心にしみいる。
 靖王は、示された椅子ではなく、梅長蘇のすぐ隣へ腰かけた。

 「‥‥‥かつて、わたしには竹馬の友がいたのだ」
 靖王はつぶやいた。
 誰かに、話したかったのだ。
 もうずっと、母以外の誰にも胸の内を明かすことができずにいた。
 苦しくて。
 吐き出さねば気が変になりそうだった。

 梅長蘇は黙って耳を傾けている。
 口を挟む気はないようだ。

 ―――ならば。
 これはひとりごとなのだ。
 梅長蘇に話すわけではない。
 靖王はそう自分に言い訳して、言葉を吐き出した。

 「背中を預けることのできる、無二の友であった」
 相槌はない。
 しんと静まった部屋の中で、自分のため息がいやに耳につく。
 ふと寂しくなって、梅長蘇に話を振った。
 「幾度も話したゆえ、先生もご存じだろう」
 「‥‥‥あの大弓の、持ち主でいらっしゃいますね」
 優しい声音で、梅長蘇がそう問う。
 「そうだ。‥‥‥かの赤焔軍の、林殊だ」
 梅長蘇はまた黙った。
 それゆえ、靖王はさらに言葉を重ねる。
 「先生と同じく、考え事をする時に指をすり合わせる癖があった」
 答えに困っているのか、梅長蘇はやはり何も言わない。
 靖王は焦れた。
 「先生とその林殊は、まるで似ていない。むしろまるきり正反対と言っていい。それなのに‥‥‥。近頃、思い出してならぬのだ、先生といると小殊のことを」
 苛立ちをぶつけるように、靖王は幾分刺々しくそう言った。
 林殊と似ていないことも、それなのに自分が林殊を思い出すことも、梅長蘇には何の咎もない。そうわかっていながら、つい腹が立ったのだ。

 詫びるために来たはずであると、忘れたわけではない。それでも、この男以外に苛立ちを向ける相手がいない。
 膝の上の拳を、靖王はにらみつけていた。
 ふわり、と視界に白っぽいものが入る。
 ―――梅長蘇の手、であった。

 「わたしが殿下のお心を乱すなら、いかようにもお詫びいたします。されど‥‥‥」
 冷たい手が、靖王の拳を柔らかく包み込む。
 「どうやってお慰めしてよいか、この蘇某には―――」
 梅長蘇の声に、哀しみがにじむ。
 なぜこの男が悲しむのだ、と靖王は眉根を寄せた。自然と眉尻が下がり、さぞ情けない顔つきになっているだろうことが、自分でも察しがつく。だが、それ以上に、梅長蘇も切なげにうなだれていた。
 「―――麒麟の才子でも、わからぬことがあるのだな」
 本音とも、皮肉ともつかぬ調子で、靖王はそう嘆息した。

 
 「宗主。お申し付けのとおり宮羽を‥‥‥」
 言いながら部屋に入ってきた甄平が、靖王に気づいて言葉を切り、慌てて拱手する。
 「礼はよい。邪魔をしている」
 靖王がそう言うと、梅長蘇も気を取り直したように、
 「傷の具合はどうであった」
と問いかけた。
 「ご安心を。医官どのの話によれば、順調に回復しているとのことです。本人に会いましたが顔色もよく、女の身で驚くほどの回復力だと医官らも舌を巻いておりました」
 甄平の答えに、しかしながら梅長蘇は心持ち眉を曇らせる。
 「武芸を嗜むゆえ、さもあろうが、無理をさせぬよう気を付けてやってくれ」
 「は」
 短く応えて、甄平はそそくさと下がった。気を利かせたのだろう。
 靖王は苦笑した。

 「すまぬ。こんな話をするために来たわけではなかったというのに」
 素直にそう詫びた靖王に、梅長蘇が軽く頭を下げた。
 「いいえ。お心の内を明かしていただけて、嬉しく存じました。お話しになって、いくらかでもお気が晴れたのであればよろしいのですが‥‥‥」
 そう言い終えた途端、梅長蘇は軽く咳をする。
 「蘇先生」
 靖王は慌てて梅長蘇の背をさすった。
 「いえ。大したことは」
 梅長蘇はそう言って掌を向けたが―――。

 唐突に。
 さまざまな思いが靖王の胸に押し寄せた。
 
 梅長蘇にすまぬという気持ち。
 林殊への思慕。
 そして、梅長蘇と林殊が、やはり別の人間にすぎなかったという落胆。

 「小殊―――!」
 思わず、謀士の身体を抱きしめていた。

 「殿下?」
 梅長蘇の声には驚きの色がにじみ、その身体はひどく強張っている。
 「すまぬ。‥‥‥わかっている。そなたがわたしの小殊でないことくらい。だが‥‥‥」
 涙が、溢れ出した。
 衛崢から梅嶺での話を聞いた時のほかは、母の前でしか流したことのない涙であった。
 
 心を許せる友とてない。
 あまりにも、孤独であった。
 
 自分の選んだ道は、そういう道なのだと、母に諭された。
 自分でもとうに理解している。
 それでも時折、無性に悲しくなるのだ。
 もう二度と、あの満ち足りた日々は帰らぬのかと。

 自分の思いを、受け止めてくれる者はおらぬのかと。

 「ほんのしばらく、―――こうしていてくれ」
 
 自分勝手なのは承知だ。
 さんざん梅長蘇を誹り、蔑んだ。
 口では幾度も、信じると言いながら、いつも拒み続けた。
 夏江の離間の策を乗り越えて、ようやく己の愚かさに気づいたが、それでもこの謀士には謎が多すぎるのだ。

 だというのに、こんな時だけ頼りにするのは、あまりに虫が良すぎるというものである。
 しかし。

 「‥‥‥小殊」

 林殊の身体は、もっと温かかった。
 林殊の背は、こんなに薄くはなかった。
 林殊の―――

 「靖王殿下‥‥‥」
 その声に、靖王はかぶりを振った。
 「‥‥‥頼む。昨夜のように、景琰と呼んでくれ」
 謀士の背が、わずかに震えた。
 そして。

 「‥‥‥景琰」
 小さな声で、梅長蘇がそうつぶやく。
 そっと、梅長蘇の腕が靖王の背中に回される。その手から、ひんやりと冷たさが背に沁みる。
 それでも。
 「小殊‥‥‥」
 そう呼ばずにはいられない。
 「景琰」
 さっきより幾分はっきりと、梅長蘇がそう呼んだ。
 こらえきれず、靖王は梅長蘇を抱きしめる力を強めた。 
 「小殊‥‥‥小殊‥‥‥、小殊‥‥‥!」

 こんなにも、求めていた。
 ひとつ年下の、幼馴染の従弟。
 いつもいつも、支えてやりたいと思っていたのに。
 支えられていたのは自分のほうだ。

 似ても似つかぬこの謀士にさえ、林殊の影を追い求める。
 そんな自分が情けなくて、猶さら林殊にすがりたくなる。

 「景琰‥‥‥别怕」
 梅長蘇が、そう言った。
 「わたしが‥‥‥ついている」
 背中をそっと、撫でられる。
 「っ‥‥‥」
 梅長蘇の肩に顔を伏せて、靖王は嗚咽をこらえた。口を開けば、声を上げて泣きそうで、ただこくこくと頷いた。
 目を見開いていても、とめどなく涙がこぼれ落ちた―――。
 


 「小殊」
 もう一度、靖王はその名を呼ぶ。
 応えるように、梅長蘇の手が優しく靖王の背を叩いた。

 ―――林殊はもう帰らない。
 けれど。

 天は、この謀士を遣わしてくれた。
 

 「―――蘇先生」
 そう呼ぶと。
 また、梅長蘇の身体がびくりと強張った。
 ‥‥‥そして。

 「‥‥‥靖王殿下」
と、弱々しい声が返る。

 靖王は、そっと身体を離した。
 梅長蘇の手も、どこか名残惜し気に靖王から離れる。
 梅長蘇は、悲し気に顔を背けた。肩を落としてうなだれる姿は、なぜかひどく傷ついているように見えた。

 「すまなかった」
 今一度、靖王は詫びた。
 そうして涙を拭って立ち上がる。

 「都に戻ればまた先生の知恵を借りることも多い。どうかゆっくり体を休めてくれ」
 梅長蘇は、答えない。
 うなだれたまま、立ち上がって見送る気力さえ失ったかのように。
 (―――病み上がりの身で、長話につきあわされたのだ。無理もない)
 靖王は小さくため息をついて、梅長蘇に一礼し、背を向けた。
 
 それでも、わかる。
 明日にはもう、いつもの端然とした姿で自分の前に現れるに違いない。
 
 麒麟の才子。
 ―――天が。
 いや、友の御霊が授けてくれた、この謀士と。
 いよいよ悲願を叶える日は、近い。

 

 扉を出ると、壁に凭れて待っていた飛流が、待ちかねたように部屋に飛び込んでいった。 
 甄平も頭を下げてから、あとに続く。
 梅長蘇のことは、ふたりに任せておけばよい。そう思って―――、幾分寂しくなりはしたが。

 背中に、まだ優しい手の感触が残っていた。
 

 『景琰―――』
 そう呼んだ梅長蘇の声が、耳によみがえる。

 靖王はわずかに口元をほころばせ、宵の庭を横切って行った―――。
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~ Comment ~

にぶちん殿下(笑)

遥華さん、こんにちは♪
いや~ん、いいっすね~
イケメン二人が抱き合う図!
しかも小殊は夜着だし~
襟がちょい乱れて開いてたりしたら、ほぼベスト(笑)
劇中こんなシーンが見たかったぁ~
美味しいお話ありがとうございます。

しっかし景琰君は鈍すぎる!
小殊の魂が叫んでるのが何故解らんのだ~
まっ、だから赤焔事案覆せたんだけどね。

そして蘇先生(林殊)
景琰に抱き締められて泣かれちゃったら
あわわわわっ(>_<)
高熱出して寝込む、或いは失神してるに違いないわ~

Re: にぶちん殿下(笑)

いつもありがとうございます♡
衿が乱れて・・・・(ヨダレ)・・・しかし、いつも
安全ピン(両面デーブ?)でしっかり止められてますね・・・・(T_T)

ねー、景琰はホントにニブちんで石頭ですが、
まあそこが持ち味でもあるし、
その結果、終盤の盛り上がりがあるわけですけどねーwww

宗主、失神しても静ママがいるから大丈夫~www

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