琅琊榜

飛蝶2 『歹人』    (『琅琊榜』#54補完)

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『傀儡』を受けて、またしても即席で書いてしまいましたorz 先に『傀儡』を読んでみてくださいね(汗)

 退屈すぎて、朝から幾度めかの欠伸を、梅長蘇はまた噛み殺した。
 不思議そうに、飛流が首を傾げている。
 具合でも悪いのかと、心配しているのかもしれない。
 梅長蘇は微笑って、ちょんちょんと縁先のほうを指さした。
 「うん!」
と嬉しそうに大きく頷いて、飛流が駆け出していく。
 梅長蘇も読みかけの本を閉じて、立ち上がった。
 この十三年、来る日も来る日も、こうして読書をしたり策略を巡らせたり、あるいは床に臥したりして過ごしてきたのだ。よくもまあ、耐えられたものだと思う。いや、耐えるも何も、それがいっぱいいっぱいで、退屈などしている余裕がなかったのだが。
 庭へ降りると、飛流が弓を持って戻ってくる。
 ぐい、と差し出された弓を受け取った。
 かつて軽々と扱った強弓には及ぶべくもない華奢な弓だが、ちょっと前ならばこんな子供だましの物でも、弦を引くどころか弓を顔の高さで保つことすら腕が耐えられなかっただろう。
 「いいか、飛流。まずは三本だ」
 「うん」
 一本目の矢をつがえる。
 「ご褒美は?」
 飛流が期待に顔を輝かせる。梅長蘇は笑いながら弦を引いた。
 「そうだな。吉さんに何か美味い甜点を作ってもらおう」
 言い終えると同時に矢が弦を放れ、青空へ向かって飛ぶ。飛流の身体も天へ向かって飛んだ。
 二本目、三本目。
 つがえては放ち、つがえては放ちしたその矢を、飛流は器用に、一本目は右手で、二本目は左手で掴み取った。
 三本目をつま先で蹴って、そのままくるりと宙を切ると、飛流は右手の矢を左手の矢に合わせて持地直し、元の庭先へ下り立って、落ちてきた三本目を空いた右手で受け取った。
 「好。次は四本だ」
 すかさず次の矢を射ると、飛流はまたしても地を蹴った。
 そんなことを繰り返して、飛流が幾度めかに舞い降りたとき、ぱんぱんぱんと背後で手を打つ音がした。
 梅長蘇が振り返るまでもない。飛流の貌つきを見ればすぐわかった。
 案の定、揶揄を含んだ声がする。
 「琅琊閣や江左盟がつぶれても、大道芸で食べていけるな。わたしも安心して養ってもらうとしよう」
 「誰が養うと?」
 梅長蘇はあきれて、藺晨を顧みた。
 くいくいくい、と藺晨の人差し指が招いてくる。
 梅長蘇は不機嫌に溜息をついて、それでもそばへ近づいた。
 藺晨が袂をたくして手を差し出したので、しかたなくそれへ向けて梅長蘇も手を出した。
 慣れた仕草で脈をとられる。
 以前ならば、藺晨の眉間に見る見る皺が寄せられたものだ。
 「……まあ、こんなものだろう」
 藺晨があっさりと手を離す。
 「活きのよい餌をあてがえられなかった割には、上出来だ」
 その言いざまに、しかし梅長蘇は言い返さなかった。
 言葉こそ悪いが、藺晨は自分の思いを一番理解し、共有してくれていると知っているからだ。
 「江左盟のぴんぴんしたのを十名揃えられれば、今頃おまえも飛流並みの芸当を披露してくれていただろうに、なんとも残念だ」
 無念そうにゆるく首を振って見せる藺晨に、梅長蘇は軽く眉を上げて見せる。
 「わたしでなくても、おまえの芸で充分客を喜ばせられると思うが?」
 軽功ならば、藺晨とて飛流や蒙摯に引けはとらぬ。
 「莫迦を言え。わたしは芸も身も売ったりするものか。もう充分おまえには尽くしてやっただろう」
 言われて梅長蘇は苦笑した。
 確かにそうだ。
 こんな御調子者だが、その赤心は既に充分すぎるほど受け取った。
 「そうだな。おまえを養ってやれるだけの芸がなくて申し訳ない」
 軽く笑うと、藺晨はちょっと拍子抜けしたような、曖昧な表情をしていた―――。


***


 「え? あの甄舵主が?」
 「うん、具合でも悪いんじゃなかろうかと」
 「まさか。殺しても死ななそうだぞ? けど……」
 「なんだ?」 
 「そういえば、黎舵主も様子がおかしいな」
 そんなことを言い合いながら中庭を歩いてきた江左盟の配下が、藺晨の姿に気づいて慌てて礼をとった。
 小さくうなづいてすれ違ってから、藺晨はやれやれとため息をついた。
 そして、ふと思いつく。
 このところ心にかかっていたことを晴らすすべを。
 ぽん、と掌に扇子を打ち付けて、藺晨は足を早める。
 厨の板の間でうなだれて座り込んでいる黎綱と甄平を見つけるのは容易かった。
 藺晨が声をかけるより早く、竈の前に立っていた吉が振り返った。
 「ちょっと、藺公子からも言ってやってくださいな。こんなところで座り込まれたんじゃ迷惑だって」
 「迷惑とはなんだ。何か力仕事でもあれば手伝ってやると言っているのに」
 言い返す黎綱の言葉はどこか力ない。
 「おいおい、おまえたち」
 扇子の先で、ふたりをかわるがわる指して、藺晨は渠らの顔を覗きこむ。
 「おまえたちの仕事は厨房の下働きか? そんなに暇をもて余しているなら、薪でも割ってきてはどうだ?」
 「……ああ、そうですね」
と甄平がのろのろと立ち上がろうとするのを、藺晨は慌てて制した。
 「こらこらこら。本当に薪割りなんぞしてどうする。おまえたちには江左盟の舵主としての仕事があるだろうが」
 そう言うと、二人は深々と息を吐いた。
 「無論、仕事はちゃんとしています。ただ……」
 それ以外の時間をもてあますのだと、ふたりは揃って訴えた。
 「長蘇の世話でも焼いていればいいだろう。これまでもそうしていたのだから」
 「そうなのですが……」
 ばつが悪そうに、ふたりはうつむいた。
 「……つい、手を出してしまうもので」
 「あ?」
 長年の癖なのだと、黎綱がうなだれた。
 「宗主の立ち座りひとつにも、つい手を添える癖がついてしまっているもので……」
 「ああ……」
 扇子の先を、藺晨は自分のこめかみに当てる。
 二人はぐったりした調子で藺晨に悩みを吐露した。
 薄着すぎまいか、火鉢の炭はちゃんと熾っているか、疲れてはいないか、息が切れてはいまいかと、何から何まで気になって、何でも先回りして手出ししそうになるのだと。
 「……涙ぐましいな、おまえたち」
 扇子を三分ばかり広げて、藺晨は自分の口元を覆った。
 涙ぐましいより、聞いているこちらが照れくさくなるような献身ぶりだ。確かにふたりの梅長蘇に対する気配りといったら、痒いところに手が届くと言おうか、まさに微に入り細を穿つさまであった。
 またそうでなければ、梅長蘇はこの二年を永らえることもかなわなかったろう。
 とはいえ、健康を取り戻した梅長蘇には、少々煩わしいであろうことも理解できる。
 ―――が。
 「わかったわかった」
 藺晨は扇子でふたりを手招きした。
 「いいか、言っておくが」
 近づいたふたりの顔を、藺晨はかわるがわるに見た。
 「長蘇の身体は確かによくなった。恐らく人並みに天寿も全うするだろう。しかしだ」
 小さくため息をついて見せる。
 「やつへの治療は完璧とはいかなかった」
 黎綱と甄平が目を見かわす。その様子に、藺晨が眉をひそめた。
 「勘違いするな。わたしの腕は完璧だぞ。ただ、やつの道義とやらが邪魔だてをして、充分な条件が整わぬ上での施術だっただけだ。―――わかるな?」
 黎綱が首をすくめて少し考えるそぶりをする。
 「……すると、宗主のお体は」
 疑わしげな上目づかいでそう問う。藺晨は思わず扇子でその額をはたいた。
 「わたしが治療したのだ。たとえ条件が不足していても、大きな問題などあるものか」
 ……とはいえ、と藺晨は言葉を継ぐ。
 「完全な条件のもとで治療するのと同じようにはいかぬのも確かだ」
 自分らしくもない、もってまわった言い方をするのにも嫌気がさして、藺晨は大きく息を吐いた。
 「要するに。―――あまり無理はさせたくない」
 黙って自分の顔を見ているふたりに、藺晨は教え諭すような口調になる。
 「知っての通り、やつはあのの気性だ。これまでは、身体が言うことを聞かねばこそ大人しくもしていたが、近頃はどうだ? もうじっとしてなどおれん風情だろう?」
 そう言うと、ふたりが激しくうなずいた。
 「おっしゃる通りです」
 「気が気ではありません」
 元気になったとわかってはいても、梅長蘇の一挙手一投足に気を揉むのが、習い性になってしまっているのだろう。藺晨は宥めるように両の掌を見せた。
 「そう心配するな。『普通』に暮らすには何の問題もないのだからな」
 だが……、と二人の目を覗き込む。
 「やつが『普通』に満足する男だと思うか?」
 即座に、ぶんぶんと、ふたりが首を左右に振った。
 さすが、よくわかっている。
 「それゆえ、やつにはお目付け役は必要だ。飛流では話になるまい?」
 ふたりとも、今度は縦に、ぶんぶんと首を振る。
 藺晨はゆったりうなづき、
 「わたしのうことなどはなから聞こうともせぬ。となれば」
 扇子の先でふたりを指した。
 「おまえたちが、適任なのだ」
 まるで重大な綸旨を与えるように、おごそかな口調でそう伝える。ふたりは少し口を開いて、……それからうなづいた。
 「いいか? おまえたちにしかできぬのだ。よくよく見張って、たとえ嫌がられても、姑のごとく口を出せ。決して無茶をさせぬよう、目を光らせろ」
 黎綱と甄平の顔にやる気が漲ってくるのが、ありありとわかる。ふたりは互いに頷き合った。
 藺晨はゆるりと眉をひらく。
 「そうしたら、わたしが責任を持ってやつを百まで生かしてやろう」
 おお……、とふたりが目を瞠った。
 「百までですか」
 「もっとも……」
と付け足した藺晨に、ちっょと不安げな顔をしたふたりだったが。
 「わたしが生きていれば、の話だが」
 そう続けた途端。
 「ならば大丈夫です!」
 「好人早过世,歹人磨世界(憎まれ子世に憚る)と言いますから!」
 安心したように、声をそろえて言ったふたりに、藺晨は深く嘆息した。
 「おまえたち……」
 梅長蘇を慕うほどに、自分を慕えとは言わぬが。
 燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや。
 天才の心は理解されがたいのだ。
 (まあ、いい)
 藺晨は小さく鼻を鳴らした。
 これで梅長蘇を牽制し、気の毒な従者たちに生きがいを与えてやることも出来るのだ。一石二鳥である。
 やはり自分は冴えている、と藺晨は自画自賛した。



***



 「藺晨」
 居ぎたなく、肘を枕に横たわっている藺晨に、梅長蘇は声をかけた。
 「……黎綱たちに何か言っただろう」
 「わたしは知らん」
 片目を開けて、そう答えると、藺晨はそのままごろりと向こうを向いてしまった。
 どうせ問い詰めても、白を切りとおされる。
 梅長蘇は軽く肩をすくめた。
 黎綱も甄平も、そして藺晨も。
 自分の身を案じてくれているのだから。
 少々窮屈だと感じないわけではなかったが、江湖の暮らしは日々に追われるわけでもない。
 人生は長く、喧嘩相手にも事欠かぬ。
 ならば、のんびり。
 梅長蘇がほのかに苦笑したとき。
 むくりと起き上がった藺晨が、
 「飛流ー!」
と縁先へ向かって呼ばわる。
 「飛流! 茶を淹れろ」
 いつものように、ひょいと軒先から飛流の顔がぶら下がる。
 「先に手を洗ってこいよ」
 「……わかった」
 頷いて、飛流の顔が引っ込んだ。
 そうだ。
 まずは、飛流が淹れる茶でも飲んで。
 それから今日は、何をして過ごそうか。
 梅長蘇は、藺晨の後姿に目を細めた―――。











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