琅琊榜

实心10 (『琅琊榜』 #34)

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離間の計は乗り越えました。次回はそろそろ、懸鏡司の牢へ!?


 馬車の中へ向かって、蒙摯は馬上からしきりに声をかけた。
 「小殊、しっかりせんか。じき蘇宅へ着く。辛抱せよ」
 梅長蘇はぐったりと飛流の腕に身体を預け、浅い呼吸を繰り返している。さっきからもう、二度も血を吐いた。飛流が懸命に外套の上からその背をさすっているが、梅長蘇は度々咳き込み、ますます弱ってゆくように見える。
 甄平が馬に鞭を入れ、馬車を急がせる。
 靖王府にいる間は、これほど具合が悪いとは見えなかった。
 (靖王殿下の前ゆえ―――)
 必死に平静を装っていたのだと思うと、可哀想でならない。誰よりも衛崢を救いたいのは、ほかでもない林殊である。林殊と名乗れぬ謀士・梅長蘇は、靖王からいかに誤解を受け、あらぬ疑いをかけられ、不当な罵声を浴びせられようとも、黙って耐えるしかない。あの雪の中、最愛の友から罵られ、蔑まされ、その痛手はさぞ大きかろう。ましてや病の癒えもせぬ身で、ああして立っていられただけでもその気力に驚かされる。
 寒風の中、靖王を叱咤したあの怒声は、梅長蘇のものではなかった。
 (小殊―――)
 赤焔軍の少帥にして、蕭景琰の無二の友・林殊の魂からの叫びであったと、蒙摯は知っている。林殊の言葉であればこそ、靖王は心を動かされた。たとえ梅長蘇が林殊であると知らずとも、あの時、靖王は確かに林殊の声を聞き、林殊の心を受け止めたはずだ。
 だが、可哀想に、梅長蘇は精根尽き果ててしまったかのようだ。あのあと、部屋に通されてからの梅長蘇は、痛々しいほど憔悴していた。
 火鉢によりかかり、頭がうまく回っておらぬようにさえ見えた。懸命に策を説いてはいたが、時折、自分が梅長蘇であることを忘れている―――、そんなふうに見えたのだ。
 「全く‥‥‥。密道を使って帰ればよいものを」
 蒙摯は行く手を阻もうとする吹雪に苛立って、そう吐き捨てた。無論、蒙摯とてわかっている。靖王府へ入った梅長蘇がそのまま出てこぬのでは、万一夏江の配下がいずこからか見ていれば、間違いなく怪しむであろう。わかってはいたが―――。
 ようやく蘇宅の門が見える通りへ入って、蒙摯はほっと息をついた。
 蘇宅の前で、蒙摯は急いで馬を下りる、馬車の中へと身体を割り込ませる。
 「さあ、着いたぞ。すぐ晏大夫に見てもらおうな」
 飛流から梅長蘇の細い身体を受け取り、抱いて下ろす。
 「蒙大哥‥‥‥、大丈夫だ‥‥‥」
 腕の中で微笑もうとする蒼白い顔が、痛ましくてならない。
 梅長蘇を抱いたまま門をくぐり、邸へと上がる。
 晏大夫が慌てて出迎えた。  
 梅長蘇は視線を巡らせ黎綱の顔を探し当てると、すぐさまいくつかの指示を与えた。さらに何か言おうとするのを、
 「いい加減にせんか!」
と、晏大夫が叱責する。
 「早く寝床へ運べ」
 蒙摯が晏太夫の言葉に従おうと寝所へ進みかけると、梅長蘇は弱々しく抗った。
 「寝てなどおれぬ‥‥‥、谷主と相談せねばならぬこともある‥‥‥。それから‥‥‥」
 半ばうわ言のように言い募ろうとするのを、晏大夫が一喝した。
 「うるさい! 鍼を打って眠らせるぞ!」
 梅長蘇が目を瞠る。
 「晏大夫!どうか‥‥‥、どうかそれだけは」
 頭をもたげ、必死で掻き口説く。
 「いま眠るわけにはゆきません。ここが正念場なのです。ここでしくじっては、この命がどれだけ永らえたとて意味がない‥‥‥」
 「小殊、落ち着くのだ」
 踠く梅長蘇の身体を胸に引き寄せ、蒙摯は懸命に宥めようとした。
 「命さえあれば、また挽回できる」
 晏大夫がそう言った。が。
 「‥‥‥もう、そのいとまがないことくらい、大夫が一番よくご存じでしょう‥‥‥。進む以外、道はありません‥‥‥」
 そう言って、梅長蘇が涙をこぼす。
 (どういう意味だ?)
 言葉のあやとは思いつつも、蒙摯の胸に不安が広がる。
 晏太夫は眉をしかめた。
 「わかったゆえ、少し横になるのだ。身体はなんとしても、わしがもたせてやろう」
 ため息をついてそう請け合った晏太夫に、梅長蘇はようやく安心したように弱々しい笑みを向けた。
 「さすがは晏大夫だ‥‥‥。頼りにしています‥‥‥」
 「―――おだてても、寿命は伸ばしてやれんぞ。自分でしっかり養生に務めよ」
 ふん、と鼻を鳴らした大夫に、
 「是‥‥‥」
と梅長蘇は慎ましく答えた―――。


   * * *


 「殿下。宗主は臥せっておいでで‥‥‥」
 行く手を防ごうとする甄平に構わず、景琰は蘇宅の回廊を進む。
 「わかっているから見舞うのだ。つべこべ言わずに会わせよ」
 勝手な言い草だとはわかっている。あれほど梅長蘇を拒絶しておいて、こちらが強引に面会を求めるなど、甄平ならずとも腹を立てよう。だが、梅長蘇の無事を確かめずにはいられない。
 「何事だ」
 梅長蘇の部屋から、晏大夫が姿を見せた。
 「殿下が」
 さっと甄平が、助けを求めるように大夫の傍らへ駆け寄る。
 「大夫どの」
 景琰は軽く拱手した。
 「靖王殿下」
 ため息をついてから、晏太夫も頭を下げる。
 「太夫どの。蘇先生を見舞わせていただきたいのだが、差し支えあるまいな?」 
 景琰がそう口にしたそのときである。晏太夫はいつもの渋面のまま、不意に膝をついた。
 「你っ。大夫、立たれよ。いかがした」
 晏大夫は頑なに膝をついたまま言った。
 「あそこまで回復させるのに幾日かかったかご存じか。それをたった数刻であれほど衰弱させられたのでは、医者として立つ瀬がござらぬ」
 静かな怒りが、晏大夫の体から立ち上っている。
 「す、すまぬ‥‥‥」
 詫びる以外、どうしようもなかった。
 自分にとって、あの時の梅長蘇は、信頼を裏切った蔑むべき謀士でしかなかったが、蘇宅の者にしてみれば大事な主である。これが逆の立場であったなら、靖王府の者たちとて激怒するに違いない。
 うなだれた景琰を、晏太夫が見上げる。
 「病人の気を昂らせるようなら、お通しするわけには参りませぬな」
 「―――わかっている」
 それだけ、蘇宅の者らは梅長蘇を慕っているのだ。梅長蘇には、人を引き付けるだけの魅力が備わっていると言うことだろう。ただ賢く、見目がよいだけではない。ともすれば人から意味嫌われることの多い謀士という立場でありながら、人として梅長蘇は身近な者たちに愛される素養を持っている。―――そう。ちょうど―――。
 (小殊―――)
 かつて誰からも愛された友を、思い出さずにはいられなかった。

 晏太夫の許しを得て、そっと足音を忍ばせながら部屋へと入る。
 景琰の耳に、梅長蘇のか細い声が聞こえた。
 「‥‥‥よいか‥‥‥、それが終わったら‥‥‥、言侯を訪ねるゆえ、それまでに‥‥‥、あと‥‥‥、十三先生につなぎをとって‥‥‥、宮羽に‥‥‥」
 弱々しい声は途切れ途切れにしか聞こえぬが、黎綱に何やら指示を与えていることはわかった。
 胸が、痛んだ。
 病床にあっても、梅長蘇は懸命に自分に仕えてくれているのだ。無茶を承知で自分の我が儘を容れて、病の身に鞭打っている。自分を見捨ててしまいさえすれば、こんな苦労からは解き放たれように、梅長蘇は頑なにそれを拒む。
 「―――蘇先生」
 そっと呼ばわると、黎綱が振り返る。
 「靖王殿下」
 拱手した黎綱を制し、牀台へ歩み寄る。
 「殿下‥‥‥。お見苦しい姿を‥‥‥」
 梅長蘇が、必死で頭を起こそうとする。
 「よい。ゆっくり眠らねば―――」
 景琰がそう言った途端―――、梅長蘇の瞳に悲痛な色が浮かんだ。
 「―――幾日も眠っていたばかりに、どうなったと? ‥‥‥もう、眠ってなどおれませぬ‥‥‥」  
 梅長蘇の目に、続いて熱い炎が揺らぐ。荒い息の下、梅長蘇は精一杯微笑もうとした。
 「殿下‥‥‥、どうぞご安心を‥‥‥。全て遺漏なく‥‥‥進めておりますゆえ‥‥‥」
 白い手が、黎綱の方へ差し出される。
 「―――起こせ」
 「いけません、宗主」
 黎綱が泣き出しそうな声を出す。
 「蘇先生」
 景琰は梅長蘇の両肩をそっと押さえた。岳州へ出掛ける前より、ずっと骨ばった肩であった。
 「殿下‥‥‥、必ず、なんとしても衛崢は救い出しますゆえ‥‥‥、どうか‥‥‥、どうか殿下はご短慮なきよう‥‥‥」
 熱く潤んだ目が、景琰を見つめる。
 「わたしを‥‥‥、お信じください‥‥‥」
 白い息が、痛々しい。
 筋の通ったことを言っているようで、その実、梅長蘇は既に朦朧としているようだ。同じことを、うわ言のように幾度となく口にしては、身体を起こそうと踠く。
 「殿下‥‥‥。必ず、わたしの指示通りに‥‥‥」
 「わかっている」
 そう答えてやったが、梅長蘇は不安そうに手を差しのべてきた。
 「―――まことに? まことに信じていただけましょうか‥‥‥」
 景琰の腕を、痩せた指が思いもよらぬ力で掴む。
 「口先だけではありませぬ‥‥‥。わたしの命に代えても‥‥‥、お約束は必ず‥‥‥。ですから、どうか‥‥‥」
 見ていられぬ。
 「わかった。もうよいから、おとなしくいたせ」
 思わず、梅長蘇の身体を掻き抱いた。
 「そなたも言ったではないか。焦らずとも時はあると。衛崢はまだ殺されはせぬ。まずはそなたが身体をいとえ」
 なんという細さだろう。たったひと月で、これほど痩せた。この病人に、自分は何を求め、なんという仕打ちをしたのか。
 「殿下‥‥‥」
 苦しげだった梅長蘇の声が、ひどく安らいだ。その手が、弱々しく景琰の背中に回される。
 「頼むから―――、眠ってくれ」
 景琰がそう言うと梅長蘇は小さく頷いたが、またふと不安そうに身じろいだ。
 「殿下‥‥‥。早くお帰りになってください。‥‥‥恐らくは、靖王府にも蘇宅にも‥‥‥、夏江の手の者が張り付いておりましょう‥‥‥。我らを反目させえることが、夏江の計略であるとすれば‥‥‥、必ずやその成果を見届けようとするはず‥‥‥。しばらくは、ご注意めされますよう‥‥‥。殿下はいまだ、わたしに激怒なさっていると‥‥‥、そう思わせねば‥‥‥」
 こんなありさまでも気を抜かぬ周到さが、景琰には辛い。
 「―――わかった。承知した」
 梅長蘇の身体をそっと横たえ、身体を離す。帰れと言ったくせに、梅長蘇はひどく悲しげな目をした。しかし、もう行かねばなるまい。
 「殿下。あとはわたしがついておりますゆえ」
 黎綱が、ひっそりと言った。
 「いまに始まったことではありません。宗主はずっと無理を通しておいでになりました。われらはそんな宗主をお世話してまいったのです。万事お任せを」
 返す言葉がなかった。
 持病があると知ってはいたが、これほどまでとは思わなかったのだ。
 部屋を出ると、甄平が渋面のまま控えていた。
 「蘇先生は、わたしが不在の間ずっと?」
 「殿下がお発ちになって半月あまりは、無理をおして自ら動いておいででした。殿下の留守を守らねばならぬとおっしゃって。―――容体が悪くなられてからは、晏太夫の鍼でほとんど眠っておいでに‥‥‥」
 ―――ならば、責められぬ‥‥‥。
 戚猛と小新を引き留めさせたのも、朦朧とした意識のなかで適切な判断ができなかったのやもしれぬではないか。
いや―――、もうよいと思った。たとえあの時、この男が母を手駒のひとつとしか見なかったのだとしても、母に命の危険はなかったのだ。衛崢を救うために、江左盟は多くの犠牲を払った。それだけでも、充分すぎる誠意なのだ。
 
 蘇宅の門を出た景琰は、荒々しく戦英を呼んだ。
 「殿下。蘇先生は―――」
 表で待っていた戦英は、気がかりそうにそう尋ねた。雪は既にやんでいる。
 「話にもならぬ! あの男とはこれきりだ」
 憤慨したように、景琰はそう怒鳴った。
 「―――殿下?」
 狼狽しかける戦英に、景琰はすばやく視線を送る。長年仕えてきた戦英には、すぐさま飲み込めたようだ。
 「―――ならば、もう蘇先生の手は借りぬと?」
 「当然だ! 帰るぞ。二度と此処へ来ることもあるまい」
 声高にそう言って、景琰は馬上の人となった。
 
 立ち去る景琰らを見送るように、菰にくるまってうずくまっていた物乞いがすっくと立ち上がる。女であった。
 女は離間の計の成功を確信して薄く笑うと、紅袖招目指して飛鳥のごとく駆け去ったのである。



 
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~ Comment ~

きゃああああああ♡

L! O! V! E! 妟大夫~♡
遥歌さん、我がオットの出番、大感謝ですうー!!
ほらほら、やっぱり渋くてカッコいいでしょー?(^m^)
あー、旦那がいなかったら、本気でヨメになりたい私(笑)

今夜もPC前で、狂喜乱舞です☆ミ

>>Rintzuさん

いや、ほんと。
わたしは特に大ファンとかではないけど、晏大夫大好きです。
頼りになるおかた。
あれくらいオトナで落ち着いたかたが、江左盟サイドには必要ですよね。
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