琅琊榜

毒蛇5 『坏心眼』 (『琅琊榜』 #11.12.13補完)

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久々の更新w 『毒蛇』その5 です。









 梅長蘇が臥せっていると聞いて、誉王は早速見舞いに訪れた。
 なにしろ、このところの梅長蘇の働きには感謝に堪えぬ誉王である。
 蘭園事件では東宮から楼子敬を排除してくれた。濱州事案では、梅長蘇の助言に従って靖王に肩入れした結果、父皇から甚く褒められ、褒美まで得た。
 そして、つい先日の礼部の一件である。
 年末の式典での越貴妃の扱いを巡って、朝堂に儒者を招いて東宮側と意見を戦わせることを献策してくれたのも、梅長蘇だ。おかげで、東宮と越貴妃にひと泡吹かせることが出来た。   
 まさか、あの黎崇大先生と並ぶ周玄清を呼び出すとは、麒麟の才子の手並みに舌を巻くほかない。朝堂での論議に勝てばよし、東宮側に後れを取ることあらば、論議を提言した自分の立場は、かなり微妙なものとなっていたに違いない。徒に朝政を騒がせたとして、父皇の不興を買い、母后の面目も潰すところであった。周大先生を招いてくれた梅長蘇にはどれだけ感謝してもし足りぬのだ。

 しかしながら、朝堂での討議のあと、体調を崩して臥せっているという。前日会ったときには、不調など気振りにも見せなかったというのに。
 (随分、無理をしてくれたのだろう)
 寒い中、礼を尽くして周大先生を見送ってくれたと聞く。
 しばらくは見舞いも断っているというので、しかたなく礼物を送ったが、梅長蘇は相も変わらず受け取ろうとはしなかった。此度の件だけでも二度突き返され、さて何を贈れば受け取ってもらえるものかと考えあぐねていたところへ、般弱が言ったのだ。搦め手から攻めよと。
 梅長蘇の従者、飛流といったか。警固を務めている少年である。腕は立つ。誉王府に仕える者が束になってかかってもかなうまい。それほどの手練れだ。だが、子供である。幾度か会ったことがあるが、見かけよりもずっと幼い。その飛流にあてて、玩具を贈れというのだ。
 半信半疑ではあったが、般弱の思い付きは見事に的を射た。梅長蘇は初めて、礼物を受け取ってくれたのだ。
 (可愛がっているのは知っていたが、まさか本当に受け取るとはな)
 嬉しくなると同時に、梅長蘇の顔が見たいと思った。すこしは喜んでくれただろうかと考えるだけで、頬が緩む。と同時に病状も案じられた。馬車の中でも気が逸り、やはり馬で来ればよかったかとも思ったほどだ。


 数日ぶりに会う梅長蘇は、まだ床上げもならず、牀台にようよう半身を起こしていた。
 髷を解いて、睡衣姿の梅長蘇は、常のいかにも謀士然とした佇まいとは随分違って見えた。窶れて顔色も悪かったが、その臈長けたさまに誉王は戸惑う。
 この美しい謀士が、自分の為に骨身を削って尽くしてくれているのだと思うと、誇らしいような切ないような、なんとも言えぬ心地がした。
 礼物にも関心を示さず、何かをねだるわけでもない。決して奢らず阿らず、この男は何のために自分に尽くしてくれるのか。
 「具合は?」
 労りを込めて、そう尋ねた。
 「……ただの風邪ですよ。ご足労に感謝します」
 そう答えた梅長蘇の声は笑みを含んではいたが、低く、少しばかりかすれていた。
 「先生から有益な助言をいただくも、恩返しのできぬ自分が腹立たしくてな」
 梅長蘇がすこし面映ゆげに目を伏せたので、誉王は内心はっとする。礼物を幾度もすげなく突き返してきたことを皮肉って言ったわけではないのだ。心から報いたいと、そう思っただけである。
 「寒さは厳しくなる一方だ。くれぐれも養生を……」
 梅長蘇が血の気のない唇に微笑を浮かべて、小さく頷いたときである。
 「殿下―――! 誉王殿下―――!! 大変です!! 殿下はどちらに!? 誉王殿下!!」
 突然姦しい声が響いてきて、梅長蘇が顔を上げる。
 誉王は眉を寄せた。病人がいるというのに、なにごとか。
 いや、しかし、ただならぬ声音であった。誉王府からの火急の知らせであることは間違いない。
 「見てこい」
 梅長蘇が、少し離れて控えていた黎綱に命じた。
 やがて、誉王府からの使者が、まろぶようにして駆け込んできた。
 「殿下! 大変です!!」
 「何事だ」
 わざわざ蘇宅まで押しかけてくるのだ。よほどの大事が出来したに違いない。果たして。
 「皇后娘娘お倒れに」
 「什么!?」
 その言葉は、誉王を狼狽させるのに十分すぎるほどであった。
 が。なんと間の悪いことだ。舌打ちしたい思いに駆られた。それにしてもいったい何が。
 思わず梅長蘇を振り返る。
 「焦らずとも参内すれば分かること。行ってください」
 梅長蘇の眼差しは、気づかわしげながらも静かに落ち着き払っていた。その顔を見て、誉王も幾分冷静さを取り戻す。
 誉王は梅長蘇に向かってうなづいた。 
 やむをえぬ。ほかでもない母后の身にかかわることである。容体もさることながら、これが何者かの手による企てであるとしたら、早急に手を打たねばなるまい。
 「……先生もご養生を」
 見舞いのはずが、とんだ騒ぎに巻き込んでしまった。 
 誉王は後ろ髪を引かれる思いで、蘇宅をあとにしたのである。


 
      ***


 慌ただしく誉王が去ったあと、梅長蘇はなんとなく呆然としていた。
 実を言えば、このところ気持ちがまいっていたのだ。
 梅長蘇として初めて靖王府を訪れた頃からずっと、胸に何か痞えがができてとれない。
 霓凰の疑いも、身に堪えていた。さらに、周大先生との再会である。自分が、黎崇先生の教えを受けた林殊であると、どれだけ名乗りたかったことか。師叔とも慕う周先生を欺くことの心苦しさといったらなかった。
 そして。
 ついに霓凰に己の正体を明かすに至って、梅長蘇の張りつめていた糸が切れたのだ。
 綿のように疲れ切った身体を横たえながら、梅長蘇は数日の間、蘇宅の人間以外、誰にも会わず過ごした。
 都に上ってこのかた、何かと慌ただしかっただけに、なんとなく気の抜けたような手持無沙汰な日々となった。そんな中、三度にわたって誉王から礼物が届いたのである。二度は突き返したものの、三度めは敵も考えたもので、ほかならぬ飛流の機嫌をとってきた。可笑しくて、つい受け取ってしまったのだ。まさか誉王自身が玩具を見繕ったわけでもあるまいが、万に一つそうであったらと思うと、自然に笑みが零れた。
 そして今度は、誉王自身が見舞いに現れたのである。

 認めたくはないが、―――大いに気持ちが慰められたのだ。

 誉王が見舞ってくれている間、黎綱がそばを離れぬのが、有り難くもあり煩わしくもあった。誉王とふたりきりになれば、まことに友として情を通わせてしまいそうな己が、なんとも心もとない。

 そんな折も折、皇后が倒れたとの知らせが届いた。
 これはたまたまの病か? あるいは東宮側の謀であろうか。

 いずれにせよ……。

 誉王は去った。

 梅長蘇はそっと溜息をついて、横になった。




      ***




 翌日の午後である。
 少しばかり待たされてから部屋に通されると、既に梅長蘇は火鉢の前に座して待っていた。
 つい今しがたまで床に就いていたのだろう、睡衣の上にゆったりと深衣を纏い、毛皮の襟がついた毛毯を羽織った渠は、まだ顔色も悪かったが、それでもたった今梳いたばかりらしい髪は一筋の乱れもなく束ねられ、常のごとく凛としていた。
 「もう起き上がって大事ないのか」
 「殿下が重ねてお越しくださったというのに、寝てなどおれましょうか」
 血の気のない唇が仄かに微笑む。
 「昨日は見舞いもそこそこに失礼した」
 「いいえ。皇后さまの御身こそ大事。どうかご孝養を」
 「うむ。心得ている。だが、わたしにとっては先生のお身体もまた大事なのだ」
 もとより口は滑らかなほうだが、この言葉は心の底から、するりと口をついて出たものである。それを単なる追従ととったものか、梅長蘇は軽く微笑んで少し頭を下げた。
 「恐れ多いことです。されど、昨日の今日とは、……何かまた問題でも?」
 「いや……。さして急ぎの用でもないが」
 誉王は口ごもった。
 正直に言えば、ただ、会いに来たかっただけである。昨日ゆっくり話もできなかったのが心残りだったせいだ。

 口実は、ある。
 刑部でちょっとした問題が発生したのだ。それ自体は些細なことであったが、このところ同じような失態が兵部でも工部でも起きていた。父皇は癇癪を起し、すっかり機嫌を損ねている。ここでよき献策をして父の憂いを除けば、皇子としての株が上がることは間違いなかった。
 話を聞いていた梅長蘇は、
 「なるほど、刑部に限ったことではございますまい」
と苦笑を浮かべた。
 「わが大梁において……」
 梅長蘇は穏やかな口調で話し始める。
 「六部による政は、一国を治めるにあたり非常に有効な仕組みといえましょう。さりながら、当朝も安定して久しく、……文官の職務は形骸化し、煩雑化する一方と言わざるを得ますまい。業務が遅滞しているばかりか、責任の所在すら明確でないとなれば、朝廷の仕組みそのものにほころびが出るのは自然のなりゆきでしょう」
 理路整然とした梅長蘇の言葉に、誉王は渋面を作りながら頷くほかなかった。 
 「国が衰退し始めてからでは遅いのです。陛下の御威光が遍く行き届いている今のうちに、手を打つことが肝要かと」
 そう言って、梅長蘇は誉王にいくつかの助言を与えたが、話すうちに渠は次第に背を丸め、少しばかりつらそうな息遣いになる。
 「やはり横になったほうがよい」
 誉王が腰を浮かしかけるのを、梅長蘇が手で制した。
 「大事ございませぬ。ほんの少し、息が切れただけで」
 「しかし、話をするのもつらそうだ」
 眉を寄せてそう言うと、梅長蘇は微笑した。
 「ならば……、もそっとだけそばへおいでいただけますか。声を張るのが、少々辛うございますゆえ」
 「ああ。それは気づかずすまぬ」
 誉王は素早く立ち上がると、梅長蘇の傍らへ寄り、その背中に手を添えた。そこまでそばに寄られるとは思わなかったらしい梅長蘇は、少し困ったように目をしばたいて俯いた。
 「もったいのうございます。自分で座っておれますゆえ、どうかお構いくださいませぬよう」
 梅長蘇の手が、誉王の身体を弱々しく押し戻そうとする。決して華奢とは言えぬ男の手に違いなかったが、ほっそりと白く、指の長い美しいそれに、誉王の目はなぜか釘付けになる。
 「……そのような遠慮は無用だ。楽にせよ」
 そう言って、誉王は謀士の身体をそっと引き寄せた。
 「殿下……」
 梅長蘇は一瞬四肢をこわばらせたが、やがて深々と息をついて、ようやく少しだけ身体を預けてきた。
 そうして、声は幾分弱々しいながらも、目の覚めるがごとく鮮やかな弁舌を振るう。梅長蘇の言うことはいちいち尤もで、そのことごとくが幅広い知識に裏打ちされており、いますぐ父皇の前でこの教わったばかりの論説を披露したくなる。
 もっとも、梅長蘇の話は誉王自身にも耳の痛いことが少なからず含まれており、そのままそっくり献策することは憚られたが。

 説き終えた梅長蘇はぐったりと眼を閉じ、誉王の肩によりかかった。
 「殿下。ほかには……」
 誉王は眉を寄せ、梅長蘇の身体を支えながら、その背を優しく叩いた。 
 「もうよい。無理をさせた」
 そう言ったが、梅長蘇は悄然とうなだれた。
 「不甲斐ないことです」
 「何を言う。為になった」
 誉王の言葉に、梅長蘇はゆるゆるとかぶりを振る。
 「丈夫であれば、もっと殿下のお役に立ってごらんに入れましょうに」
 口惜し気な声音に、誉王は胸を締め付けられた。
 「充分役に立ってくれている。さあ、先生はもう床に戻られよ」
 梅長蘇の世話を頼もうと「来人!」と呼ばわった途端、小さく「殿下」と呼ばれた。
 「……もう、お帰りに?」
 梅長蘇のほっそりした手が、自分の膝の上にそっと置かれている。
 「わたしがいては、先生が休めまい」
 梅長蘇が眼をそらせた。
 足音がやってきて、黎綱が姿を現す。
 梅長蘇の手が、誉王の膝から離れた―――。



     ***



 『もう、お帰りに?』
 そんなことを問うた自分に、梅長蘇は心底あきれていた。
 誉王なぞ引き留めて、なんとするつもりだったのか。
 身体がつらいのに、くどくどと政のありかたなど説いてやったのも、帰らせたくない一心だったとでも?
 (まさか、そんなはずが)
 子供の頃から大嫌いだった男ではないか、と思う。嫌いで嫌いでたまらなかった。

 ふと……、なぜだろう、と思う。
 何か、されたことがあっただろうか? 何か厭なことでも言われたか?
 丹念に思い返してみて、そうではない、と答えを出す。
 ただ、あの目がたまらなく厭だったのだ。物欲し気に祁王を見る目。
 (物欲しげ?)
 そう、『林殊』は幼心に思っていた。物欲しげで、卑しい目だと。
 そうだったろうか、と梅長蘇はさまざまな場面を思い起こす。
 あの目。どこか物悲しいような。人恋しさに、今にも泣き出しそうな―――。
 そう思ったとき、梅長蘇は身震いした。
 ならば、あれは。幼い林殊の、思い込みだったのか? 

 あんなにも、祁王の庇護を求めていた。景桓とて、まだ子供だったのだ。林殊たちより年かさではあっても、景桓はよるべなき子供であった。尊大な父と、血のつながらぬ養母のもとで、いつ嫌われて捨てられるかと、びくびくしながら暮らす子供だったのだ。兄に甘えたいと思って、何の不思議があっただろう。

 (わたしは、―――妬いていたのか)
 大好きな兄の目が、ちらとでも景桓を見るのが厭だった。寂しそうな目をして祁王の気を引く景桓に腹が立った。だから。

 『あいつは毒蛇だ』
 景琰にもそう言い含めたのだ。
 いやなやつだ、あのいやらしい目を見てみろと。

 いつもいつも、すこし離れたところから祁王を見ていた。あんなにも祁王を慕っていた、あの目。
 どきり、とする。
 あの頃、祁王に向けていたのと同じ目で、誉王は梅長蘇を見ている。憧れと崇拝をこめて。

 祁王にほんの一言声をかけられて、ほんの一瞬、大きな手に撫でられるだけで、景桓はひどく幸せそうな顔をした。いまの誉王も同じだ。梅長蘇が微笑み返すだけで、蕩けるような甘い表情になる。

 息苦しくなって、梅長蘇は衾の端を握りしめた。
 (わたしが林殊だと知ったら……)
 果たして誉王はどんな顔をするだろう。
 梅長蘇を失うとき、誉王は……。
 「……殿下……」
 思わずそうつぶやいて、梅長蘇は寝床の中で少し咳き込んだ。

 やがて誉王は、梅長蘇をも失わねばならぬ。爪も牙も、手足までももがれて、暗闇の中に放り出されるであろう誉王を思って、梅長蘇は暗澹たる心持になった。

 誉王はただ、愛情に飢えているだけだというのに。地位も権力も、誉王にとっては空っぽの心を満たす手段ではないのか。

 それでも、このままにはしておけぬのだ。誉王がいる限り、靖王を皇位に据えることはかなわぬだろう。そして、靖王でなくば、梅長蘇の大望はなしとげられぬ。

 誉王が、今少し凡庸ならば、と思う。第三皇子のごとく病弱であるか、第六皇子のごとく何の野心もなき小心者であれば、と。しかし、誉王は危険すぎる。完膚なきまでに打ちのめさねば、たとえ靖王の世となっても、いずれ必ずや障りとなる。
 (その時にわたしがいれば、抑えることもできようが)
 災いの芽は、いまのうちに摘み取らねばならぬ。たとえ自分がいなくとも、靖王が憂いなく政を行えるように。


 しかし、まずは此度の皇后の件をじっくり考えねばなるまい。
 いつまでも臥せっている場合ではなかった。

 黎綱を呼んで髪を結わせ、着替えを終えたところへ、童路により闇炮坊に関する情報がもたらされた。
 部屋から退がる童路の背を見送って、黎綱も報告する。
 「宗主。侍医院の情報によると、皇后の命に別状はないとか」
 「本当か?」
 思わず聞き返した。
 「……人騒がせが過ぎるな」
 なんとなく力が抜けて、腰を下ろす。
 「突然でしたし、一見重い症状だったので、誉王府も慌てたのでしょう。しかし結局、大事には至らなかったようです」
 人騒がせと詰った自分の声に、いくぶん苛立ちがこめられていたことに気づいて、梅長蘇は内心少し狼狽えていた。昨日見舞いに訪れてくれた誉王を呼び戻したのが、さほどの一大事ではなかったことに、つい向かっ腹を立ててしまった自分が情けない。
 いや、命に別条がないから一大事ではないとも言い切れまい。梅長蘇は即座にそう思い直した。この裏には何かあるに違いない。
 「見舞いを名目に、郡主に探ってもらえ。侍医の薬の処方が知りたい」
 「皇后の病は誰かの仕業とお疑いで?」
 東宮側の差し金とは考えにくかった。東宮と越妃は真っ先に疑われるであろう上、わざわざ危険を冒しておいて皇后の命を奪うことはせずに軽症ですませるはずがない。
 数日後に迫った祭礼に言皇后が参加できぬとなれば……?
 梅長蘇はしきりに着物の裾を指で揉みつつ、思案に暮れた。
 


    ***




 ―――もう、お帰りに?

 そう問うたときの、心もとなげな顔、自分の膝に置かれた白い手。
 後悔がじわじわと広がった。
 あれは、帰ってくれるなという精一杯の意思表示ではなかったか。
 誉王とて、今少し梅長蘇と語らいたかったのだ。誉王にとって、梅長蘇はすでに師であり、友である。もっと多くを学びたくもあり、またその渠が病んでいる今、もっとそばにいて労わってやりたくもある。
 (しかし、わたしがそばにいては、先生が気を遣う)
 いかに誉王が友と認めたとて、梅長蘇はまだ距離を保っている。その遠慮がちなさまは、奥ゆかしいというよりもむしろ冷淡なほどである。
 決して他の臣下のように媚びも諂いもせぬが、主従の隔ても侵さない。梅長蘇は誉王の前で、頑ななまでに、恭しい態度を崩さぬのだ。
 それゆえに。
 (辞するほかなかったではないか)
 自分がそばにいたのでは、横にさえならぬ頑迷さであった。
 誉王は心持ち眉を寄せ、口をへの字に曲げた。

「……そなたがいかんのだ」

 声に出してそう言ってみると、却って後悔が膨れ上がった。

 短くため息をついて、つい先ほどの般弱らとのやりとりを反芻する。何敬中の息子の扱いについてである。
 忘れていたわけではない。
 何敬中は、誉王にとっても大切な手駒なのである。
 慶国公といい、何敬中といい、なにゆえこうも面倒ばかり起こすのか。
 これで梅長蘇が楼子敬を潰しておいてくれねば、目も当てられなかったことだろう。
 もっと早く、梅長蘇に相談したいと思ってもいたが。
 (またにべもなく、切り捨てよと言われるやもしれぬ)
 そう考えたのだ。
 障りにしかならぬ手駒など早々に捨ててしまえと、涼しい顔で言われそうな気がした。慶国公のときもそうであったように。
 梅長蘇の考えはもっともだ。父皇の信頼をつなぎとめるために、己は清廉なる君子を装わねばならぬ。その足を引っ張る者は、早々に除くのが賢明であろう。

 ふと、あらぬことを思いついた。
 (もしや、蘇先生は……)

 思わず、頬が緩む。
 梅長蘇は、妬いているのではあるまいか。
 自分が慶国公や何敬中を己の手足とも恃み、その進退に心を砕いてきたことを。

 『あのような者たちをあてにせずとも、わたしがいるではありませんか』

 そう言われた気がして、誉王は口元をほころばせそうになり、慌てて頬を引き締めた。

 (まあ、そうには違いないが、これまで役に立ってくれた者たちだ。少しは報いてやらねばな)
 病み上がりの梅長蘇を煩わせるほどのこともない。此度は般弱の策を容れて、東宮側を欺いてやるのだ。
 母后の容体も安定した今、何敬中をさっさと立ち直らせて吏部の混乱も落ち着けば、またゆっくりと梅長蘇を訪ねることもできよう。

 誉王はようやく愁眉を開いた。








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~ Comment ~

謝謝~

遥華さんへ

わーいわーい\(^-^)/
『毒蛇』連載再開ありがとうございます。
お題が『坏心眼(悪戯心)』と言うので…
色々妄想しちゃいましたけど…。
誉王と宗主のラブシーンが最後までなくてホッとしましたわぁ~(^^ゞ
誉王と宗主、ビジュアル的には全く問題ないのですが…
私的にはやはり靖王との…嬉し恥ずかし、うふふっなシーンを読んで見たいです。
是非番外編でお願いしま~す(笑)

Re: >>テヤンさん

いえいえ、こちこそ、読んでくださるかたがあるとなれば
書いちゃおうかなーって感じですw
うんうん、ラブシーンはなんとなく寸止めしたい感じ(笑)。
やっぱり靖王ですか・・・・。
pixivでの閲覧数見ても、靖王との話だとたくさん読んでいただけるみたいで。
そうなのかー、と(笑)。
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