花千骨

心満つ (『花千骨』 #50以降)

 ←ともに守らむ愛しき者を 後編 (『偽装者』 #41以降) →实心 (『琅琊榜』 #25)
中国での放映以来、その幕引きには賛否こもごもある『花千骨』。
わたしは毎度のことながら、うまく感想を言えないのですが、
とりあえず姐姐とマユゲにほだされました。
あとは糖宝が可愛いとか、軽水にほだされたりとか。
毎度、尊上にはイライラさせられ、
摩厳と漫天に憤りながらの、視聴終了ですw

あ、これはドラマの続編(現代版のやつ)とは全く別軸で、
採集介護を勝手に捏造しました。


 「そなたが居れば、何も要らぬ」
 この言葉を、どれほど自分は待ち焦がれてきたことか、と単春秋は思った。

 ようやく目覚めた殺阡陌は、しかしながらその妖力のあらかたを失ったままであった。
 それでも長い眠りは心の平安をもたらしたと見えて、ふっくりとした美しい唇に穏やかな笑みが浮かぶと、さながら花の咲き綻ぶにも似て、単春秋もまた疲れ果てた身と心の癒える心地がした。
 しかし、阡陌は言ったのだ。
 「今のわたしには、七殺派を立て直すだけの力もない。それどころか、己の身一つ守れはせぬ有り様だ。そなたたちに報いるすべなど持たぬ。―――去るがよい」
 あの折りに受けた内傷はあまりに深く、根こそぎ使い果たした内力は長き眠りを経てなお容易に甦るものではなかった。
 春秋は白い豊かな眉をぎゅっと寄せた。
 「情けないことを仰せくださいませぬよう。この単春秋、聖君にお仕えするのに、なんの見返りを求めましょう。とこしえに、お側でお守りいたします。聖君がお望みのものあらば、この命かけても手に入れましょうほどに」
 掻き口説くように春秋がそう言うと、阡陌はわずかに目を瞠り、それからふわりと微笑んだ。
 「命など。かけずともよいのだ」
 そう言って阡陌がわずかにうつむくと、その滑らかな白い頬を豊かな黒髪が覆う。
 「天下も要らぬ。[[rb:小不点 > わらべ]]とて‥‥‥、恙無く暮らしているならばそれでよい。もはや、強さも美しさも求めはせぬ。―――ただ」
 半ば髪に隠れた阡陌の頬に、わずかばかり朱が注す。
 「聖君?」
 阡陌は少しためらって、それから幾分声を落として言ったのだ。
 「ただ、護法よ。そなたが居れば、何も要らぬ‥‥‥」
 「聖君!」
 雷に打たれでもしたかのように、単春秋は棒立ちになっていた。
 空耳ではない。確かに主がそう言ったのだ。
 言葉を返せずにいる春秋に、阡陌は少し照れくさそうな顔をした。
 「かようなことを言って、そなたを縛る気などないのだ。そなたが忠義なことを申してくれるゆえ、つい本音を漏らしたまでのこと。聞き流してくれて構わぬ。されど―――」
 また阡陌の唇が綻んだ。かつての不敵な笑みではない、どこかあどけない、愛らしい微笑である。
 「眠っていても、そなたの声は聞こえていた。朝な夕なにわたしに語りかける声が」
 はっとして、春秋はひれ伏した。
 「も、申し訳ございません。お耳障りであったのでは」
 「そうではない」
と、阡陌が笑う。
 「嬉しかったのだ。破門を言い渡したわたしを恨みもせず、ずっとそばに従ってくれるそなたの気持ちが、わたしは心底嬉しかった」
 春秋は顔を上げられずに身震いした。
 恨まなかったと言えばうそになる。たとえどんな姿になろうとも、殺阡陌こそがおのが主。何があろうとそばに仕えたいと、あれほど懇願したものを、遠ざけられていかばかり口惜しかったことか。
 されど。
 それでも憎めぬ。
 六界の者すべてを敵に回そうとも、自分だけはこの美しき主のそばにいたい。たとえ拒まれたとて、その思いはなんら変わりはせぬのだ。
 「そなたの忠義、昔からわかってはいた。わかっていながら、一度たりとて報いてやることもなかったな。さぞ腹に据えかねたであったろう」
 「滅相もございませぬ」
 これは、夢か、と春秋は喜びに尚も震えた。
 聖君のため、と尽くせば尽くすほど、蔑まれ、疎んじられた。今ようやく、愛しき主の優しい眼差しが自分に向けられている。
 もはや、全てを失ってもかまわぬと、春秋は思った。
 この命ある限り。
 己は主を守るのだ。


   * 


 「長留へ行ってみたい」
と、殺阡陌にせがまれた。
 「なりませぬ。永き時を経たとは言え、仙界にはいまだ聖君を忌む者どもが数多おりますれば」
 危険きわまりない。今の殺阡陌では、己の身を守ることさえできぬ。
 既に功力を失い、世に仇成すこともなき身だとて、仙人どもは容赦すまい。ただの無力な人間となったかつての聖君・南弦月をも殺そうとしたのがよい例ではないか。
 春秋がそうたしなめると、殺阡陌は悄然とうなだれた。
 雨に萎れた花のようなさまに、単春秋の心が痛む。かつての殺阡陌なら、単春秋が己の意にそわぬとあらば、忽ち癇癪を起こして凄まじい妖気を叩きつけてきたというのに。
 「かつて小不点に会うために、幾度となく長留を訪れたものだ。人目に触れぬ木陰で、時のたつのも忘れて話に興じたこともある。幸せであった」
 そう言って仄かにほほ笑む顔は、思い出を手繰って実に幸せそうでもあり、また、ひどく寂しげでもあった。
 そのいじらしさに、春秋は折れずにいられない。
 「少しだけ―――」
 そうつぶやくと、阡陌が顔を上げた。
 「少しでよろしければ、この単春秋がお供いたしましょう」
 「まことか、護法」
 阡陌の顔が輝く。ほんとうに。あまりに艶やかな花のようで、春秋はもはや言いなりになるしかない。
 「鳳凰めをお呼びください」
 苦笑を抑えて春秋がそう言うと、阡陌は不安そうな顔をした。
 「鳳凰は、わたしを覚えていようか」
 心細げにそう言った声もいとけなく、春秋は努めて優しく答えた。
 「無論です。あれの主は聖君をおいてほかにありませぬ。聖君がご一緒ならば、わたしごときの妖力でも御せましょう」
 すると阡陌は嬉しそうに微笑んだ。
 「頼むぞ、頼りにしている」
 かけられた言葉の嬉しさに、春秋は心蕩ける思いで微笑み返していた。
 


   * * *


 長留は、かつてと変わらず美しい。
 各門派の掌門らが代替わりし、殊にその要たる長留から白子画の去ったことで一時凋落した仙界であったが、その勢力はじわじわと盛り返しつつあると聞く。
 「長留の笙箫默と蜀山の雲隠めが、いまの仙界をとりまとめている由。それから、長留の尹幽若が成長著しいとも」
 単春秋がそう教えてくれる。しゃがみこんで花の香りをかいでいた阡陌は、顔を上げて少し首をかしげた。
 「尹幽若? 小不点の弟子とやらか?」
 「御意。ご覧に?」
 春秋の問いに、しかし阡陌はかぶりを振った。
 「いや、よい。これ以上、長留とかかわりを持つ気はない」
 こうして思い出をたどれただけで、充分だ。
 過ぎし日。
 この草の上に座って、花千骨と語らった。せせらぎの音や小鳥のさえずりを共に聞いた。花千骨の朗らかな笑い声が、今も耳に聞こえるようだ。
 何もかも、懐かしいばかりの思い出だった。
 阡陌が目を閉じ、青草の匂いを吸い込んだときである。
 「聖君、おさがりを!」
 春秋の声を聞くまでもない。阡陌もまた気配を感じて身を翻していた。
 無数の光の矢が、たった今まで阡陌が腰を下ろしていた草の上へ、空から降り注いできたのだ。
 「魔道の輩が、長留に何用だ!」
 白い衣の仙人たちが、幾足りも蒼天に浮かんでいる。
 応戦しようと構えをとった春秋を、しかし阡陌は押しとどめた。
 「無益な諍いはもう要らぬ。我らが去ればすむこと」
 春秋は忌々し気に喉の奥で唸ったが、すぐさま阡陌の身体を抱え、舞い降りてきた鳳凰の背へと飛び移った。
 剣を振りかざして追いすがろうとする仙人たちを、鳳凰はその羽ばたきで跳ね飛ばし、天高く舞い上がる。見る間に長留は小さくなっていった。


   *


 鳳凰の背で、阡陌は春秋の腕に抱き寄せられていた。
 長留は変わらぬ。こちらが手出しせずとも、ああして排除しようとする。それでも、あれは花千骨の第二の故郷。小不点があれほど愛し、守ろうとした場所なのだ。虚しさが、阡陌の胸をしめつける。
 「花蓮村へ」
と、阡陌は低く命じた。
 「花千骨の?」
 春秋は少し不服そうな声を出したが、特に異は唱えなかった。
 鳳凰の舞い降りた場所に、しかしながら花千骨の家は跡をとどめていない。
 「小不点の生家は、すでにないのか」
 「あれから随分時がたちましたゆえ」
 たしかに、人界にとっては、長い年月であったろう。
 古井戸だけが、ぽつねんと残っていた。寂寞としたその風景に、阡陌は溜息をもらす。
 「喉がお乾きでしょう」
 単春秋が、妖力を使って井戸から水を巻き上げた。それを掌に受けて、春秋は阡陌の口元へと差し出してくる。
阡陌は少し微笑んで、春秋の手から水を飲んだ。
 「少し、休んでいってよいか」
 幾分、疲れていた。
 眠りから醒めていまだ数日、遠出が些か身に堪えたのだ。
 「何か召し上がるものを探してまいります。お動きになりませんよう」
 木の切り株に腰を下ろした阡陌に、春秋がそう言いおいて姿を消した。
 
 人界には、すでに知る者とてない。この国の皇帝も代が変わり、かつて花千骨が交わった者たちは既に天河へ召された。
 不意に。
 何かが宙を切る音がして、阡陌は顔を上げた。
 「なっ‥‥‥」
 思わず、手で顔を庇う。
 がつっ、と手の甲に当たったのは、石礫であった。
 「何奴」
 問う暇にも石礫は次々に投げつけられ、阡陌はようよう近くの樹上へ舞い上がった。今の阡陌にはこの程度の軽功さえやっとのことだ。
 「なにゆえわたしに害をなす」
 樹上からそう問う。
 手に手に鍬や鋤を握った村人たちが、憎悪をこめてこちらを見上げている。
 「なにゆえだと? さっき連れの男が怪しげな力を使っていたのを見たぞ」
 「魔物め、とっとと村から出ていけ」
 「ここは貴様のような化け物のすむところじゃない」
 ぎくりとした。
 かつて。
 花千骨も、こうして村人たちに追われたのだと聞く。
 村人たちは人外の力に、恐怖と憎悪をぶつけようとしている。その必死の形相が、怖ろしかった。
 (小不点。そなたはかような悪意にさらされて、それでもそれを恨みもせず、憎みもせず、耐えていたのだな)
 この愚かな度し難き衆生を、花千骨は命がけで守ろうとした。なんという強さ、なんという気高さだろう、と今にして思う。
 ふわり、と身体が宙に浮く。
 いつの間にか、単春秋の腕に抱かれていた。
 「聖君、ご安心を。この単春秋が参りましたゆえ」
 「春秋」
 思わず、春秋の袖にすがった。
 力を持たぬことが、これほどまでに心細いものだとは、ついぞ知らなかったのだ。力を持つ者は、それだけで畏怖の対象となると、今になってようやくそれがわかる。怖れられ、意味嫌われたわけが。そして、仙海の者共が、下界では決して法力を使わぬわけが。
 「聖君」
 驕っていたわけではない。ただわからなかったのだ。なにゆえ、己という存在が受け入れられぬのか。
 「この世がわたしを受け入れぬならばわたしがこの世を従えればよいと、なんと幼い考えであったことか」
 春秋に抱かれて礫の届かぬ高みへ舞い上がり、阡陌は鳳凰の背に落ち着いた。
 「お許しください。わたしが軽々しく人界で妖力を使ったせいで」
 「よいのだ」
 人の心は、弱い。
 弱さゆえに、たやすく悪へと走る。
 仙界の者どもは、その弱さに打ち勝つことを強いる。
 だが、それでも人は、そう強くはなれぬのだ。強く気高くまっすぐに心を保とうとすれば、それは究めれば究めるほどに、ぽきりと折れてしまいかねぬ。そもそも常人では、己をそこまで御せはせぬのだ。それゆえ、臭いものに蓋をして、君子になった気で取り澄ます。摩厳がよい例ではないか。
 弱き心を覆い隠すことが、尊いわけでは決してない。己を知り、己に誠実な生き方をすればよい。
 人が情に流されて何が悪いのか。大切な者のために、身も心も捧げる。それは尊くこそあれ、決して罪咎のないことだ。
 何が是で、何が非か。
 白子画は、見誤っていたと思う。
 あの花千骨の、どこが非であったろう。摩厳が是で、花千骨が非であるなどと、誰が言えようか。
 だが、白子画とて神ではない。その誤りを咎めてなんとするのか。
 摩厳はおのが罪を悟り、死に瀕した花千骨に命を与えて力尽きた。
 白子画もまた、張りつめていた心をようやく解き、己の思いを受け入れた。
 誰もが、過ちを犯すのだ。
 己もまた。
 あまりに心が未熟であった。強き力を持ちすぎて、心がそれに伴わなかったのだ。
 己の弱さを知って初めて、人は真に強くなれるのかもしれぬ。弱さから目をそむけようとすればするほど、人の心は闇に落ちる。
 「春秋。これからも、わたしを支えてくれるか」
 「無論にございます」

 この世は、変わらぬ。
 そうたやすくは、変われぬのだ。
 仙界の者らはいまだ魔界の者を認めず、人界の者らは自分たちの持たぬ力を畏れ忌み嫌う。
 それをこの目で確かめた。
 「七殺殿へ戻りましょう」
 春秋の腕の中で、阡陌は小さくうなづいた。

 花千骨は、今頃いずこを旅しているであろう。
 あれほど慕った白子画と共に生きる喜びを、噛みしめているのだろうか。

 竹染への恨みは消えぬが、かの者も老いて執着を断った。今はただ、琉夏の菩提を弔いながら余生を送ると聞く。今更、咎める気にはならなかった。

 そして。
 幾星霜経たとても、やはりこの世はそう代わり映えすまいと思う。
 それでも。 
 この命ある限り、見届けたい。
 多くの者が、過ちの中で惑い、苦しみ、やがて散っていった。
 今こうしている間にも、人々は争い、妬み、憎み合いながら、それでも生きているのだ。
 
 「わたしは果報者よな」
 弱き己を認めることは、あまりに心細い。だが。その時、そばにいてくれる者があれば。
 「幾度でも申し上げます。生涯、おそばでお守りすると」
 春秋の言葉に、阡陌は微笑んだ。
 たとえ天下のすべてに憎まれようと、ただ一人でもそばで支えてくれるなら、それを果報と呼ばずしてなんとしよう。
 今ようやく。
 阡陌の心は満たされていた―――。
 
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