琅琊榜

仲秋 (『琅琊榜』 #1以前)

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昨日、『第601個電話』なる映画を見まして。
死に瀕した胡歌しゃんが差し伸べた手が美しくて、宗主で書いてみました。


 「起こしてくれ」
 梅長蘇は、黎綱に手を差し伸べた。
 「いけません。このところずっとお加減が優れぬではありませんか」
 確かに、今朝は一段と身体が重い。ほかならぬ自分が、一番よくわかっている。
 「今日は、武陵幇の幇主が来る」
 「宗主は急な用でご不在とお伝えいたします」
 黎綱はそう言って、長蘇を寝床から出すまいとしたが。
 「そうもゆくまい」
 ようやく、江左盟の地盤を築き始めたばかりだ。周囲の幇は、こちらの力量を値踏みしている。これまでろくな動きのなかった江左盟が、このところじわじわと勢力を広げ始めたことは、いやでも江湖の均衡に影響する。近隣の幇から、近頃度々牽制がかかった。
 ここで隙を見せるわけには行かぬ。
 江左盟宗主は武功を持たぬ半病人らしいと、既に噂は広がりつつある。それはよいのだ。無駄に警戒されるよりは、今はまだ、とるに足りぬ小さな幇だと思わせておけばよい。幇同士の小競り合いになどかかずらわっている暇はないのだ。 しかし、だからといって、あまりに侮られるのもよくはない。そのところの匙加減を、黎綱らに任せるわけには行かなかった。
 「大丈夫だ。客人の前で倒れるような失態はおかさぬ」
 黎綱に着替えを手伝わせ、髪を結い終えてもらうと、それだけで疲れ果てて、座っていることすら難儀な有り様ではあったが、長蘇にはこの日、楽しみがひとつあったのだ。
 「夕刻までには藺晨が到着する。吉さんに、月餅と団子汁の準備はよいか、今一度念押ししておいてくれ」
 そう命じると、黎綱は「是」と頷いて下がった。
 今宵は仲秋。
 共に月を愛でようと、藺晨はそう言っていた。
 月が夜毎に肥えるのが、この半月ばかり、長蘇は楽しみでならなかった。


   * * *


 藺晨が廊州の屋敷に着いたとき、長蘇は既に臥せっていた。
 武陵幇の幇主を饗応し、その客を上機嫌で帰した後、長蘇はひどく血を吐いて倒れたのだと言う。
 (莫迦めが)
と思う。
 病状は思わしくない。
 琅琊山から出すときには、可能な限りまで体調を整えてやったはずだ。それがたったの幾月かで、こうまで疲弊するとは。
 「ちょっと目を離すとこれだ」
 苦し気にあえぐ長蘇の身体を抱き起し、薬を飲ませてやる。
 熱に潤んだ目を、長蘇は障子のほうへ向けた。
 「―――月は?」
と、細い声で尋ねる。
 「ああ、見事なようだ」
 そう答えると、長蘇は切なげな表情をした。
 「‥‥‥見たい」
 甘えるように、そう請う。
 「夜風が障る」
 「‥‥‥着こめば、平気だ」
 長蘇が言い出せばきかぬことくらい、藺晨もよくわかっている。
 『月見を、楽しみにしておいででしたのに』
 黎綱がそう言っていた。
 「好。年に一度の仲秋なればな」
 藺晨は長蘇の身体を毛毯でくるみ、抱き上げて回廊へと出た。
 長蘇の目が、虚空を彷徨う。
 「月‥‥‥」
 「ああ。美しいな」
 藺晨がそう言うと、長蘇は嬉しそうな顔をした。
 長蘇の白い手が、秋の夜空にかざされる。
 その手の美しさに、藺晨は長いため息をついた。


   * * *


 「昨夜は残念なことでした」
 朝餉を運んできた黎綱が、そう言った。
 え?と思う。
 藺晨は姿が見えない。どこかで飛流をからかってでもいるのだろう。
 「折角の仲秋だというのに、ああ雲が多くては」
と、黎綱は言う。
 「ですから、ご覧になれなかったのは宗主だけではありませんよ」
 そう慰める黎綱の言葉に、長蘇は目を瞬かせた。
 月は、―――出ていなかったのか。
 正直、昨夜の長蘇は朦朧としていた。視界はぼやけて、月などほんとうはよく見えなかったのだ。
 それでも藺晨が美しいと言うから。
 白い月が、うっすら見えた気がしたのだ。
 長蘇は仄かにほほ笑んだ。
 「‥‥‥悪いが、わたしには見えたぞ」
 「は?」
 黎綱が怪訝な顔をする。
 「美しい月だった」
 「―――ああ。夢をご覧になったのですね」
 そう言って黎綱が少し笑った。

 夢でも、幻でもよい。
 長蘇の瞼の裏に残っている昨夜の月は、実に美しかったのだ。


   * * *


 「長蘇。今宵もよい月が見えそうだ」
 藺晨はそう言って、長蘇の部屋へ入った。
 「また共に愛でるだろう?」
 藺晨にしてみれば、昨夜の嘘が幾分疚しい。今夜、まことの月見をして埋め合わせをしたいと思ったのだが。
 「よい。昨夜の月に堪能したゆえ」
 長蘇にそう言われて、藺晨は微かに眉を寄せた。
 が。

 まあ、よいと思う。
 昨夜の月は。
 ふたりだけのものだ。
 ほかの誰にも見えぬ、自分と長蘇だけで愛でた月だ。

 小さく笑って、藺晨は庭へ目をやった。
 そして、ふとその片隅に目を止める。
 「曼殊沙華が咲き残っているな」
 朱い曼殊沙華が半ば萎れたその中に、一株だけ。
 真っ白な花が、瑞々しい姿を保って凛と立っていた。
 (ああ‥‥‥)
と、藺晨は嘆息した。
 昨夜。
 見えぬ月へ向かって伸べられた、長蘇の白い手。
 その美しい手と、真っ直ぐに立った清らかな白い曼殊沙華は、不思議なほど似通っていた。

 あと幾日、ああしてあそこに咲いていられることだろう。
 花は散り、月もまた痩せる。
 けれど、たとえ短い命でも、その美しさは藺晨の胸に残る。
 それでよい、と思った。

 「寒い」
 長蘇が文句を言う声がした。
 「わかったわかった」
 藺晨は今いちど庭の隅を一瞥してから、障子を閉めて美しい友を振り返ったのだった。



 
 
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