琅琊榜

牙印 ( 『琅琊榜』 #1以前 )

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わたしは中国語がてんでダメなので、原作は最初の数ページで投げ出してしまったのですが、友人から聞いた話によれば、景睿と豫津は互いに齧り合って育った仲だとか。
めちゃ萌え~♡
更に、それ、景琰と小殊だったら!!と考えて萌えまくりました。
で、書いてしまった(^^;


 「いたッ!」
 景琰は、我ながら泣き出しそうな情けない声を出した。
 「いたいよ、小殊」
 「我慢しなきゃ駄目だろ。ほら、景琰も」
 林殊が怒ったようにそう言って、ぷっくりとした柔らかな頬をこちらに向ける。  
 「いいのか? ほんとに痛いんだぞ?」
 「いい! ほら、ここ!思い切りだからなッ」
 ひとつ年下の林殊に、景琰はいいように振り回されている。
 「うん・・・・・・」
 景琰は言われるがまま、顔を近づけた。もうさんざん、いやだと言ったのだ。なのに、林殊は頑として譲らない。
 どうなっても知らないからな、と景琰は半ば自棄を起こしていた。
 「うわッ!」
 林殊が声を上げる。慌てて景琰は飛びのいた。
 「だから言っただろ、痛いって」
 「だ、だ、大丈夫。これくらい」
 切れ長の目尻に涙を溜めながら、幼い林殊はやせ我慢をする。
 「でも、痛そうだよ、小殊。血がにじんできた」
 ぺろり、と林殊の頬を舐めた。
 林殊はくすぐったそうに、目を細めた。



   * * *



 「それで? どうしたというのだ、その歯形は」
 父・林燮に問い質されて、林殊はしれっと言ってのけた。
 「景琰に、噛まれました」
 「は?」
 一瞬、あっけにとられたように林燮は口を開けた。状況が飲み込めずにいる。林殊は、もう一度、ゆっくりと繰り返した。
 「景琰に、噛まれたんです」
 父が眉をひそめる。
 「景琰、ではなくて、殿下、だ」
 ああ、と林殊は頭を掻いた。
 「―――殿下に、噛まれました」
 言い直したところで、事実は同じだ。
 林燮が、苦り切った顔で問う。
 「お前、まさか、景睿と豫津の真似を・・・・・・?」
 従弟の景睿は、まだやっとよちよち歩きを始めたばかりだ。言家の嫡男・豫津はといえば、景睿より更にひとつ下で、まだ這うことしか出来ない赤子である。ところが、この二人の仲の良さが、いま宮中ではちょっとした話題になっているのだ。
 赤子はなんでも舐めたり齧ったりして確かめる。この二人ときたら、互いをかじって確かめ合うのだ。大人がほんの少し目を離すと、涎まみれになりながら、顔に歯形をつけあう。つい先日、林殊の母・晋陽長公主に、妹である莅陽長公主がそう言って笑ったのだ。莅陽長公主は、景睿の母である。
 「景睿と豫津がやっていて、わたしと景琰がやってはいけないという道理はありません」
 林殊はまっすぐ父の顔を見てそう言った。父は小さくため息をつく。
 「景睿と豫津は、まだやっとよちよち歩きの赤ん坊ではないか。そなたはいい加減に分別を・・・・・・」
 言葉の途中で、林燮はもっとも重大なことに思い至ったようだ。
 「そなた、もしや殿下にも・・・・・・」
 林殊はにっこり笑った。
 「わたしは歯並びがよいから、綺麗な歯形がつきましたよ」
 「小殊―――!」
 林府に、怒号が轟いた。



   * * *



 「小殊!」
 勢い込んで部屋へ飛び込んできた景琰は、おや、というようにいぶかしげに辺りを見回した。
 「叔母上がお見えと伺ったので・・・・・・」
 振り返った母と叔母に、景琰は一礼しておずおずと歩み寄る。部屋の隅々へ目を走らせたが、探す相手は見つからない。
 「申し訳ありません、殿下。今日は、小殊は連れて参らなかったのですよ」
 晋陽長公主が、苦笑いを浮かべた。
 「どうして・・・・・・」
 いつもならば、必ず息子を伴う叔母であった。何かあったのだろうか、と景琰は不安でいてもたってもいられなくな。
 「殿下。こちらへ」
 叔母に手招きされて、景琰はそばへ寄った。叔母の指先が、景琰の頬に触れる。
 「やっぱりまだ痕がのこっておいでですね」
 「あ」
 景琰は慌てて頬を押さえた。が、もう遅い。
 「あの子ときたら、皇子の顔に歯型を残すとは」
 景琰は警戒して、言葉を選んだ。
 「・・・・・・もう痛くはありません」
 叔母は淡く微笑んだ。
 「齧られたときは、痛かったのでしょう?」
 「―――すこし、だけです」
 叔母の顔色をうかがいながら、景琰はそう答えた。叔母は困ったような顔をして、溜息をつく。景琰は狼狽えた。
 「ほんとうに、なんでもありません。わたしだって小殊の頬を噛みました。小殊の顔にも歯形が残っていたでしょう?」
 まずいことになった、と思ったのだ。こうなるのではないかと、危ぶんでいたのだ。
 「あの子は臣下なのですよ。皇子に傷をつけるなど、臣下にあるまじき非礼でしょう。いかに従兄弟とはいえ、あと幾つか齢がいっていれば、ただではすまされません」
 「どうして! わたしが許したのです!」
 だからやめようと言ったのだ。痛いのがいやで渋ったわけではなかった。こうなることが、わかっていたから。なのに林殊にはまだ、すこしもそんな分別がありはしないのだ。

 「小殊は、罰を受けたのですか?」
 胸をざわつかせながら、景琰は問うた。
 「陛下はお許しあそばしたのですよ。子供のしたことだからと仰せになって」
と母・静嬪が横から口を挟んだが、叔母はゆるゆると首を振った。
 「陛下がお許しになっても、それでは示しがつきますまい。父として林燮どの自ら、小殊に罰をお与えになりました」
 「林主帥が」
 どきん、とした。
 林燮は、跡取りの林殊に厳しい。自分と林殊が同じ過ちをしても、林燮は息子だけを厳しく罰した。場合によっては、自分のぶんまでを林殊にかぶせて罰を与えるのだ。
 母が痛まし気に眉を寄せて言った。
 「小殊はひどくぶたれて―――、可哀想に起き上がることも出来ぬそうですよ」
 「・・・・・・そんな」
 こんな歯形くらいで、と悔し涙が溢れそうになる。
 たかがこれくらいのことで、林殊はひどい罰を受けたのだ。
 自分と林殊の間には、それほどの隔てがあると、改めて思い知る。決して景睿と豫津のようにはゆかぬのだ。

 「母上。小殊の見舞いに行かせてください」
 ちら、と静嬪が長公主の顔を見た。
 「今日は林燮どのが出かけておいでゆえ、少しくらいなら構いますまい。ちょっとした悪戯心の結果を、伝かもご自分の眼でお確かめなさい」
 叔母はそう言って微笑した。自分の眼で―――。それが、自分に与えられる罰なのだと、景琰は幼心に理解した。



   * * *


 「小殊」
 林殊は牀台に、ぐったりとうつぶせになっていた。
 こちらを向いた顔が赤い。ひどく熱があるのだとわかった。
 「―――景琰」
 それでも林殊は笑おうとした。手をのばそうとして、小殊は痛みに息をつめ、ぎゅっと目をつむった。
 「小殊!」
 慌ててそばへ駆け寄った。
 「痛むのか?
 「なんでもない。これくらい、平気だから」
 そう言って、林殊は目を開け、景琰の顔を見た。
 小さな手が、そっと差し出された。
 そして林殊は、嬉しそうな顔をする。
 「―――よかった。まだ残ってた」
 林殊の指が、景琰の頬の歯型をなぞった。
 「莫迦。主帥に聞かれたら、また・・・・・・」
 「平気だよ。いくらぶたれたって、かまわない」
 痛みに顔をしかめて、林殊は手をひっこめる。しばらくぐったりと目を閉じてから、もう一度景琰を見上げて笑った。
 「どんな罰を受けたって、いいと思ったんだ。景睿や豫津が、うらやましくて、悔しくて」
 景琰は、目を瞠った。
 ―――はじめから。
 わかっていたのだ、林殊には。
 皇子の自分に傷をつければ、どんなことになるのか。

 身分が違う。
 そのことを、林殊は自分よりずっとわきまえているのだと、初めて景琰は悟った。

 ひとつ年下の林殊寄り、自分のほうがずっと分別があると思っていたが、それは大きな間違いだった。
 罰を受けると知っていて、それでも林殊は自分と歯型を交わしたがったのだ。変わらぬ友情のしるしだと言って。
 「でも、・・・・・・じきに消えてしまうね」
 残念そうに、林殊は言った。こんなつらい思いをして交わした歯形も、じきに薄れて無くなってしまう。
 しかし。

 「見えなくなるだけだよ」
 景琰は言った。
 「じきに歯形は見えなくなるけれど、わたしはずっと覚えているから」

 頬に触れた、林殊の唇の柔らかさ。
 少し肌を吸うようにしながら、甘く歯を点てられたときのくすぐったさ。
 そして、その歯に少し力をこめられた、あの痛み。
 それから。

 罰を受けて弱った友の、熱を帯びた頬に景琰は触れた。
 「小殊のほっぺたにも、まだ残ってる」
 自分がつけた歯形だ。
 林殊の頬は滑らかで、柔らかかった。つい力が入りすぎて、血がにじむほど噛んだのだ。

 「わたしも、忘れない」
 林殊がそう言って、熱い息をこぼしながら笑った。

 これくらいの罰ですむのは、今回限りだろう。次はもうないと、ふたりともが知っている。
 景睿と豫津は、これからも互いの頬を齧り合いながら育つだろうが、自分たちはそうはゆかぬのだ。
 長じるにつれて、ふたりの間の隔てはさらに大きくなるだろう。それがわかっているからこそ。林殊はいま、しるしをほしがったのだ。

 「うん・・・・・・。うん、小殊」
 
 林殊の額に、景琰は自分の額を押し付けた。 
 林殊の額は、熱く汗ばんでいる。可哀想に。これが、ふたりの間の隔てを越えた結果だ。
 林殊はその身に罰を受けたが、景琰はその傷よりもさらに深く、心に刻んだ。
 
 けれど。
 その罰の痛みよりも。
 あの甘やかな、頬の痛みをこそ、景琰は忘れまいと思った。
 
 目に見える傷跡は消えても、心についた歯形は生涯消えることがない。
 ふたりの、友情のあかし。

 決して忘れはすまい、と景琰は思った。
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