琅琊榜.風中の縁

蒼き狼 5 (『琅琊榜』『風中奇縁』)

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4で一応完結したつもりだったんですが、ありがたいことに続編を希望していただいたので、蛇足ながら続きを・・・・。
ちょっとこのところ間が空いて、うまく話が進められませんでしたが、久々の藺循です♡
どうやら『宝宝 1』の途中くらいのタイミングの話かと思います。


 「それで? 何をしに来たと?」
 うんざりした調子で、梅長蘇はそう言った。
 もう彼是一刻以上、愚痴とも惚気ともつかぬ与太話を聞かされ通しなのだ。
 「わたしと景琰に、仲人でもせよと?」
 「まさか」と、藺晨は片眉を上げて見せたが、どことなく満更でもない様子なのが呆れる。
 藺晨が莫循にぞっこんなのは、もうよくわかった。藺晨自身は口に出さずとも、ほかでもない自分自身がさんざんにこの男の庇護を受けてきた長蘇である。藺晨をもっとも理解しているのは自分だと知っている。藺晨の莫循への執心ぶりは、並大抵ではない。
 「わたしはあの男に苛立っているのだぞ? 言いたいことも言わず、やりたいこともせず、家令や下僕にまで遠慮し、何から何までのらりくらりと曖昧に躱す、呆れてものが言えぬではないか」
 「わかっているとも。言いたい放題やりたい放題、傍若無人のお前とは、正反対だと言いたいのだろう?」
 「你・・・・・・」
 言葉に詰まった藺晨に、梅長蘇はにっこり笑って見せた。
 「どっちもどっちだな」
 『破磨配跛驴《襤褸の碾き臼にぴっこの驢馬(割鍋に綴蓋)》』と言うではないか、と口にしかけて、梅長蘇はやめた。藺晨が『襤褸の碾き臼』なのはともかく、脚の悪い莫循に『びっこの驢馬』では洒落になるまい。が、藺晨は聡かった。
 「うちの驢馬は、ああ見えて頑固でな。使いこなすには骨が折れる」
 こちらの言わんとしたことをあっさり言い当てられて、梅長蘇は思わず苦笑する。この男にとっては、跛驴は忌諱に触れる言葉などではないのかもしれぬ。かつて、この自分がどのような姿であれ、藺晨は変わらず愛情を注いでくれたものだ。莫循のことも、丸ごと愛おしんでいるのだろう。少しばかり受け身で厭世的で、それでいて頑固なところも、そして脚が不自由なことさえも。
 少し。―――羨ましいと思った。
 この男に守られていた頃、自分もまた安心して好きなことを言い、好きなように振る舞えた。今はどうか。
 景琰の顔色を窺い、景琰の体面に泥を塗らぬよう気遣い、王妃を立て、この林府で息をひそめている。これほど心を砕いて景琰に仕えても、王妃が懐妊してからは景琰の足は遠のくばかりだ。
「どうした?」
ほんの一瞬、日頃の憂さに気を取られたのを、途端に藺晨に見とがめられた。
「亭主への愚痴なら、いつでも聞いてやるぞ? 亭主に飽きたなら、おまえと莫循、ふたりまとめて面倒見てやってもよい。それこそ両手に花というものだ」
 藺晨の軽口に思わず笑ったところを、不意にそっと抱き寄せられた。
 「藺晨?」
 すこし戸惑って、梅長蘇は身体を固くした。 
 「莘月は―――」
 抱きしめられたまま、そう話を逸らす。
 「元気にしているか?」
 「―――ああ。いずれ腹も大きくなってくる」
 犬は身ごもってふた月で子を産む。狼も似たようなものだろう。靖王妃よりはずっと早く、子が産まれることになる。
 「産まれたら、佛牙にも見せてやってくれ」
 梅長蘇がそう言うと、藺晨は鼻で笑った。
 「犬ころ風情が、己の子だとわかるものか」
 「佛牙は賢い。可愛がるに違いない」
 仔狼と戯れる佛牙の姿を想って、長蘇は微笑んだ。そんな佛牙を見て、景琰もまた間もなく父親となる己を思い浮かべるだろうか。
 また物思いに沈み込みそうになった途端、藺晨の腕にすこし力がこもった。
 「さっきのように笑っていろ。笑っていてほしくて、手放したのだからな」
 ぽんぽんとあやすように背中を叩かれて、梅長蘇はゆったりと藺晨の肩に顔を凭せ掛ける。
 この男ときたら、恐らく訪れた時からこちらの顔色など見通していたに違いない。それでも一言も触れず、まるで気にも留めぬふうに己の惚気話を披露して見せた。埒もない話をしながら、こちらの気の緩むのを待ってくれていたのかもしれぬ。
 この優しい手を振り切ったのは自分だ。景琰が愛しくて。景琰のそばにいたくて。
 そんなことさえ、―――見失いかけていた。
 景琰と生きてゆく。
 藺晨と莫循のように、景琰と自分もまた、睦まじく生きていきたい。
 少し心が軽くなった思いで、梅長蘇はゆっくりと藺晨から身体を離した。
 「―――わたしも一度、石舫を訪れてみよう。あちらとて、お前に対する愚痴が山のようにあるやもしれぬ。お前の話ばかり聞いていたのでは片手落ちというものだ」
 そう言って笑うと、藺晨もにやりとした。
 「ふたりでわたしの悪口を言うつもりだな。好、貴様らなんぞ束にして襲ってやるから覚悟しておくのだな」
 梅長蘇は呆れて、眼前に迫ってくる藺晨の唇を掌で押し戻す。
 「そんなことをしてみろ。景琰が黙ってはおらぬ。景琰はほかの皇子とは違って腕もたつぞ?」
 「やれやれ、亭主自慢か? 聞くに堪えんな」
 興ざめしたように藺晨が肩をすくめる。梅長蘇は苦笑いした。
 「お前の惚気をさんざん聞いてやったと言うのに」
 不服を口にした梅長蘇に、藺晨が微笑う。
 「まあ、せいぜい、うちの奥さんの話し相手になってやってくれ」
 「お前こそ、もう亭主気取りか」
 やはり愉快な男だと思う。愉快で、心優しく温かい。これほどの男を袖にしたのであってみれば、自分は幸せに過ごさねば罰が当たる―――。梅長蘇は、笑って自分にそう言い聞かせた。



   * * *



 「それは駄目だ」
 藺晨が言下に拒絶したので、莫循は少しばかり驚いた。
 「手に入らぬと?」
 「わたしを誰だと思っている? 手に入らぬはずがない。だが、それは駄目だ」
 剣もほろろな言いざまに、莫循もさすがにむっとしたが、それはおくびにも出さない。こんな些細なことで口論になるのはいやだった。
 初めて、莫循のほうから藺晨へ仕事の話を持ちかけたのだ。石舫では近々、西域から大粒の緑松石をまとまった量で買い付ける話がついている。琅琊閣で東海の大玉真珠を調達できるなら、東西の宝玉を並べて商えるというものだ。共に商いをしたがっていた藺晨が、喜ばぬはずがないと思っていた。それなのに。
 「東海の真珠など、梁に入れるつもりはない」
 とりつく島もない。
 「この話はここまでだ。石舫は、緑松石でも漬物石でも好きに商うがいい。だが、東海の真珠には手を出すな」
 そう言うなり、藺晨は席を蹴って部屋を出て行ってしまった。
 「九爺、藺閣主はいつになく不機嫌そうなご様子でしたが、何かもめごとでも?」
 藺晨と入れ違いに、石風が気がかりそうに後ろを振り返りながら部屋へ入ってきた。
 「知らぬ。あの御仁が勝手に機嫌を損ねたのだ」
 莫循は冷めた茶を飲み干すと、茶杯をどんと卓へ置いた。渠らしくもない荒々しい仕種に、石風が目を丸くしている。
 「九爺でもそのように腹をお立てになることがあるのですね」
 言われて莫循は恥じ入った。
 「・・・・・・すまぬ。腹を立てているつもりはなかったのだが」
 「いえ。なんとなく、安心しました」
 石風が人の好い笑顔を見せる。
 莫循は、なんとなくどきりとした。『大善人』は人並に怒ることさえないと、いつの間にかそう思われていたのだろうか。
 事実、莫循は人前で己の喜怒哀楽をさらけ出すことは、極力控えてきたのだ。控えねばならぬ、と思ったわけではなく、感情を表に出すことがどことなく怖かったせいでもある。
 (わたしは、人とは違うゆえ)
 異民族を祖父に持ち、わずかながらも皇族の血をも引き、誰もが羨む富をに恵まれ、それでいながら身体は不自由だ。 人は自分を見るとき、畏れと羨望と憐憫の色を、その顔ににじませる。それらが、どうかした拍子に、簡単に嫌悪に変わることを、莫循は幼いころから知っていた。それゆえに、莫循は己を抑えるすべを身に着けた。もう長いこと、こんなふうに人前で感情を露わにすることなどなかったのだ。
 せんだって、自分がよく笑うようになったと、そう言ったのも石風だ。笑い、そして怒る、そんな当たり前のことさえ自分はしてこなかったのだと、今更ながら気づかされた。
 「温かいお茶を淹れなおしてきます」
 石風が去った部屋は、ひどく静かだった。
 


   * * *



 ああ、それは・・・・・・、と梅長蘇は言った。
 「申し訳ありません。わたしのせいかと」
 苦笑いした梅長蘇の顔を、莫循はつくづくと眺めた。ほんとうに、呆れるほどよく似ている。
 佛牙を連れて初めて石舫を訪れた梅長蘇は、この部屋に落ち着くまで、随分物珍し気に邸の中を見回していた。見かけによらず好奇心の旺盛なかただ、と莫循は可笑しくなった。藺晨がよく、『あやつはああして取り澄ましてはいるが、中身はがさつで大雑把で大人げないのだ』と梅長蘇を評する。それは言い過ぎというものだろうが、初対面の折りの老成した優雅な物腰は、どうやら『よそ行き』であったらしいと莫循も合点した。
 「梅宗主のせい・・・・・・というのは、それは一体?」
 茶を注ぎ足しながらそう尋ねた莫循に、梅長蘇は言った。
 「藺晨は、わたしを気遣ってくれたのですよ」
 「梅宗主を?」
 なんとなく。―――すぐに腑に落ちた。
 あの藺晨が、あそこまで頑なに自分の提案を断るからには、よほどの理由が必要だ。それは普通の尺度で考えるような理由ではなく、藺晨にとってもっとも大切な―――。
 (梅宗主が絡むとなれば、あの態度もうなづける)
 自分に理由を言おうとしなかったのも、わからなくない。明け透けで無神経なようでいて、藺晨は存外気配りの行き届いた男であると、付き合うほどに莫循にも察せられる。梅長蘇を思いやると同じく、この自分に対しても気を遣ってくれているのだ。
 梅長蘇は淡く微笑んだ。
 「わたしの手元には、東海の大玉真珠が一粒あります。ちょうど、鳩の卵くらいの」
 指で大きさを示した見せる梅長蘇は、どことなく悪戯めいた笑みを浮かべている。
 「それはまた随分大きなものですね。さぞ高価なものでしょう」
 「恐らくは。されど―――」
と梅長蘇が言葉を切って笑う。 
 「紛い物なのですよ」
 え? と莫循は瞬きした。梅長蘇は可笑しそうに笑っている。
 「見る者が見れば一目でわかります。あれが真珠などであるものですか」
 「しかし・・・・・・」
 あまりにあっけらかんとした言いように、却って莫循は戸惑ったが、梅長蘇は気にも留めぬ様子だ。
 「ええ。随分な値で贖ったに違いありません。それだけの代価を支払った以上、それに見合う価値が生まれるというもの。そして、わたしの為にその金子を費やして贖った者の思いがこもっているはず。―――真贋がどうあれ、わたしにとっては本物の宝です」
 「―――では、殿下からの?」
 莫循がそう尋ねると、梅長蘇は曖昧にほほ笑んだ。
 「それゆえ、藺晨はわたしに気を遣ってくれたのです」
 朧げに、―――わかった気がした。
 梅長蘇がすこし困ったように目を伏せる。
 「どうか、お気を悪くなさらぬように」
 その言葉に、莫循は少しだけ苦笑した。
 「もともと西域の緑松石だけで十分な商いになります。是非とも東海の真珠と抱き合わせねばならぬというわけではありません」
 「いえ、そういう意味ではなく―――」
 くすっ、と梅長蘇が笑った。
 「少しは妬いてさしあげてください」
 「は?」
 思いもよらぬことを言われて、莫循は呆気にとられた。そんな自分を、梅長蘇は面白そうに眺めている。
 「藺晨は、さぞ口惜しかったことでしょうね。せっかくの貴方からのお申し出を台無しにするのは」
 梅長蘇がそう言った。
 「貴方と仕事をしたがっていましたよ。貴方がご商売に乗り気でないと言って、嘆いていました」
 「藺晨どのが?」
 口に運びかけた茶杯を、莫循は卓に戻した。
 「商才もおありで、人の上に立つ徳もお持ちだというのに、何ごとにも及び腰だと・・・・・・。ああ、失礼、これは藺晨が言ったのですよ」
 「お恥ずかしい限りですが、腰が引けているのは藺晨どののおっしゃる通りかと」
 ほんとうに少し愧じながら、莫循はそう答えた。
 「けれど、此度は貴方のほうから藺晨に商いの話を持ちかけられた」
 「―――ええ」
 確かに、こんなことは初めてだった。
 商いのことはこれまで配下の者たちに任せきりで、求められたときにだけ采配を振るうに過ぎなかった。だが、今回、謹言から緑松石の仕入れの話を聞いて、ふと思いついたのだ。東西の宝玉を競わせてはどうかと。石舫と琅琊閣が初めて手を携えるのには、うってつけだと思ったのだ。
 「二つ返事で、引き受けてくださると思っていました」
 「そうしたかったでしょうね、藺晨も」
 ゆったりと茶杯を干す梅長蘇に、莫循は本音を漏らす。
 「拒まれて、―――正直がっかりしました」
 「・・・・・・申し訳ありません」と、梅長蘇が苦笑した。
 「いえ、貴方のせいでは」
 そうは言ったものの、やはり正直残念な気がしたが。
 「されど、藺晨はもっとがっかりしたかと」
 梅長蘇の言葉に、莫循は伏せていた目を上げた。
 「そうでしょうか」
 「そうですとも」
 少し人を食ったような梅長蘇の笑みは、どことなく藺晨のそれに似通って見えた。



   * * *



 あれから、藺晨は石舫を訪れぬ。
 あんな去り方をしたゆえ、気まずいのだろうかとも思う。こちらから訪ねてゆければよいが、琅琊山は険しいと聞く。途中までは馬車で行けるが、最後は自分の脚に頼らねばならぬらしい。常は杖があれば歩けぬわけではなかったが、さすがに峻険な山道となれば自信がない。わざわざ誰ぞに輿を担がせるのも気が引けた。
 気を揉むままに時がたち、西域からの荷も無事に到着した。
 「早速、緑松石を見せろと、大口の客が何件か五月蠅く言ってよこしておりますよ」
 謹言がほくほく顔で言って、荷の中身を見せた。
 莫循は海を見たことがなかったが、その石は明るい大海原を思わせる。
 (自由の色だ)
と莫循は思った。
 自由で、生命力に満ちて、それでいて安らぎを感じさせる色。
 ふと―――、また藺晨のことを想った。
 その時である。
 「九爺。藺閣主がお越しです」
 緑松石の青に見入っていた莫循は、石風の声で我に返った。
 「藺晨どのが?」
 我知らず、頬が緩む。脚が自由ならば、いそいそと出迎えに立ったかもしれぬ。
 間もなく、賑やかな声が聞こえてきた。
 「もたもたせずにさっさと運び入れろ。落とすんじゃないぞ。瑕物になったら、お前たちの稼ぎでは十回生まれ変わっても償えぬ値だ」
 何やら、藺晨が荷を運び込む様子だ。
 怪訝に思って、莫循は車椅子を進めた。
 「藺晨どの?」
 荷を先導してようやく部屋に入ってきた藺晨を、莫循は見上げた。
 「何ごとです? その荷は一体・・・・・・」
 そう尋ねると、藺晨はにやりと笑った。
 「真珠の埋め合わせだ」
 藺晨はそう言うと、部屋へ運び入れさせた荷を解いて見せた。
 覗き込んだ莫循は、その美しさに息をのんだ。
 「どうだ? 東海ならば、真珠よりも断然これに限る」
 透明度の高い繊細な玻璃を、藺晨は大量に持ち込んできたのである。
 「このところ姿を見せぬと思ったら、これを・・・・・・買い付けに?」
 「そういうことだ」
 得意げな表情で、藺晨は軽く片眉を上げた。
 「どうだ? お前の緑松石に充分見合うと思うが?」
 「―――無論だ。こんな美事な玻璃は見たことがない」
 あまりの美しさに、目が離せない。
 すると、耳元でこうささやかれた。
 「お前に、よく似ているだろう?」
 「え?」
 少し驚いて顔を上げると、藺晨が笑っていた。
 「今にも壊れてしまいそうなくせに、鋭く尖って剣呑だ」
 莫循は、困惑して心持ち眉を寄せた。
 「・・・・・・それは、貶しているのか?」
 「まさか。これほど美しいものを貶すわけがなかろう?」
 「・・・・・・」
 この男の言葉は疑わしい。が、―――悪い気はしなかった。
 なにしろ―――。
 自分とて、緑松石に藺晨の面影を見ていたのだ。ならば。
 この緑松石と玻璃とは、―――似合いの一対ではないか。
 そんなことを思って、莫循は思わず頬を赤らめた。
 「なんだ? 顔が赤いぞ。熱でもあるのではないか」
 藺晨が額に手を伸ばしてくる。
 「そ、そうではない。貴方が騒々しくするゆえ、こちらまで少々気が昂っただけだ」
 こんな照れくさい思いをすることも、かつてはなかった。藺晨と出会ってからは、感情の波に翻弄されてばかりだ。
 「真珠を梁に入れぬのは、―――梅宗主のためなのだな」
 「・・・・・・なんだ。聞いたのか」
 悪びれもせず、ほんの少し肩をすくめただけで藺晨はあっさり認めた。
 琅琊閣が件の真珠を扱えば、皇宮の者たちとて贖わぬとは限らない。それが靖王の眼に触れることもあるだろう。
 「本物の大玉真珠を目にすれば、いかに薄ぼんやりしていたとて紛い物との差くらい気がつこうというものだ。あれは実際、ひどかったからな」
 藺晨につられて、莫循も苦笑いした。
 「宗主はもとより紛い物とご承知だが、殿下はそうとはご存じないのであろうしな」
 「偽物と知れば、さぞかし落胆するだろうな。なにしろ、本物と信じて十何年も大事にしていたらしいゆえ」
 それは初耳だ。
 「宗主にさしあげる為に?」
 藺晨はほろ苦い表情で笑った。
 「ああ。泣かせる話だろう?」
 「―――そうだな」
 確かに、泣かせる話だと思った。
 紛い物とも知らずに高値で贖い、慕わしい相手に渡せぬままに十何年も大切にしてきた靖王も。
 その靖王を想うがゆえに、己に足枷をはめた梅長蘇も。
 その梅長蘇に、今なお想いを残す藺晨も。
 「貴方ときたら、梅宗主のために、恋敵にまでそのように心を砕いてさしあげるのだな」
 靖王が傷つけば、梅長蘇もまた傷つく。それゆえに。
 「妬けるか?」
 ふふん、と藺晨が笑った。
 『少しは妬いてさしあげてください』と、確か梅長蘇は言っていた。なるほど、藺晨と梅長蘇は、打てば響くように互いをよく理解している。二人はどこか、同じ匂いがした。
 だが―――。
 莫循は思わず笑いを噛み殺した。
 「なんだ?」
 「いえ―――」

 緑松石と玻璃。色も風合いも、その成り立ちも、まるで違う宝玉たちが、今は一つ所に納められている。
 自分と藺晨もまた、まるで気性が違う二人でありながら、こうして出逢った。これも何かの縁だろう。

 この先もずっと。
 手を携えて同じ景色を見ながら歩んでゆけたなら。
 きっともっと、日々は輝くことだろう。

 莫循はいま、心浮き立つ思いだった―――。
 
 
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