琅琊榜

野游 (『琅琊榜』#9補完)

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誉蘇が長引きそうなので、ちょっと箸休めに短いのをw

 思わず、触れそうになった。
 その強弓を引くことなど、すでに叶いもせぬこの手で。
 咎められて初めて、己が梅長蘇であることを思い出したのだ。
 「……抱歉……」
 謝罪した声が、うわずってはいなかっただろうか。
 引き戻す指が、震えてはいなかっただろうか。
 景琰に、気取られはしなかったか。
 外れかけた梅長蘇の仮面を、渠は慌てて被りなおす。
 気まずげに「不要介意」と言葉を添えた景琰が、友の形見の品だと言い訳した。友は生前、己の物を他人に触れられることを嫌ったのだと。
 そうであったろうか、と梅長蘇は胸の内で苦笑した。
 確かに、己の物に無暗に触れられるのは、好きではなかったが。それほどあからさまに、言葉や態度に示していただろうか、『林殊』は。
 何の屈託もなく、恐れるものとてなかったあの頃の自分は、喜怒哀楽を心のままに示し、思うことをつけつけと口にして。
 幸せな、『子供』であったのだ。
 怪童と一目置かれ、荒馬の手綱を捌き、この強弓を引いてはいても、それでもただの『子供』だった十九の幸せな『林殊』。
 「……是蘇某失礼了」
 かつての自分と、その心を重んじてくれる友へ、梅長蘇は恭しく頭を下げた。



 ぼんやりと、胡坐をかいた膝の上へ頬杖をついて、梅長蘇は物思いにふけっていた。
 麒麟の才子・梅長蘇を知る者が、こんな居ぎたない様を見たら仰天するかもしれぬと、自分でも少し可笑しくなる。
 小さくため息をついて、今度は両脚を投げ出した。正直、身体のだるさは当たり前になっていて、四六時中こうして手足を投げ出して、何かによりかかっていたいほどだ。
 それなのに、と梅長蘇は苦笑いした。
 昼間、懐かしい己の弓を見たせいか、心が昂ぶっている。馬を駆って、そこらじゅう駈け巡りたいような高揚した気分だ。
 日頃抑え込んでいる『林殊』が、今日はいやに頭をもたげてくる。
 ごろん、と梅長蘇は横になった。
 「辛抱しろ、林殊」
 小さく、そう呟いた。
 「宗主!?」
 たまたま部屋に入ってきた黎綱が、丸くなって横たわっている梅長蘇に慌てて声をかけた。
 「どこかお加減でも!?」
 あたふたと駆けよってくると、そばに膝をついて覗き込んできた。
 梅長蘇は溜息をついて、転がったまま黎綱の顔を見上げる。
 「具合が悪くなければ、横にもなってはならぬか?」
 つい、子供のように口をとがらせた。
 「えっ」
 戸惑った表情の黎綱に、我儘を言いたくなる。
 「……遠駆けに出たい」
 「ええっ!?」
 むくりと起き上がって、顔を近づける。
 「退屈すぎて、死にそうだ」
 ぐい、と詰め寄ると、黎綱は気の毒なほど狼狽えた。
 「いや。外はその、冷えますし、あの……」
 しどろもどろなそのさまに、ぷっ、と梅長蘇は笑った。
 「冗談だ。すまぬ」

 のそりと立ち上がって、書棚から本を一冊手に取る。
 かつての林殊を知る黎綱の目にさえ、すでに梅長蘇としての自分の姿のほうが馴染んでしまったことだろう。
 「わたしなら元気だ。行ってよい。用があれば呼ぶ」
 本の文字から眼を上げることもなく、ひらひらと手を振って見せたが。
 「―――宗主」
 呼ばれて、梅長蘇は顔を上げ、黎綱を振り返った。
 「なんだ?」
 まだ何か用だろうか? 不審に思ってい顔を見ていると、黎綱が少し困ったような面持ちで言った。
 「その……。春になったら」
 春になったら? 
 梅長蘇はすこし首をかしげた。
 春が一体どうだというのか。
 黎綱は俯いたまま、小声で言った。
 「暖かくなったら、……お供いたします」
 「え?」
 何を言われたのかわからず、梅長蘇は我ながら間の抜けた声を出した。
 黎綱はしばらくうつむいたままでいて、それからゆっくり顔を上げ、梅長蘇を見た。
 「遠乗りです。……吉さんに美味いものをこしらえてもらって持っていきましょう。甄平や飛流も連れて」
 あっけにとられて、梅長蘇は黎綱の顔を眺めた。
 「黎綱。さっきのは冗談だと……」
 そう言ったが、黎綱は聞いてもいない様子で言葉をつづけた。
 「手綱をさばくのがお辛ければ、黎綱の前に乗せてさしあげます。きっとよい気晴らしになりましょう」
 「……」
 少し照れたように再び目を伏せた黎綱を、梅長蘇は暫し黙って見つめていた。
 それから、白く、息を吐く。

 白い息とは裏腹に、心はひどく温まっていた。

 「そうだな。……春になったら」

 春になったら。
 ―――たまには皆で出かけよう。

 梅長蘇は晴れ晴れと微笑んで見せた―――。

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~ Comment ~

Re: タイトルなし

蘇宅の人たちの温かさがすごく好きです。
蘇宅を一歩出れば気持ちの休まることもない宗主を、
ここの人たちは温かく受け止めて甘やかせてくれる。
宗主もそれを知っているからこそ
リラックスしてもみせるし、大切に思ってもいると思います。
蘇宅の人たちのためにも、命を大事にしてほしいですね。
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