琅琊榜

打盹 (『琅琊榜』 #18)

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久々の更新です♡
ちょっとコピー本作りにいそしんでおりましたものでw

しばらくぶりに、本編にそったお話を書いてみました。


 「どうした?」
 立ち上がりかけて膝を落とした梅長蘇に、景琰は眉をひそめた。
 「ただの立ち眩みです。ご心配には及びません」
 身体を支えてやって、その肉の薄さに驚く。日頃冷やさぬようにと覆われている首もとが、起き抜けとあってあらわになっているのも痛ましく見える。それほどまでに、細い身体であった。
 「すまぬ。やはりこのような刻限に参ったは、誤りであった。蘇先生は、いかにも朝が弱そうでおいでだ」
 そう言うと、梅長蘇は少し慌てたようにかぶりを振った。
 「殿下にお仕えするのに、時を選びはいたしません。朝も昼も夜も。何のお気遣いもなく、この梅長蘇をお使い下さいませ」
 「蘇先生」
 梅長蘇は目を伏せた。
 「わたしは戦場へ出られる身体ではありませんが、その分、この都での生臭い争いの中でくらいは、全力で殿下をお守りする所存です」
 「そなた……」
 戦場を知りもせぬ謀士風情と蔑んできた。しかし、梅長蘇もまた、命を削って戦っていることでは、前線の兵士に劣らぬではないかと、初めてそう思った。
 「日が昇るまで、今少し寝まれよ」
 景琰は梅長蘇を立たせようとしたが、
 「いいえ。それには及びません」
と、梅長蘇は動こうとしなかった。
 ただ、動かぬ代わりに、景琰の衣の裾も離そうとしない。
 「蘇先生?」
 訝しんで景琰が問うと、梅長蘇は困ったように暫し沈黙してから、ようやく小さな声で囁いた。
 「少しだけ……。少しだけ、このままで……」
 俯いてそう言った梅長蘇は、あまりにも頼りなく見えた。
 「やはり気分が?」
 問い質そうとしたが、梅長蘇は頑なにかぶりを振った。
 「どうか。―――少しだけでよいのです」
 泣き出すのではないかと思うほど、弱々しい声で梅長蘇はそう懇願した。ついさっきまでの落ち着いた謀士の顔は、いつの間にか鳴りを潜めていた。
 「―――わかった」
 病がちの梅長蘇を、夜も明けぬ刻限に起こしたのは自分である。
 なんとなく罪の意識に囚われて、景琰は居心地の悪さを感じていた。
 梅長蘇はすっかり大人しくなって、胸にもたれている。
 「蘇先生?」
 あまりに静かすぎて、景琰は謀士の顔をよくよく眺めた。
 そして―――。
 (眠ったのか? まさか)
 穏やかな寝息が、梅長蘇の唇から洩れている。
 「―――」
 景琰は呆れて瞬きした。そして苦笑する。
 梅長蘇の疲れきった顔には、それでも安堵の表情が浮かんで、どことなく幼げに見えた。
 (……まるで、大きな子供のようだな)
 苦手だったこの男が、少し近くに感じられる。

 妙に。
 ―――気持ちが、安らいだ。
 ひそやかな寝息を聞きながら、景琰はそのまま謀士の身体を抱いていた。
 梅長蘇の、結い上げられていない髪を、なんとはなしに撫でおろす。
 不意に、梅長蘇の眼が開いた。
 (しまった)
と、なぜか景琰はそう思った。今少し、このままでいたかった自分に、すこし驚く。
 顔を上げた梅長蘇は大きく目を瞠り、慌てて身体を離す。 
 「申し訳ありません」
 いつも青白い顔に血を昇らせて、耳まで真っ赤になっている。こんなに狼狽えた謀士を見るのは初めてで、妙に微笑ましい。
 「まさか殿下のお胸をお借りして眠ってしまうなど、わたしとしたことがなんというご無礼な真似を」
 常に泰然自若としている日頃の梅長蘇からは考えられぬほど、すっかり恐縮した風情に、景琰は顔をほころばせた。
 「構わぬ。お疲れなのであろう」
 「さようなことは理由になりませぬ。……お起こし下さればよろしかったものを」
 幾分恨めし気にそう言うのへ、景琰は笑った。
 「あんまり気持ち良さそうに眠っていたゆえな」
 起こすのがはばかられた、と言うと、梅長蘇は申し訳なさそうに、  
 「……心地よかったのは確かですが」
と細い肩をさらにすぼめた。
 そして、その肩から力を抜くと、ふわりと表情を和ませる。
 「―――こんなに安心した心持ちで眠れたのは、久しぶりです」
 景琰は眉を上げ、軽く首を傾けた。
 「こんな短い時間では、何の役にもたつまい」
 肩をすくめて見せたが、梅長蘇は幸福そうな面持ちを隠すように、恥ずかし気に俯いた。
 「―――いいえ、たとえ寸の間でも、千金に値する眠りを頂戴しました」
 「ならば毎晩、わたしが添い臥ししてさしあげねばな」
 柄にもなく冗談を言った景琰に、梅長蘇はまた身をすぼめた。
 「滅相も……」
 冗談を冗談でなくしてしまうほど、か細い声であった。
 この男は、そんなにも心細い思いで一夜を過ごすのか、と景琰は胸を衝かれた。
 眠りが浅いと言った。何がこの男の眠りを妨げるのか。
 「しばらく、なにも考えずにゆるりと静養しては」
 そう言った途端、梅長蘇は眉を寄せた。
 「謀士に、考えることをやめよと?」 
 些か尖った声で、梅長蘇は言った。鳴りを潜めていた謀士の顔が、垣間見える。
 「わたしは剣をとって戦うことのできぬ代わりに、謀を以て殿下にお仕えする身。そのわたしが考えることをやめては、塵芥にも等しいではありませんか」
 「蘇先生……」
 少し驚いて、景琰は梅長蘇を見た。梅長蘇は切なげに景琰を見つめ返す。
 「どうか……。自惚れさせていてください。わたしという謀士が、殿下をお支えしているのだと。―――ただのひとりよがりであっても、そう思わせていてください」
 いつも自信にあふれてゆったり構えているかに見えた梅長蘇の奥に、こうした心もとなさが潜んでいようとは、思いもつかなかった景琰である。
 夜明け前の、このしんと冴えた空気の中でだけ窺い知ることのできる、謀士の本音を見た思いで、景琰は小さなため息を落とした。
 「……わかった。そなたがわたしの支えであることには間違いがない。そなたがおらねば、この蕭景琰は前に進めぬ」
 ―――ああ、と梅長蘇が嘆息する。
 「そのお言葉だけで―――」
と梅長蘇は言った。
 「そのお言葉だけで、この梅長蘇、どれほど風が強く吹こうとも、しっかりと立って我らの行く先を見据えることが出来ます」
 いつもの、自信に満ちた笑みが、梅長蘇の顔に蘇る。
 景琰はほっとして、謀士の肩へ手をやった。
 「そなたの知恵が、必要だ。それゆえ、無理はしてくれるな。―――わたしの胸が要るときには、いつでも貸してやろうゆえ」
 梅長蘇が驚いたような顔をする。 
 「殿下……」
 「そなたのために言うのではない」
 景琰は笑った。
 「さっき、そなたの寝顔を見ていて、わたしもひどく安らいだ。―――少年の日々を、思い出してな」
 「少年の……?」
 梅長蘇の声が、少しだけ震えたように思ったのは、気のせいか。
 「遊び疲れて眠る友が、丁度さっきの蘇先生のような顔をしていた」
 景琰がそう言った刹那、梅長蘇はなんとも名状しがたい表情をした。
 「蘇先生?」
 梅長蘇の眼差しが揺らぐ。
 「もう……」
 え?と景琰は訊き返した。梅長蘇の視線は既にそれている。
 「もうお戻りにならねば」
と渠は言った。
 「夜明けとともに、お出掛けになるのでしょう?」
 「ああ」
 そうであった、と思い出す。
 「お引き留めして、申し訳ありませんでした」
 既に落ち着いた声音であった。
 「いや。色々苦労を掛けるが、よろしく頼む」
 そう言うと、梅長蘇は目を上げ、淡く笑った。
 「なんの苦労なことがありましょう。気を付けて、行ってらっしゃいませ」
 「うむ」
 そうは答えたが―――。
 景琰は少し困惑した。
 「その……」
 「殿下?」
 立ち上がろうとしない景琰に、梅長蘇が首を傾げる。
 景琰は少しためらってから、言いにくそうに口を開いた。
 「―――いや。その手を離してくれねば、どうにも去りがたい」
 言われて梅長蘇ははっとし、またぞろ真っ赤になった。
 梅長蘇の手は、景琰の衣の裾を、まだ握ったままであったのだ。
 「申し訳ありません。……重ねてご無礼を」
 くす、と景琰は笑った。
 「今日の蘇先生は……」
 「は?」
 「いや……」
 景琰が言葉を探すより早く、梅長蘇はうなだれる。
 「これでは麒麟の名が泣きましょう。情けない限りです」
 その言葉に、景琰は思わず返していた。
 「麒麟のそなたより、人がましいそなたのほうが、わたしは好ましい」
 「え……」
 梅長蘇の澄んだ瞳が、景琰に向かって驚きに見開かれる。景琰はその瞳をまっすぐに覗き込んだ。
 「そなたでもそうやって、赤くなることがあるのだと知れただけでも、わざわざ夜の明けぬ内に来て、そなたの眠りを妨げた甲斐があったというものだ」
 笑って今度こそ立ち上がった景琰に、梅長蘇も座を立つ。
 「殿下」
 「まことにもう行かねばならぬ。今少し、眠れそうか」
 梅長蘇は、ほんのりと微笑んだ。
 「―――努めてみます」
 「……胸を貸してやれずにすまぬな」
 そう言って景琰が笑うと、梅長蘇は困ったように睫毛を伏せた。
 「殿下。……どうかもう、ご容赦くださいませ。穴があったら、入りとうございます」
 景琰は笑った。
 こんな愉快な気分は、久し振りのことであった。

 

   * * *


 笑いながら去っていく景琰を、梅長蘇は見送った。
 ひとり残された途端、夜明け間近の冷たい空気が、不意に身に滲みる。

 己に残された時を、できることなら一刻でも長く共に過ごしたかったが。
 景琰には景琰の。
 自分には自分の、役割がある。

 ふたりの目指す頂は、ひとつ。
 それへ向けて、今はただひたすらに、それぞれの歩みを進める。
 
 ほんの一時の、あの安らいだ眠りは、梅長蘇にとって何よりの幸福だった。
 「景琰―――」
と、梅長蘇は友の名をつぶやいた。
 
 朝が、来る。
 
 今日もまた、歩まねばならぬ。
 心に決めた頂を目指して―――。
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