琅琊榜.風中の縁

蒼き狼 2 (『琅琊榜』『風中奇縁』)

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蒼き狼、続きです。

 「これは驚きました」
 莫循が言った。
 「―――まことに」
と林殊も微笑む。
 「鏡を見ているようですね」
 そう言った林殊と莫循の顔を、黎綱はかわるがわる見る。
 「宗主、もしや生き別れのご兄弟か何かでは」
 それを脇で聞いていた藺晨が呆れた顔をする。
 「そんなはずがあるまい。こやつはこの顔で生まれてきたわけではないのだから」
と扇子で林殊を指す。黎綱がちら、と莫循のほうを見た。  
 「―――林宗主のお身体のことなら伺っております」
 慎ましく目を伏せて、莫循がそう答えた。
 「こやつも医術の心得があるゆえ、火寒の毒についてはよくわかっている」
 藺晨がそう説明する。
 林殊は笑った。  
 「随分親しくなったものだな」
 「わたしはどうもこの顔に縁があるらしい」
 悪びれずにそう言う藺晨に、ますます林殊は可笑しそうに少しうつむいた。
 「無理矢理縁を求めておいて、よく言う」
 笑いながら林殊は、莫循の松葉杖の脇に控える獣に、視線を向ける。
 「行儀のよい子ですね」
 林殊はそう誉めた。
 「外面がよいだけです。普段はまるで違います」
 莫循もおっとりと笑う。
 請、と林殊は庭へ案内した。
 すると、頭を低くして歩いていた獣が、ううう、と低く唸りだす。
 「莘月、静かにしなさい」
 莫循が獣の背を撫でた。
 「佛牙。お嬢さんが警戒しておいでだ」
 林殊が振り返ると、寝そべっていた老狼が、のっそりと顔を上げる。
 立ち上がった佛牙は、莘月より一回り大きく精悍な体躯をしていた。
 「立派な狼ですね。落ち着いていて、物腰に品がある」
 莫循は佛牙を見て目を細めた。 
 佛牙は声をたてるでもなく、静かに莘月を眺めている。
 「佛牙は莘月どのを気に入った様子です。あとは莘月どのが齢の差を気にしなければよいが」
 「このお転婆には、佛牙どののような大人の狼が丁度よいかと」
 同じ顔でゆったりと笑いあうふたりに、藺晨が半ば辟易して腕組みする。
 「貴様ら、よくそんな上品にまだるっこしい会話ができるな。わたしは付き合いきれん。飛流でもからかってくる」
 踵を返しかけるのへ、莫循が「ああ」と声をかけた。 
 「藺晨どの。先日は忝のう存じました。たいそう立派な太湖石を十もお送りいただいて……」
 聞くなり、林殊がぷっと吹き出した。
 「何か……?」
 不思議そうに、莫循が林殊を見る。
 「いえ。なんでもありません」
 林殊は笑いを噛み殺した。いつぞや誉王が藺晨の歓心を買おうと送りつけてきた奇岩は、そっくり石舫の広大な庭に納まったのであろう。おかげで蘇宅の庭が片付いた、と林殊は可笑しくてならない。
 林府へ移ってくる時に蘇宅を処分したかったのだが、庭に所せましと並んだ奇岩のおかげで売るに売れなかったのだ。
 ふん、と鼻を鳴らして、藺晨は飛流を探しに屋根へと跳び去った。
 「我が家はどうも、屋根を行きかいする者たちが多くて困ります」
 「わたしが初めてお会いしたときも、藺閣主は屋根からお見えでしたよ」
 「獣より行儀が悪くて困ったものですね」
 林殊は苦笑いしながら、「挨拶しておいで」と佛牙を促した。佛牙は少し林殊の顔を見上げてから、莘月のほうへゆっくりと歩み寄る。莘月はもう唸ることもなく、かといって耳を倒したり尾を巻いたりするでももなく、黙って佛牙が近づいてくるに任せた。
 佛牙がゆったりと莘月の周りを歩く。莘月の尾のあたりを嗅いでから、佛牙は莘月に寄り添い、ぺろりとその耳元を舐めた。
 莘月は目を細めて少し頭を下げ、それから大きく口を開けて、佛牙の鼻先を甘噛みする。
 「どうやら莘月も満更でもない様子です。仲良くなってくれるとよいが」
 心配要りませんよ、と林殊は莫循を部屋へ誘う。
 「鏡の中の自分を見ながらお茶を楽しむのも一興でしょう?」
 ふたりは笑って、庭をあとにした。


   * * * 


 くしゅ、と林殊がくしゃみをする。
 「なんだ、風邪か?」
 部屋へ入ってきた藺晨が首を傾げた。
 「先ほどから少しお加減が優れぬご様子だ」
と莫循が藺晨を振り返る。
 「具合が悪いというほどでもないのだが……」
 そう言って、林殊はまたひとつ小さなくしゃみをした。
 「そろそろわたしはおいとま致しましょう。お疲れになるとお身体に障る」
 「いえ、わたしなら大丈……」
 言いかけて、林殊は今度は盛大に『啊嚏!』とやらかした。 
 「風邪は早めに大事になさることです。お見送りは結構ですから、身体を冷やさぬようにしてお休みください」
 莫循は林殊にそう言い、藺晨を見た。
 「わたしは先に失礼するから、林宗主を診てさしあげてくれ」
 藺晨は懐手をして肩をすくめる。
 「それはいいが、犬ころはどうする」
 「莘月は今日はこちらに預けてゆくことにした。すっかり佛牙どのと打ち解けた様子ゆえ」
 うなづいた藺晨が、顎をしゃくって黎綱に莫循を見送るよう促す。
 「なんのお構いもできず、申し訳……」
 最後まで言い終えもせず、またしてもくしゃみが飛び出した林殊に、藺晨は溜息をついた。
 「もういい。お前は黙って大人しくしていろ」
 藺晨から「行け」と扇子で示された莫循は苦笑いし、黎綱に支えられながら松葉杖をついて部屋を出て行った。
 
 

   * * *



 御者台から石風が、少し興奮した声で後ろの莫循に声をかける。
 「いやあ、あんまりそっくりなので、吃驚しました」
 「わたしもだ」
 莫循も微笑む。
 「あのかたが八爺か十爺だと聞かされても、わたしは驚きません。いや、むしろそのほうが納得できるな」
 石風の言いようが可笑しくて、莫循は少し声を出して笑った。
 「―――九爺は……」
 石風が言いかけてためらったのへ、莫循は首を傾げる。
 「なんだ?」
 「あ、いえ―――。このところ、楽しそうにしていらっしゃると思いまして」
 言われて莫循は少し驚いた。
 「わたしが?」
 「その、なんというか、藺閣主が出入りなさるようになって、九爺はよくお笑いになるように……」
 莫循は目を瞬かせた。
 別段、これまでと何か変わったという意識はない。
 藺晨に会うまで特に難題を抱えていたわけでもないし、会ってから殊更楽しいことが増えたわけでもない。石風は何を言っているのか。
 「単にあのかたが賑やかなだけだろう」
 そう言って受け流したが。
 そんなふうに言われると、どこか心にかかってしまう。
 藺晨という男が、自分に何の変化をもたらしたというのか。

 物思いに耽る内、石舫の広大な屋敷へ向けて、馬車は森の中へと差し掛かっていた。
 不意に、石風が馬に一鞭くれた。
 馬車が速度を上げる。
 「どうしたのだ、石風」
と尋ねると共に、莫循はただならぬ気配を察知していた。
 馬車に追いすがってくる馬の蹄の音。一頭二頭ではない。
 そのうちの幾足かが馬車を追い越し、その行く手を阻む。
 石風は堪えて馬に鞭を当てていたが、ついに手綱を絞った。
 馬車ががくんと止まる。
 「林殊どのの馬車とお見受けする」
 そう言われて、石風が御者台から腰を浮かせた。
 「違う! このかたは林宗主ではなく、石―――」
 皆まで言い終えぬうちに、「五月蠅い!」と大柄な男が馬から御者台に飛び移り、石風を片腕で払い落とした。
 「石風!」
 莫循は馬車から身を乗り出し、石風の身を案じた。
 石風は気を失って、ぴくりとも動かない。
 莫循は咄嗟に考えを巡らせる。
 この男たちは林殊をねらっている。林府から出た自分を、林殊と勘違いして尾けてきたに違いない。
 自分は石舫の主である。そう弁解したとして。果たしてそれが吉と出るか凶と出るか。
 どのみち良い結果を産まぬなら、むしろこのまま林殊として捕らえられたほうがよいのではないか、と莫循は判断した。
 少なくとも、彼らが自分を林殊と信じて疑わぬ間は、本物の林殊に危害が及ぶことはない。石風が息を吹き返せば、必ず林府へ注進に及ぶだろう。
 「わたしが大人しくついてゆけばよいのであろう?」
 莫循は静かにそう問うた。
 「さすがはかつて赤焔軍を率いた林少帥だけのことはある。肝が据わっておいでだ」
 御者台の男はそう言うと、笑って馬車を出した。
  


   * * *


 
 「莫迦な! わたしと間違われてさらわれただと?」
 林殊が声を荒げた。
 「―――はい。わたしは無様にも容易く気を失ってしまい、目を覚まして慌てて近くの民家まで走り、馬を借りて知らせに戻った次第です……」
 すっかり縮こまって、石風が涙ながらに訴えた。
 「九爺に何かあったら、わたしは……」
 「五月蠅い。泣くな」
 藺晨が𠮟りつける。
 「長蘇。貴様、心当たりはないのか」
 「ないといえばないし、あるといえばありすぎる」
 梅長蘇、蘇哲、林殊、どの顔を表にしたところで、敵は多かった。
 「敵に見当がつかぬでは助けようがないではないか」
 いつになく苛々と藺晨が言った。
 敵に何らかの要求があるならば、何か言って寄越すのを待てばよいが、単に林殊への恨みであれば、莫循の命が危ない。
 林殊は眉を寄せた。
 自分のせいで莫循の命に万一のことがあれば、詫びてすむ話ではない。
 「―――莘月に一肌ぬいでもらうとしよう」
 「莘月に?」
 藺晨が問い返し、そして口辺に笑みを浮かべた。
 「なるほど。確かに莘月ならば容易く莫循の居所を探し当てよう」
 すぐさま、二頭の狼が連れてこられた。
 林殊は莘月の首を撫でてやる。
 「莘月。ご主人様の危難を救えるのはお前だけだ。頼んだぞ?」
 不思議そうに莘月は鼻を鳴らして小首をかしげる。
 藺晨は黎綱を振り返った。
 「黎綱、馬を。石風、案内せよ」
 「はい!」
 出かけようとする藺晨を、林殊は呼び止めた。
 「佛牙も連れて行ってくれ」
 あん? と藺晨が振り向く。
 「わたしが共に行きたいのは山々だが、足手まといになるのは目に見えている。わたしの代わりに佛牙を連れていってくれ。必ず役に立つ」
 「よかろう。お前の役目は、莫循に言われた通り、温かくして休んでいることだ」
 つかつかと歩み寄ってくるなり、藺晨は軽く林殊に接吻し、にやりと笑ってから部屋を出て行った。
 「―――あの莫迦。どさくさにまぎれて……」
 林殊は溜息をついて苦笑した。  



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~ Comment ~

きゃああ~

遥華さま

いつもお返事有難うございます!
ついに、宗主と九爺さまのご対面ですね~。
良かった、どっちも消えなくて(笑)。

しかし、遥華さん、オオカミに「莘月」って…(^_^;)
私も、ヒロインの彼女に感情移入できなくて、途中で観るの止めようと思いましたけど。
無忌とくっついておいて、困りごとは何でも九爺さまに頼ってくる、あんのバカップル~(怒り心頭)。
CCちゃんの作品って、何だか私には感情移入できないヒロイン役が多くて、「ジャクギ」もかなり辛かったのですが、「弘文学院」では元気で可愛くて、ちょっと見直しました。
いつもこういう役だといいのにな。
いや、たぶんニッキーが、CCちゃんの泣き顔が好きなだけ、な気がします…。

藺晨は、変わらず「大人の男」で、ほんと素敵ですっ。
どさくさに紛れて、のシーンなんか、うっとり…。
壁ドンなんかより、萌えます!
媚薬!ツボ!私の頭の中の二次では、もちろん使ってます!!

YTに指相撲の動画があるのですか!
おお、すぐに探しに行かなくては。

胡歌さん、とうとうアメリカに行っちゃったんですね。
あまりに美しく、神のような気遣いをする方なので、ほんとに異次元の存在のようで、私もまったく実感がありません。
俳優休業だから、露出も少なくなるのでしょうが、目標に向かって頑張ってもらいたいです。
でも、金髪美女を連れ帰ってくるのだけは!それだけは勘弁して…。

遥華さんの作品、ほか皆さんの琅琊榜ツイを糧に、胡歌さんの復帰まで、ロス解消に努めます。
毎晩有難うございます!

>>Rintzuさん

あはは、莘月と無忌には少々呆れておりましてw
ふたりとも嫌いではない、というか魅力的なキャラだと思うのですが
九爺に対しての言動には納得いかないことだらけ。

わたしもCCちゃんの役柄はあまり好きなものがないのですが、
サンニャンと路先生は大好きです。
もっとああいう役をやってほしいな♡

指相撲道が、見つかりました?
https://www.youtube.com/watch?v=6GUt46yE-x8&index=6&list=PLoGcGvM0Cr3ARZkZ6qNwE7pOCgBGUMwMB
この中にあります。

感謝です!

遥華さん、わざわざ有難うございます~!
昨日、すぐYTに飛んで、指相撲をじっくり堪能いたしました!
宗主が可愛かった~(⋈◍>◡<◍)。✧♡
藺晨、脚を取ったら、そのまま寝技に持ち込め~!(←ビョーキ)

>>Rintzuさん

見れたんですね♡ よかったよかった♡
可愛いでしょう?
靳东さんって、いつもすごくあっかい表情で人を(特に胡歌さん!?)を見るし
胡歌さんはあの通りの可愛らしいかただし、
特にこうやって藺晨と宗主の恰好でじゃれあわれたらもう・・・・www

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