琅琊榜

生日快乐 (『琅琊榜』)

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宗主のお誕生日は旧暦の『二月初六』。
今年は今日に当たるんだって!!!
そう聞いて、夕方になって慌ててお誕生日ネタを掻き始めたわたしwww
ま、記念ですから♡


 密道の鈴が鳴った。
 「どうなさいます? 無視なさっては?」
 黎綱が言う。
 「まさか。そんなわけにはいくまい」
 梅長蘇は大きなため息をついた。
 「しかし……」
 「なるべく早く終わらせるゆえ、皆には待ってもらえ」
 「はあ……」
 心配そうな表情で、黎綱は部屋を下がっていった。

 書棚の隠し扉を開くと、景琰が少し眉を寄せて立っていた。
 「―――元気そうだな。なかなか扉が開かぬゆえ、また具合でも悪いのかと心配した」
 心配させられたことに腹を立てているのだと知って、梅長蘇は少し嬉しくなる。
 「申し訳ありません。どうぞ」
 慇懃に招き入れると、少し仏頂面で景琰が座に着いた。
 「ご機嫌を直してください」
 苦笑いしながら、梅長蘇は茶を淹れる。
 「別に機嫌など損ねてはおらぬ」
 不貞腐れてそう言いながら、景琰は持参した提盒を梅長蘇のほうへ押しやる。
 「それは? また静妃のお手製で?」
 うむ、と景琰はうなづき、提げてきた徳利を差し出す。
 「今日は、蘇先生とゆっくり酒でも酌み交わしたいと思ってな」
 「は?」
 梅長蘇はついそう聞き返した。景琰が顔をしかめる。
 「いけなかったか」
 「あ、いえ。その、わたしは不調法で……」
 慌ててそう答えると、景琰はばつの悪そうな顔をした。
 「ああ……、先生のお身体には毒であったな。ならば先生は茶でよい。わたしが飲みたいだけなのだ」
 「……はあ」
 困惑した梅長蘇の返事が気に入らなかったと見えて、景琰が険しい表情になる。
 「―――気が進まぬなら、よい」
 「殿下」
 立ち上がりかけた景琰の袖を、梅長蘇は思わず掴んでいた。
 「お待ちを……」
 このまま、行かせたくはなかった。
 「……お付き合いさせてくださいませ」
 つい引き留めてしまったのだ。

 梅長蘇は、景琰の杯に酒を注いだ。景琰はただ、黙って、その杯を干す。
 暫しの沈黙のあと、景琰は言った。
 「今日は、友の誕生日でな」
 どきりと、梅長蘇の心臓が跳ねる。
 「友が還らぬ人となってからも、―――この日が来るとどうも落ち着かぬ」
 「殿下……」
 梅長蘇は、動揺していた。どんな顔をしてよいかわからず、目を伏せる。
 景琰は、黙ってちびちびと酒を飲んでいた。
 「あの日、別れた友は、まだ十九であったものを」
と、景琰は涙の溜まった目を見開いたまま、顔を背ける。
 「生きていれば、今日で三十二になる」
 そう言って、涙をこぼさぬように上を向き、一声短く哈!と笑った。
 「莫迦莫迦しいと思うであろうが、毎年、祝ってやらずにはおれぬのだ」
 「殿下」
 梅長蘇の胸に、熱いものが込み上げる。今、この場で、林殊は生きている。生きて今日の日を迎えたのだと、そう教えてやりたかった。
 「―――なぜ泣くのだ。蘇先生」
 景琰にそう問われて、梅長蘇は指で涙を拭った。
 「……貰い泣きです」
 「わたしが泣いておらぬのに?」
 苦笑した景琰に、梅長蘇は淡く微笑む。
 「殿下が無理をなさっておいでゆえ、かわりに泣いて差し上げるのです」
 景琰の微笑が、切なげに歪んだ。
 「謀士というのは、―――そんなことまでしてくれるのか」
 「殿下のお役に立つことなら、なんなりと」
 梅長蘇は、微笑んだままうなづいた。
 茶杯をとって梅長蘇は景琰の前へ差し出す。 
 「わたしも、頂戴してよろしゅうございますか」
 「しかし、蘇先生は……」
 景琰が困ったような顔をする。梅長蘇は微笑って少しかぶりを振った。
 「少しくらいは構いません」
 暫しためらってから、景琰もわずかに笑って徳利を持ち上げる。
 「そうか。一口にしておくのだぞ」
 そう言って景琰のついでくれた酒を、しかし梅長蘇はぐいと一息に飲み干した。
 忽ち、身を折って咳き込む羽目になる。景琰が慌てて背中をさすってくれた。
 「蘇先生! 一口にせよと申したに」
 咳を治め、息を整えながら、梅長蘇は微笑んで景琰の顔を見上げた。
 「―――大事ありません」
 ほっとしたように景琰が息をつく。
 「全く、無茶をする」
 「……わたしとて、飲みたい気分になることはございます」
 梅長蘇がそう言うと、景琰はやれやれと言ったふうに少し肩をすくめた。
 「もう酒はやめておけ。母の甜点を召し上がるがよい」
 「……頂戴します」
 点心をつまみ上げようとしたとき、ひょいと飛流が顔を出した。 
 「―――蘇哥哥」
 あ、と思うより早く、景琰が飛流に笑顔を返す。
 「ああ、飛流。蘇哥哥を借りていて悪いな」
 飛流は景琰に向かって少し困ったように首を傾げ、それから梅長蘇へ視線を戻した。
 「―――お客が、待ってる」
 「飛流!」
 慌てて梅長蘇が窘める。が、景琰は目を瞠った。
 「―――客? 客を待たせているのか?」
 景琰は飛流に問い、それから梅長蘇を見る。梅長蘇は困って俯いた。
 「いえ。大した客ではありませぬゆえ」
 そう言いつくろったが。
 景琰は小さく息をついてから、徳利に栓をした。
 「―――すまぬ。気がつかなんだ」
 そう言った声が寂しげで、梅長蘇の胸がずきりと痛む。
 「いいえ。どうかお気遣いくださいませぬよう」
 「いや。すまぬことをした。―――蘇先生に相手をしてもらって、少し気が晴れた。わたしはこれで失礼しよう」
 景琰の笑顔が、梅長蘇には苦しい。
 「そんな……。まだよろしいではありませんか」
 一番祝ってもらいたい相手だというのに。
 「―――また日を改めて参る」
 「殿下―――」
 扉の向こうへ去ってゆく景琰の後姿を、梅長蘇はなすすべなく見送った。
 「宗主。皆さん、お待ちかねです」
 背中に黎綱の声がかかった。
 「わかっている―――」
 うなだれたまま扉を閉めて、梅長蘇は黎綱のあとに続いた。


   *


 密道を歩き出しかけて、景琰はふと気づいた。
 腰牌が、ない。
 (蘇先生の部屋に落としたか)
 思わず扉まで戻ろうとして振り返り、いや、また今度でよいか、と溜息をつく。客が来ているというのだから、また鈴を鳴らして呼び戻すことになっては申し訳ないと思ったのだ。が。
 閉まったはずの扉から、微かに灯りが漏れていた。
 (慌てて閉じたゆえ……)
 蘇先生も案外大雑把であるなと苦笑して、ならばそっと腰牌だけとって帰ろう、と景琰は今来たほうへ戻った。
 扉を開け、梅長蘇の部屋へ入る。
 「ああ。あった」
 さっき座った場所に落ちていた腰牌を拾い上げたその時である。
 大きな笑い声が、屋敷の内から聞こえた。
 (―――あれは、蒙大統領では?)
 訝しく思って耳を澄ませていると、黎綱や甄平の声に交じって、衛崢の声まで聞こえる。
 「何ごとだ?」
 無作法だと知りながら、好奇心に負けて、景琰はつい回廊へと出て行った。


   *


 「靖王殿下!」
 振り返った黎綱が叫び、その瞬間、あれほど騒がしかった広間の内が、しんと静まり返った。
 その場の者が皆、凍り付いている。
 自分は招かれざる客であったのだと、景琰は即座に理解した。
 「す、すまぬ。無礼をした」
 慌てて踵を返した景琰を、常にも似ぬ素早い動きで座を立った梅長蘇が、駆け寄ってきて引き留めた。
 「殿下。お待ちを」
 梅長蘇は少し息を切らせながらそう言った。
 「邪魔をした。続けてくれ」
 顔が熱い。自分が真っ赤になっていることを、景琰は悟った。呼ばれもせぬのに、のこのここんなところへ顔を出した己が恥ずかしかった。
 蒙摯も、衛崢も、霓凰も、顔をそろえている。なのに、自分は呼ばれなかったのだ。ついさっき、共に酒を酌み交わしたというのに、こんな宴のあることを、梅長蘇は一言も口にしなかった。
 そもそも、部屋を訪れたときに、梅長蘇は少しばかり迷惑そうな表情をしてはいなかったか。
 「殿下」
 握られた手を、強く振り払う。
 その拍子によろめいた梅長蘇を、見も知らぬ江湖の男が支えたのも癪に障った。
 「どうか、殿下―――」
 「これ以上わたしに恥をかかせるな」
 振り返って、そして初めて景琰の視界に、それが入った。
 『生日快楽』
 そう書かれた横断幕、である。
 景琰の視線に気づいた梅長蘇がはっとしたように顔を背けた。
 「―――だれの、誕生日なのだ?」
 自分の声が震えていることに気づきながら、景琰は梅長蘇の顔を見た。
 まさか? と思う。
 「蘇先生、そなた、―――二月初六の生まれなのか?」
 梅長蘇が答えに窮したその時。
 「なんだ? 靖王殿下がわたしの誕生日を祝ってくださるというのか?」
 梅長蘇を支えていた男が、にやりと笑った。
 「……貴殿の、誕生日、だと?」
 少しばかり面喰って、景琰は尋ねる。
 梅長蘇は困惑したように男の顔を見ていた。
 「見知った方々がこうして集ってくれたが、靖王殿下が共に祝ってくださるというなら、光栄の至りです」
 そう言って、男は慇懃に拱手して見せた。
 梅長蘇はようやく気を取り直した様子で、自身も頭を下げる。
 「不躾な申し条ながら、ご迷惑でなければ、どうかそのように……」
 「―――よいのか?」
 まだ耳元に熱を感じつつ、景琰は渋面のまま問うた。
 「殿下と共に今日の日を―――、祝いとうございます」
 哀願するような声音に、ふと、先刻の涙を思い出した。
 「―――わかった。お邪魔しよう」
 ようやく笑って、景琰は広間へ足を踏み入れた。


   * 


 「藺晨。助かった―――」
 景琰のあとについて広間へ戻りざま、梅長蘇はそっと藺晨に耳打ちした。
 藺晨は鼻で笑い、こちらも耳元へ囁き返す。
 「わたしからの誕生祝だと思え」
 梅長蘇は仄かにほほ笑んで、ほんの一瞬、藺晨の手に自分の指を絡めてから、広間へと入った。

 今日の善き日を。
 自分を愛おしんでくれる者たちに囲まれて迎えられることの喜びに、梅長蘇は胸を熱くしていた。

 これが最後の誕生日になるかもしれぬ、と梅長蘇は思う。
 ならば、せめて今宵ひととき。
 心優しく友らに囲まれて、愉快に過ごしたいではないか。
 
 居並ぶ人々を、梅長蘇は幸せな気持ちで見渡した―――。



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