琅琊榜.風中の縁

蒼き狼 (『琅琊榜』『風中奇縁』)

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話としては、『人妻』の続きになります。
『琅琊榜西遊記』→『人妻』→『蒼き狼』の順になります。


 「富豪榜に加えるべき者があるだと?」
 部下からの報告に、藺晨は呼んでいた書簡から目を上げた。
 「はい。閣主はご存じありませんか、石舫の存在を」
 藺晨は眉を顰めた。
 「石舫? ふむ、知ってはいる。なるほど、莫循といったか。朝廷とも砂漠の民とも縁戚関係にあり、蒼狼の旗を掲げた怪しげな者どもを配下におさめると聞くが」
 「はい、砂漠では『大善人』と呼び慕われているとも」
 その言葉に、藺晨はふん、と鼻で笑う。
 「なにが大善人だ、いけ好かぬ。中原では誰もその姿を見た者がないというではないか」
 鼻持ちならぬ似非慈善家なら、いくらでも知っていた。
 「遠縁である皇帝が呼び出しても、病を口実に応じぬとか。よほど醜い容姿をしているのではと噂されております」
 「ふん。莫大な富を抱えているであろうことは間違いないが。どれほどの物か、探りを入れてみるとするか」
 藺晨がそう言うと、部下は即座に頷いた。
 「早速、誰ぞ潜り込ませましょう」
 が。
 「いや、よい。退屈しのぎだ。わたしが行こう」
 藺晨の言葉に、部下が慌てて否やを唱える。
 「閣主には退屈などされている暇はございません。目を通していただかねばならぬ書簡が山のように」
 「適当にやっておけ。手にあまるようなら、そうだな、林府へ持ち込むがいい。長蘇が暇をもて余しているはずだからな」
 部下が呆れてかぶりを振った。
 「新婚家庭にお邪魔するような無粋な真似をせよと?」
 「大いに邪魔をしてやるがよい。それくらいの嫌がらせをしてなにが悪い」
 そう言った藺晨を、部下はため息混じりに見た。
 「……悋気は見苦しゅうございますよ」
 「―――!」
 藺晨は目を剥き、小鼻を膨らませた。そして、命じたのである。
 「……貴様、明日から向こうひと月、鳩小屋の糞の始末を命じる。いいな」
と。 



   * * *



 「いつまで待たせる気だ。このわたしが自ら出向いたというのに」
 琅琊閣から発行された『西遊記の全て』は都ではいまだ人気の衰えを知らぬ。この商品を引っ提げて、藺晨は正面から石舫へ乗り込んだのだ。都より西での販売を、石舫で一手に扱わぬかと商談を持ちかけた形である。
 「詳しい話は、是非とも莫循どのご自身と」と告げた藺晨は、もう一刻あまりも放っておかれている。事前の申し入れもなしにいきなり訪ねたのであったみれば、無理もない話であった。琅琊閣閣主という肩書のおかげで、門前払いされなかっただけでも破格の扱いと言えるだろうが。
 (―――これではまるで退屈しのぎにもならん)
 茶の飲みすぎでたぷたぷ言う腹を撫でながら、藺晨は回廊へと出た。
 広大な邸宅である。
 そのどこかで、犬の吠える声がした。
 (犬? いや、狼か)
 興味を惹かれて、藺晨はひらりと屋根へ跳んだ。
 (どこだ?)
 車輪の軋む音がして、そちらへ目をやる。
 (ああ、あそこか)
 狼が、人と戯れていた。
 車輪の音は、その人間が座した、ゆったりとした椅子の両側についているのであった。
 (車椅子、か)
 今少しよく見ようと身を乗り出した刹那。
 「降りておいでになりませんか」
と涼しい声がした。
 気配は殺していた。風下であったゆえ、狼にさえ気取られなかったのだ。
 (くそ、侮れんな)
「お茶くらいはふるまえます。どうぞこちらへ」
 狼の頭を撫でる男に、茶なら既に堪能した……と言い返そうとして開きかけた口を、藺晨はそれ以上開けることも閉じることも出来なくなった。
 車椅子の男が、こちらをふり仰いだせいである。
 (長蘇―――)
 その顔は、梅長蘇以外の誰でもなかったのだ。



   * * *



 「なんだ、さっきからじろじろと」
 林殊が眉をひそめながら、茶杯を差し出した。
 石舫を出たその足で、藺晨は林府へ向かったのだ。
 「いや、今日は茶はもういい。もう十日分ほど飲んだ。小水が止まらなくなりそうだ」
 げんなりして言う藺晨に、林殊は少し顔をしかめた。
 「相変わらず下品な男だな。それで、わたしの顔に何かついてでも?」
 口をつける気もない茶杯を弄びながら、藺晨は尚もしげしげと林殊の顔を見る。
 「ふむ……。世間には似た者が三人はいると言うが……。この顔がまさか、ほかにもいるとは思いもしなかった」
 興味を惹かれて、林殊が少し前のめりになる。
 「ほう。そんなにわたしに似た者が?」
 「似ているどころではない。まさにお前そのものであった」
 扇子の先で、その目、その鼻、その口……、と指し示してゆく。そして、その黒子、と藺晨は苦笑いした。
 「宗主恋しさのあまり、誰でもそう見えるのではありませんか」
 横合いから黎綱が口を挟む。
 「莫迦を申すな。貴様の顔が長蘇に見えたりするものか。それにわたしは他人の女房を羨ましがるほどさもしい人間ではないぞ」
 黎綱は首をすくめて、部屋をさがっていった。
 「あやつめもわたしの部下であれば、鳩小屋の掃除を言いつけるところだ」
 憤然と、藺晨は茶杯を盆の上へ置く。林殊は小さく笑った。
 「それで、そのわたしにそっくりな男というのは、どこの誰なのだ?」
 ああ、と気を取り直して藺晨が言う。
 「石舫というのを、聞いたことがあるだろう」
 林殊は少し考え、うなづいた。
 「―――砂漠に強大な力を持つという、財閥だな」
 「うむ。その石舫の総帥にして、砂漠の『大善人』……」
 「莫循、といったか」
 「そうだ。その莫循が」
 「わたしに瓜二つだと?」
 ほう、と面白そうに林殊は笑みを浮かべる。
 「それはいちど会ってみたいものだな」
 「まあ、そのうちにな」
 そう答えてから、ふと藺晨は思いついたように眉を開いた。
 「そういえば、靖王府に犬がいたな」
 藺晨とは逆に、林殊が眉を寄せる。
 「犬ではない。狼だ」
 否定されたが、藺晨は挫けない。
 「そう、それだ。あれを貸せ」
 身を乗り出してきた藺晨から、林殊は少し体を引いた。
 「貸せだと? 景琰が承知するはずがない」
 「靖王め、けち臭い男だな。ちょっと種付けをするだけだ」
 林殊は目を丸くする。
 「種付け? どこの雌犬にだ?」
 「犬ではない。狼だ」
 さっき言われた台詞をそっくり返して、藺晨はにんまりと笑った。
 「石舫にいるのだ。雌の狼が」
 林殊があきれた顔をする。
 「狼の種付けにかこつけて石舫に出入りする気か?」
 「商談を持ち込んだが、断られたのだ。ほかの口実が要る」
 悪びれもせずそう言ってのける藺晨に、林殊は溜息をついた。
 「嫌われたのだろう? どんな口実をつけて訪ねてもまた断られるぞ」
 「なぜ決めつける? 親しくなれれば、やつをここまで引っ張り出してきてやる。お前も会いたいだろう?」
 「……」
 藺晨の口車に乗るのは癪に障るが、と林殊は苦笑いしつつも、これは景琰に話をしてみようかと思い始めていた。




   * * *




 「それで閣主、石舫の内情は……」
と金陵まで馬を飛ばしてきた部下が尋ねた。閣主の指示を仰がねばならぬ案件を幾つか携えてきたのだ。
 「知らぬ。商談が不成立であったのだ。相手の懐具合なぞわかるものか」
 部下から差し出された書簡に目を通しながら、藺晨は悪びれる様子もなく、お座成りな返事をした。
 「あの、それでは何ゆえ琅琊山にお戻りくださらぬので」
 うるさいことを、と藺晨は部下の顔を軽く睨む。
 「石舫のことはお前たちに任せる。わたしは石舫ではなく莫循個人に興味があるのだ」
 「はあ……」
 溜息をついた部下に、藺晨は扇子をつきつけた。
 「それより貴様、ちゃんと毎日、鳩小屋の掃除をしているのだろうな
 「えっ、も、もちろんでございます」
 疑わしそうに部下の顔を見ながら藺晨は言う。
 「帰ったらわたしが直々に検めるゆえ、手を抜こうと思うなよ」
 「はい……」
 萎れた部下に、藺晨はふと思い出して言葉を続けた。
 「ああ、そうだ。あれを石舫へ運んでおけ」
 「あれ、と申されますと……?」
 部下が首を傾げる。
 「蘇宅に預けてあるあれだ」
 あ、と部下は思い当ったようだ。
 「……あんなものを送りつけてご迷惑になりませんか」
 「石舫の屋敷は広い。どうということもなかろう」
 藺晨は部下の持ち込んだ案件にいくつかの支持を与えると、あっさり追い払う。
 そうしていそいそと出かける準備を始めたのだった。



   * 



 「先日は失礼いたしました」
と石舫の執事がこうべを垂れた。
 (まったくだ)
 客を客とも思わず待たせおって、と藺晨は内心向かっ腹を立てていたが、今日はすんなり莫循に会わせてくれるようなので、とりあえず黙っている。
 「あちらでお待ちでございます」
 回廊の奥を示して、執事はその場を離れた。
 空を見上げていた莫循が、こちらを振り返ってやんわり微笑む。
 「今日も屋根からお越しかと、上ばかり見ていた」
 藺晨は少し鼻白みつつも莫循に歩み寄り、車椅子を部屋のほうへ向けた。
 「今日は風が湿っている。身体に障るぞ」
 そのまま部屋の中へと車椅子を押し入れられて、莫循は苦笑した。
 「さようにお気遣いいただかずとも。わたしは病人でもなんでもないのだが」
 言われて藺晨は、ああ、と気づく。
 「―――おぬしの身体から薬の匂いがしたゆえ、―――錯覚した」
 相手が、長蘇であるような気になっていたのだ。
 「薬の匂いがするのは、わたしが薬草などを集めているせいだろう」
 「ほう?」
 「医術にいささかの心得が」
 そういえば、砂漠の『大善人』は、餓えや病に苦しむ人々に医療を施すこともあると聞いたことがある。
 「名医の誉れ高い閣主どのを前にしては、恥ずかしい限りだが」
 嫌味無く遜って見せる莫循に、藺晨は苦笑した。
 「いずれにしても、そう丈夫なたちではあるまい?」
 「流石に藺閣主の目は誤魔化せぬな」
 微笑む顔はやはり梅長蘇にそっくりで、藺晨はなんとなく目を背けた。
 「それで、今日は何用です? 先日の件は既にお断りしたはずだが」
 問われて藺晨は視線を莫循へと戻した。
 そして、本題を切り出すと、莫循は少なからず驚いた顔をした。
 「靖王府の狼を?」
 「そうだ。相手にとって不足はなかろう?」
 「いや、不足どころか、少々畏れ多いかと……」
 困ったように、莫循は眉根を少し寄せた。
 「何を言う。おぬしにしてみれば靖王とて遠縁であろう。卑屈になることはない」
 「そうは申されても……」
 口ごもる莫循に、藺晨はさらに推す。
 「そのへんに、そうそう狼なぞ飼っている物好きはおらんぞ? その雌狼を行き遅れにしたくなければこの話に飛びつくべきであろう」
 「行き遅れ……」
 藺晨の言いざまに驚いて、莫循は大きく目を瞠る。
 「先方の狼はかなりの爺いだそうだが、まだあっちのほうはぴんぴんしているらしいから、今なら間に合う。使い物にならなくなる前に、子種をもらってしまえばこっちのものだ」
 「藺晨どの……。その……、いま少し言いようが……」
 困惑して見上げる莫循の顔を見て、藺晨は思う。
 (やはり別人だ)
 寸分たがわぬ同じ顔だが、やはりちょっとした表情や物言い、仕種など、別人であると感じさせられる。だが。
 それが妙に心地よい、と藺晨は思ったのである。


                                     つづく
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~ Comment ~

うわあ…

遥華さま

今夜も2本立てで、嬉しい限りです!
今日が宗主のお誕生日とは、ワタクシこれっぽっちも気づきませず…不覚の至りだっ(T_T)

お誕生日の話も素敵でしたよ~。
生真面目な景琰が真っ赤になるところ、可愛かったです。
藺晨は、宗主の為とはいえ、こういうところが!ドラマでも私には切なくて、辛くなるところです。
そういうところも含めて、藺晨を好きなんですが、なんか歯がゆくて。
でも、痛いところを突いてきた配下に、正直に仕返しする藺晨は、とっても好きです!(←ビョーキ)

来年も、皆さんの琅琊榜ツイで盛り上がってたら、最高ですね!
その時分に、再放送があれば、新規のファンが増えていることでしょう。
放送する価値のあるドラマだと思うんだけどなあ。

実は、「一枝梅」の本家韓国版は観たんですが、ウォレスさんの中国版は観たことないんです~。
胡歌さんがアメリカ行っちゃう今、観ると泣けてしまいそうで。
北海道の雪の中のあの2人を、永遠に記憶に留めておきたいです。
あのまま凍らせてしまえば…時が止まってしまえば、良かったのになあ。

琅琊榜、初回放送後のロスは、録画を何回も見直して、乗り切りました。
2回目の放送後のロスは、皆さんの琅琊榜ツイと、遥華さんの2次創作で、何とか回復中です。
いよいよ胡歌さんに会えなくなると思うと、おセンチになってしまいます。
遥華さんの作品で、乗り切ります。

あ、ドッペル現象ではないですが、宗主と莫循が顔合わせしたら、どっちかが消えてしまう、なんてことは、まさか無いですよね!?(笑)

>>Rintzuさん

昨日は一日、梅見とドコモショップでつぶれてしまいましたw

藺晨はやっぱり大人ですねえ・・・・。
自分がどうしたいか、よりも、どうするのが一番宗主の幸せかをちゃんとわかってくれる。
藺晨のこういう優しいところが報われてほしいですねえ・・・・

実はわたし、胡歌さんがアメリカに行ってしまったという実感が、あまりないのです。
もちろん寂しいし、早く帰って来てほしいなあとは思うし、頑張っていただきたいとも思うのですが
劇中の「宗主」より、中の人「胡歌さん」のほうが、
とももとわたしにとっては遠い存在なのかもなあ・・・って思うんです。
だから、もともと十万光年離れている人が、十五万光年の向こうへさらに離れても、
あまりピンとこないみたいなんです。
でも、胡歌さんにとってよい結果を産んでくれることを期待しています!

琅琊榜ロスを埋めるお手伝いがほんのちっょとでも出来ていなら嬉しいです。
わたし自身もロスを埋めるために書いていますw
一人でも多くのかたに呼んでいた焚きたいなあと思うけれど、
それは、一人でも多く、自分の気持ちをわかってくれるかたがいて、
お声をかけてくださるきっかけになればなあと思うからなんです。
だから、コメント下さってかたたちには感謝です。





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