琅琊榜

琅琊榜西遊記 11 (『琅琊榜』)

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離間の策が発動したわけでないのに、既に引き離されようとしている三蔵と悟空です!

 舞台の幕が開いた途端、皇帝は立ち上がってあんぐりと口を開けた。
 「―――静貴妃ではないか!」
 膝まづいた三蔵の前に立つ観世音菩薩はほかでもない、おのが妻のひとり、静貴妃その人であった。
 「此度の舞台に出るなどとは、一言も申しておらなんだものを」
 「きっと陛下を驚かせてさしあげようとのお気持ちでしょう」
 高湛がそっと口添えする。
 「しかし……、あれはあのように美しかったかのう」
 見惚れた皇帝の手を、越貴妃が思い切りつねった。 「これが事実ならば由々しきこと。悟空がそなたの修行の妨げになるとあれば、側に置いておくわけには参らぬ。悟空めは五行山に戻して封じることになるが如何に?」
 菩薩の言葉に、三蔵は身をこわばらせた。
 「―――噂は、根も葉も無きこと。どうか悟空に咎めの無きよう……」
 菩薩はしばらく黙って三蔵の顔を見下ろしていたが、やがてそっと溜息をこぼした。
 「よかろう。此度はそなたの言葉を信じましょう。しかと悟空を導くのですよ。その為に、あれの額には緊箍児をはめてあるのであろう?」
 冷ややかにそう言った菩薩の言葉に、三蔵はこうべを垂れた。
 「承知……いたしました」



   * * *



 
 白骨夫人に扮した夏冬の演技に、観客たちは頭を抱えた。
 「これはどうひいき目に見ても人選を誤ったとしか……」
 夏春が片手で顔を覆う。
 「わたしは恥ずかしくて当分表を歩けません」
と夏秋が師兄の肩に顔を伏せた。
 白虎嶺に巣食う妖怪・白骨夫人は、三蔵の肉を喰らえば不老長寿になると聞き、あの手この手で三蔵に近づこうとする。
 ある時は美女、ある時は老婆と姿を変えるのだが、夏冬のその迷演技たるや、ひどいものであった。
 「師妹はいちど後宮にでも入れて、おなごの所作のひとつも覚えさせたほうがよくはないのか」
 「あんな元気のよい老婆がどこにいるというのだ。あやつ子供のころから丈夫すぎて、病人や老人の役など出来るはずもない」
 夏春と夏秋が溜息をつくそばで、霓凰が慌てて夏冬の肩を持った。
 「冬姐も苦手な役ばかりではないわ。次は確か老爺に化けるはず。おなごの役よりはいっそ上手くやれるのでは」
 「……郡主。それは慰めになりません」
 三人の間に気まずい空気が流れた。
 件の老爺もまた、あまりに溌剌としてきびきび動いた挙句、悟空に叩きのめされ、更には白骨の着ぐるみで舞台に再び登場した夏冬は、今度こそとうとう敗れて果てた。

 「悟空よ……。あれほど、殺生はならぬと申したものを」
 三蔵は呆然として立ち尽くしていた。
 悟空はこの日、三人もの咎無き人間を手に掛けた―――と三蔵は思い込んでいる。三蔵にとって、悟空の所業は正気の沙汰とも思えなかった。
 「わたしとて無益な殺生など致したいはずもありません。しかし、師父に仇なし、師父の真心を踏みにじる輩を、どうして許しておけましょう」
 「師に口答えを致すか」
 三蔵は苦々し気に言った。悟空は殺した相手を妖怪だと言い張ったが、三蔵の眼からはどう見たところで人間にしか見えなかった。それも若い女と老婆、そして老爺である。何の咎のあろうはずもなかった。
 「口答えではありません。師父を思う心をわかっていただきたいのです」
 「ええい、それ以上申すな」
 三蔵は胸の前で印を結ぶと、緊箍呪を唱え始めた。
 「―――師父っ」
 忽ち緊箍児が悟空の頭を締め付ける。悟空は転げまわって苦しんだ。
 「悟空っ」
 慌てて経を唱えるのをやめ、手をさしのべかけて、三蔵はどうにか思い止まった。
 「悟空―――。もう二度と殺生は致さぬと誓っておくれ」
 哀願するように三蔵はそう言ったが、頭を抱えてようやく身を起こした悟空は、頑なにかぶりを振った。
 「お心に添うよう努めはしますが、誓うことはできません。―――師父に危害を及ぼす者を誅したことに、悔いはありません」
 三蔵は、絶望的な表情を浮かべた。
 「―――まだ申すのか」
 悟空はずきずきと痛む頭を抱え、悲し気に師の顔を見上げる。
 「わたしは師父のお側で、お守りするだけです―――」
 三蔵は一歩後ずさった。
 「―――ならぬ」
 「え?」
 悟空が不思議そうに師の顔を見る。三蔵は苦し気に顔を背けた。
 「悟空よ。―――そなたのような不心得者を、わが側に置くわけにはゆかぬ」
 「なんと?」
 頭の痛みも忘れて、悟空は目を瞠る。
 三蔵は悟空に背を向けた。
 「今日を限りに破門するゆえ、いづこへなりと立ち去るがよい」
 「師父!」
 驚いてそう叫んだ悟空に、三蔵は冷たく言い放った。

 「三蔵、そなたは必要以上に悟空に目をかけすぎてはおりませんか」
 舞台の上の観世音菩薩が、微かに眉をひそめて三蔵を見下ろしている。 
 「そのようなことは決して……」
 ひれ伏した三蔵は即座に否定したが、観世音菩薩はわずかに顔を背けた。
 「先般、牛魔王調伏に赴いた天界軍の者たちの間で、専ら噂になっています。三蔵法師は石猿に懸想しておるのだと」
 客席から小さな悲鳴や歓声が、そこここで上がった。
 「懸想ですってよ」
 「三蔵様が悟空に、懸想!」
 くすくすと忍び笑う声に、老臣たちは眉を顰める。
 「滅相もございません!」
と、舞台の上の三蔵は菩薩の言葉に驚いて顔を上げ、叫んだ。しかし菩薩は烟るような眼差しを憂わし気に三蔵に向ける。

 「師父などと気安く呼ぶでない。そなたのように乱暴な猿の顔など、二度と見とうない。去れ!」
 三蔵はそのまま振り返りもせずに歩き出した。八戒が慌てて馬の口輪をとって追いかける。
 「師父!」
 追いすがろうとした悟空を、沙悟浄が止めた。
 「師父の頑固なことはお前もよく知っているだろう。ほとぼりが冷めたころに戻ってこい」
 悟空は放心したようにその場に立ち尽くしていた。

 舞台が暗転して、やがて中央で座り込んでいる三蔵法師を照明が浮かび上がらせた。 
 「悟空よ」
と、うなだれたまま三蔵がつぶやく。
 「そばにいれば、わたしはそなたを慈しまずにはおれぬ。観世音菩薩薩さまのお心に背くことになれば、そなたはまた、あの五行山に囚われねばならぬ。そんなことになる前に、自由におなり、悟空―――」
 三蔵が舞台に突っ伏し、また照明が落ちた。
 演じながら、梅長蘇は内心驚いている。あの朴念仁の景琰に、このような脚本が書けるとは。台詞回しなどの拙い部分は、読み合わせの折りに梅長蘇がかなり手直しを加えたものの、大筋は景琰の書いたもままである。
 客席からは、しくしくとすすり泣く声が漏れた。
 「三蔵さまがお可哀想……」
 「悟空もどれほどつらいことか」
 三蔵・悟空の師弟愛にすっかりほだされた金陵女子たちの乙女心は、ますます燃え上がってゆくのであった。



   * * *



 ぱちぱちと焚火が音を立てる傍で、八戒が三蔵に饅頭を差し出した。
 膝を抱いてうずくまっていた三蔵はかぶりを振って顔を伏せる。
 「師父。悟空を呼び戻されては」
 八戒がそう言うと、膝の上に顔を埋めたまま、三蔵はさらに首を振った。
 「しかし、悟空を破門にしてから、師父は何も召し上がらぬではありませんか」
 「―――腹が減れば食べる。心配には及ばぬ」
 「しかし、師父―――」
 なおも言葉を続けかけた八戒に、三蔵は苛立って顔を上げ、声を荒げた。
 「そなたも破門されたいのか!」
 驚いた八戒が、助けを求めるように悟浄を振り返った。
 悟浄は素知らぬ顔で、饅頭をぱくついている。
 三蔵はまた膝の上に顔を伏せた。



   * * *


  
―――次回予告―――


 「助けなど呼んではおらぬ」
 「まことは待っていたのであろう?」
 「待ってなどおらぬ。顔も見たくないとそう申したはず」
 「まことのことを言え」

 急げ、悟空!
 三蔵に魔の手が迫る!
  
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